ある町長のいちにち

城田ユウ

第1話

ある日、朝食の準備をしていた大場郷造は急にめまいを覚えた。時間にして一瞬。めまいの程度も軽くよろけるくらいだったが、大場にとってはとても長く、また頭が割れるように感じられた。

「頭痛薬はどこにおいたかな……」

 棚を探しながら、大場は今日のスケジュールを思い出すことにした。彼は効率性を何よりも重んじる性格で、そして時間というものを何より大切にしていた。だから大場にとって平行作業は通常作業と同じだったし、それは体調不良の今でも変わらなかった。

「あった。今日はこれで乗り切るとしよう。あまりに酷くなったら医者に来てもらえばいいしな。……それにしてもめまいなんて。退任が近づいてきたかな?とりあえず準備をすませるか」

 数分で頭痛薬を見つけた大場は軽口を叩きながら、朝食の準備をすませ、食べ始めた。食べながらも片手は常に書類をめくっていて、大場の多忙さと仕事に対する熱意を感じさせた。

 朝食を食べ終えて、大場は時計を確認した。時計は午前七時を示していた。大場はいつもの時刻であることと身だしなみを確認して、仕事場にむかった。

「さて、今日もこの町をより良くするために頑張るかな」

 大場郷造は町長だった。


大場が町長に就任したのは、三年前のことだった。しかし彼は最近、それが三ヶ月前の出来事のように感じていた。町長としての仕事に全力で取り組んでいるからだ、と秘書はいつも言うが、彼はいまいち納得できずにいた。

彼は町長として全力で働き、結果としてわずか三年で町民からの絶大な支持を得るまでになった。近隣の町とも良い関係を築いているし、町長になってからの発展ぶりは我ながら目を見張るものがあった。

彼は、町を愛していたし、町に尽くしていた。しかし彼はどこかで、そうしなければいけないと思わされているように感じていた。そしてその感覚は、最近強まってきていた。


大場が仕事場に着いた時刻は七時半だったが、それを見計らったかのように長身の男が大場のそばに立ち寄ってきた。男は大場の秘書だった。秘書は大場に向かって軽く一礼すると、

「おはようございます町長。本日は午前九時より定例会議。終わりしだい町内新聞のインタビュー。町内巡回。となっております。それと、式典スピーチの期限が迫っておりますのでお気を付けください。また、目を通す必要性が高い書類はデスクにまとめてありますのでよろしくお願いします」

 そう告げて、部屋の外へと去っていった。

大場が町に尽くせるのはこの秘書の功績が大きかった。秘書がいたおかげで数千万円の損失を防げたことがあった。正確さと冷静さを併せ持ち、幾度も自分のフォローをしてきた秘書の事を大場は信頼していた。ただ一つ不満を述べるとするなら、奇妙なことだが秘書の名前すら知らないことだ。大場は幾度も秘書に名前を尋ねた。

「そんなことどうでもいいじゃないですか。私は単なる秘書で結構です。それより、この書類に目を通してくれましたか?不備がみられます」

 しかしそのたびに、こんなふうにはぐらかされてしまうのだった。

 昼を少し過ぎて、町内巡回を行っている最中の出来事だった。またしても大場はめまいに襲われた。しかも、今朝よりも強く、重いめまいだった。少しよろめいた様子を見ていたのか秘書が近くに来て言った。

「少しお疲れのようですね。あちらにある公園で少し休憩いたしましょう」

 一時の休息の地に選ばれた公園は、見晴らしの良さが売りで、町の中央に位置している。大場はこの公園を気に入っていた。なぜなら、最初に取り組んだ町内発展事業だったからだ。

 秘書にベンチに座るように促され、木の質感を確かめながら、大場は景色を眺めた。彼は町長になったばかりの時を思い返して、三年前に比べてずいぶん発展した、と呟いた。手探りの状態で町を発展させ、人脈と環境を整え、住民を満足させた。しかし、それはまだ終わっていない。まだこの町は発展出来る、と大場は思う。

「大丈夫ですか?あまりにも体調が優れないようでしたら、医者をお呼びしますが」

 傍らに立っていた秘書が言った。

「心配ない、軽いめまいだ。少し考え事をしていたようだ。ここに来てからどれくらい経過している?」

「五分程度です。スケジュールに支障はありません。それと、先ほど連絡がありまして、明日の午前十一時に小野市市長の永田様がいらっしゃるそうです」

「分かった。町内巡回を再開しよう」

 その後、大場は無事に町内巡回を終えて、明日の準備を整え、午後七時に帰宅した。そして、めまいの解消の為に一足早く睡眠を取る事にした。

明日はどんな風に発展するのだろうか。そう考えつつ、大場は目を閉じる。世界がゆっくりと暗転していくように感じた。



「……あ、フリーズした。さっきも止まりかけたなコレ。中古だから仕方ないけど。三ヶ月やってみたけどこのゲームあんまりおもしろくないし、アイツに文句言ってやろう」

狭いアパートの一室で呟きながら、男はディスクをパッケージに戻していた。パッケージには公園を背景に微笑んだ大場と秘書が写っている。

男はしまい終えたゲームソフトを押入れの一角に放り投げると、スマホで誰かに電話をかけた。男は誰かと話すのに集中しており、もうゲームには興味はなさそうだった。

押入れの隅には大小様々なゲームソフトが厚い埃を被っていて、先ほど投げ入れられたゲームにも乱雑な着地の影響で薄く埃がかかった。未来がどうなるかは分からないが、大場が永田に会う日はしばらく来ないだろう事は確かだった。

     

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