第十七話 不知火先輩の泥沼
「鷹無さん、ちょっと沼へ行かないか」
ある日の放課後、唐突に不知火先輩はそう言った。
「なぜ沼へ行くのですか? 具体的に教えてください」さすがに二つ返事とはいかず、鶫は聞いた。
「鷹無さんは、沼男というものを知っているか?」
「誰ですか、それは、お知り合いですか?」
「いや、私の知り合いというわけではない。概念的存在だ」
「というと?」
「まず、沼に行った男がいて、その人物が落雷に打たれてしまう」
「その人は何をしに沼へ行ったのですか?」
すると、不知火先輩は考え込んだ。
「確かに。なぜだろう。釣りだろうか」
「釣りですかね?」
すると、部室に拝が入ってきた。不知火先輩は彼に、沼男がなぜ沼へ行ったのかと問うた。
「さあ、ワニでも見に行ったんじゃない? 沼男の話したいなら本質はそこじゃないよね? リンゴを三つ、ミカンを四つ買ったら合計は何個? って問題で、買う目的聞いたりしたら阿呆だと思われますよね? 部長が阿呆と言ってるわけじゃないけど、ただでさえそういう思考実験というか哲学の話は時間かかるのに、何をしに沼へ行ったか? とか言ってる暇ないんじゃないですか。まあ暇なら別にいいとオレは思うけど」
と言って、彼は本棚に積んである本をいくつか回収して帰っていった――拝は家に膨大な量の書籍があるので、部室や自分のロッカーに分散して保管しているのだった。
「なんだあの小僧、我々の虚無的なコミュニケーションを裁断するとは! 度し難い闖入者だ、彼を沼に沈めてやろうか」
「それより先輩、本当にその沼男っていう方はワニを見に行ったんですか?」
「違う。断じて違う。拝君のたわ言などに惑わされてはいけないんだ。沼へ行こう」
「それはかまいませんが……」
結局、沼男とは何か分からず、沼へワニを見に行ったら雷に打たれた不幸な人物という認識のまま、二人は学校を出た。
幻京は巨大都市であり沼はあまりなく、しかし
しかし地名に沼が付いているだけで実際に沼はないですよ、と鶫は反論した。
不知火先輩は、じゃあ間を取って
鶫はしかし、池虚にはなんか梟がたくさんいるという話で、今はそれほどたくさんの梟を見たい気分ではない、と答えた。
なので二人はそのまま帰った。
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