愛を捧げる

山芋娘

第1話



 子どもに関心のない母親がいた。預金通帳を見るとお金はもう既に底を付いている。それを見た父親は娘、マイを見るなり「マイ、お前はもう要らないから、出ていきなさい」と告げる。


「なんで……?」

「もうマイは大人だし、一人でやっていけるだろ」

「でも、私まだ」

「いける、だろ?」


 父親の笑顔には圧力がある。ここで怒らせると、殺されてしまいかねない。母親を愛し、娘を愛さない。もちろん、母親の連れ子と言うこともあるからだろう。

 父親は怖い。まだ手を挙げられていないが、一度怒ると家の中のものを全て壊すまで、収まらない。だから、素直に従わないといけない。

 けれど、マイはまだ17歳。高校も卒業していない。ましてや、家のことをやらされてしまい、高校は通っていなかった。


「そ、そうだね。私もいつまでもお父さんとお母さんに迷惑掛けたら、あれだもんね」

「うん」

「じゃあ、出ていくね。今までお世話になりました」

「本当は、一緒に居たいんだけど、ごめんなマイ」

「ううん、大丈夫。落ち着いたら、顔出すね」

「あぁ」


 マイは素早く自分の与えられた部屋へ向かう。荷造りをせねば。なるべく大きな鞄に服などを詰め込む。

 家に入れるためだけにバイトさせられていたが、そのヘソクリも見つからないように仕舞っていた。


「これで、なんとか……」

「姉ちゃん?」

「マリオ……」


 弟のマリオが、部屋へ来ていた。この時間はまだ授業中のはず。中学生のマリオはマイとは違い、両親に愛されていた。今の父親と母親の間に生まれた訳ではない、マリオも連れ子だと言うのに。


「なにしてる?」

「……出ていけって、言われちゃって」

「……なにそれ」

「大丈夫。私はなんとかやっていけるから」

「ダメだよ」

「怒らせたら、怖いから。殺されるかも」

「……そう、だけど」

「ね? 私は大丈夫だから、」

「なら、俺も行く」

「え?」

「俺も、姉ちゃんと行く。どっか保護してもらおう」

「……いいの?」

「俺、姉ちゃん大好きだから。離れたくない」


 そう言うと、マリオはマイをギュッ抱きしめる。まだ中学三年生。けれど、もうマイよりも身長は高く、そこら辺にいる男の子よりも、かっこいい。


「ありがとう」

「待ってて。すぐに支度するから」

「うん」


 けれど、マリオも出ていくと聞いたら父親は怒り狂うだろう。実子出ないのに、父親はマリオを過剰に愛していたから。

 本当にすぐにマリオは、支度を終えた。父親から貰っていたという、お小遣いも結構な額貯まっていたらしく、見せびらかしてきた。


「じゃあ、行こう」

「うん」

「マリオは、こっそりね。お父さんに知られたら、怖いから」

「分かってる。裏口から出るよ」


 二人はゆっくりと、歩みを進める。マリオを先に静かに行かせ、マイはリビングに入る。


「お父さん、お母さん。お世話になりました」

「あぁ、じゃあな」


 父親は笑顔で。母親は見向きもしない。一度、深く頭を下げるとリビングを出ていく。素早く、スニーカーを履きサンダルなどを、袋に詰め鞄に押し込む。

 靴箱の中には、母親の靴が大量にある。「これも貰っていこう」と、小さく呟くと数個、高値が付きそうな靴を鞄に押し込んでいく。

 鍵はもう要らない。そう思ったが、なにかの拍子でいる事もあるかもしれない。鍵はそのまま持って出ることにした。


「あれ、マリオはどうしたんだ? 静かだな」

「さぁ、部屋で勉強してるんじゃないの?」


 夫婦の会話の中には、もうマイの存在は消えていた。むしろ、ずっと前からいない。

 父親の方は、何気なしに玄関へ向かう。鍵は開いたまま。そして、マリオの靴がない。

 扉を開け、外に出る。もうマイの姿はない。そんな事はどうでもいいかのように、外の様子を伺う。

 家を出て、右に曲がった先のずっと向こうの路地を走って曲がるマイの姿。そのマイは誰かと手を繋いでいる。


「まさか」


 父親は先程帰ってきたマリオが、部屋に居ることを確かめに行く。勢いよく扉を開けると、そこにマリオの姿はない。鞄も服も、必要最低限の物が消えていた。


「あの、小娘……。マリオの攫ったな……。俺の大事なマリオを」


 父親は怒りに震えだした。怒り任せに、マリオの部屋の扉を殴る。べキッと凹む扉には目を向けず、すぐにキッチンへ向かう。

 何も考えていないかのようで、父親はマリオを取り戻すために、果物ナイフを手に取っていた。



 家を出たマイとマリオ。実は行く宛などなく途方に暮れていた。家からはだいぶ離れられた。

 近くに誰も住んでいないと、近所でも有名な廃屋があった。少し豪華なお屋敷。家からは遠いが、マリオの中学からは近い。


「姉ちゃん、とりあえずここにしよ」

「そうだね。日も暮れてきたし」


 携帯はとりあえず、プリペイドを手に入れた。これでバイト先に事情を話して、当分行けないことを告げなければ。

 屋敷の中は、思いのほか綺麗な状態で、ホコリっぽくは無かった。天井から吊り下げられているシャンデリアはとても大きく、本当に裕福な家庭だったことが伺える。


「うわー! デカい!」

「ね……。凄い」

「俺、シャンデリア、初めて見たかも」

「私も」


 手を繋いだまま、ずっと二人は歩いていた。

 まずは一階を散策する。キッチンはとても綺麗で最近まで誰かが使っていたかのようだった。しかも、水はまだ出る。

 近くの部屋には、大きなソファと暖炉がある。この時期はまだ秋になったばかりだから、暖炉は要らないがこんなにも、立派な暖炉は初めて見た。

 そしてソファである。何人掛けられるのだろうと、考え込んでしまうほど、大きく一人掛けようも何個もあった。

 二階に向かうと、洋室が沢山ある。ベッドはさすがにホコリっぽく、寝ることは無理だった。


「ここ、凄いね」

「そうだね。ロウソクも見つけたし、コンビニで買ったご飯食べようか」

「うん」


 おにぎりを出し、二人は寄り添いながら、食べ始める。部屋の真ん中にロウソクとロウソク立てを置き、灯りを燈す。

 家に明かりが付いていると、不審がる人も出てくるだろうと思っての行動だ。

 育ち盛りのマリオには少ない量のおにぎりだったが、なんの文句も言わずにぺろりとおにぎりを平らげた。


「ここのソファで寝れるね」

「そうだね」

「一緒に寝よ。それだけ広いからさ」

「……うん」

「やった」


 以前から思っていたが、マリオはマイにだいぶ懐いている。中学生の男の子ともなれば、姉などにはこんなにも懐いて来ないと思っていたからだ。

 二人は寄り添い、むしろマリオはマイを抱きしめるようにしている。


(マリオを連れてきて良かったのだろうか)


 マイは考え込んでしまった。いくら一人が寂しいからと言って、まだ中学生のマリオを連れてきて大丈夫なのか、心配していた。


(明日の朝にでも、マリオは家に帰そう)


 そんな事を思いながら、マイはマリオの腕の中で深い眠りについた。





 真夜中にマリオは目を覚ました。腕の中でマイは規則正しい寝息を立てている。そっとマイから離れると、ロウソクに火をつけ、トイレに向かう。まだ水は出るため、トイレも使えた。

 このままどこか遠くへ行こう。マリオは誓っていた。マイと居られるから、どこへでも行くと。

 寝息を立てている姉の顔を覗き込むと、静かに唇を塞ぐ。すぐに離れるが、姉は気づかず寝ている。

 フッと微笑んだ瞬間、背後から誰かの気配がした。振り向く間もなく、体をガッチリ抑え込まれている。


「マリオ……」


 その声は紛れもない、父親のものだった。

 マリオは体を硬直させた。何故ここにいるのか、何故見つかったのかさっぱり分からなかった。

 後ろから抱きしめられているような形で、マリオは父親の姿を見ることが出来ない。


「なんで一緒に出ていったんだ? あ、マイに唆されたんだろ?」

「……ちが、」

「そうなんだろう? な、こんな姉を持って可哀想なマリオ」


 出会った時からそうだった。姉には興味を示さず、マリオだけに近づいてきた。どこかおかしい愛情表現の仕方をされていた。

 今もそうだ。片手で抑えつけられながら、頭を撫でられている。この父親はどこかおかしい。


「今なら許してやる。さぁ帰ろう」

「い、」

「ほら、マリオ。帰るって言いな」


 言葉が出ない。この父親は怒られると厄介だ。姉のためにも、今は従うしかないと思い、ゆっくりと頷く。


「うんうん、いい子だ。じゃあ、」


 目の前にナイフが現れた。小さい果物ナイフと呼ばれるものが。


「マイを殺しな」

「え、」

「マリオを無理矢理、連れてきたんだ。悪いことをした子には、お仕置きしなきゃ。それにマイはもう要らないから、殺しちゃおう?」

「……い、や」

「ほら、マリオ」


 手に握らされるナイフ。そして父親がゆっくりと離れていく。


「マリオ……」


 耳元で囁く父親の声に、咄嗟に反応してしまい、振り向きざまに父親の心臓を突き刺してしまった。


「なに、するんだ」

「……そうだ。アンタが死ねば、姉ちゃんは開放されるんだ。なんでもっと早く気が付かなかったんだろ」


 マリオはそう言うと、何度も、何度も、父親を刺した。心臓、腹、喉、足、腕。もしかしたら、動くかもしれない。執念で這いつくばってでも、姉を殺しに来るかもしれないりマリオは何度も、何度も、違う所を刺した。


「……これで、大丈夫」


 辺りは血の海。近くには姉が寝ている。どうにかしなければ。父親の死体は屋敷の二階の一番奥の部屋。クローゼットの中に押し込める。

 血の海は、部屋にある汚い布を敷き詰めた。そしてカーペットを見つけたため、それを敷く。

 手には大量の返り血。服にも付いている。臭いが消えるまで洗い、服も着替えた。


「これで大丈夫」


 再び、姉の所へ戻る。なにも無かったかのように、静かに寝息を立てている。


「姉ちゃん、これからはずっと二人だけ。愛してるよ、マイちゃん」


 優しく口づけをする。けれど、今度のそれは長く、離れたくない気持ちでいっぱいだった。

 それで終わるはずだった。再び、マイを抱きしめる形で寝ようとした時、マリオの前には黒く重苦しい物がいた。


「人を殺したな?」

「なに、これ」


 重苦しい姿。更に声のような、音のようなものも、とても重く低く恐怖を与えていた。


「人を殺すことを許されるのは、死神のみ。お前は禁忌を犯した」

「禁忌?」

「そうだ。お前は死ぬまで、その禁忌を背負う事になる」

「どう、なるの?」

「我が下僕にでもなってもらおうか」

「え、」

「あの男は近々、我が殺そうと痕を付けていた。なのにお前が殺してしまったからな」

「……俺、なにするの」

「命を貰う」

「命……?」

「そうだ。あの男を殺した事によって、お前の寿命は伸びた。だから、その寿命を我が貰う」

「それは、いいけど」

「そこまでなら、お前もそう言うと思ったわ。だが、そこから先だ。お前は我のために人を殺し続けなければならない。お前が死なないためにもな」

「禁忌、なのに?」

「お前はもう、我と同じ死神だ。なら人を殺しても禁忌にはならない」


 指のような形が、マリオの胸を指す。服を捲ると、胸元には骸骨のような痕が付いている。


「それが死神の証。お前は我と同じ存在。しかし、我の下僕。死にたくなければ、人を殺し続けろ」


 死神は笑い声を残しながら消えていった。現実なのか?そんな事を思うが、父親を殺した感触、姉に口づけた感触、そして胸に刻まれた痕。それは全て本物だった。


「マイちゃん、俺……。マイちゃんのために生きるよ」


 今度は深く、長く何度も。マイが目覚めた後も口づけた。拒まれても、受け入れてもらえるまで、何度も、何度も。決して離れずに。



 あとがき。

 別のサイトに載せたものですが、カクヨムさんに登録した記念に既存のものを載せされていただきました。

 作者が見た夢を再構成して、書かせていただきました。名前も夢で見たままです。

 起きた時には汗をかくほど、怖かったのを覚えています。結構リアルでした。


 これから投稿を頑張ります。

 よろしくお願いします。

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愛を捧げる 山芋娘 @yamaimomusume

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