第15話「俺はやります! 人生をリスタートします!」

雇用されていた商会と、本来の目的から大きくそれた、

公衆浴場の経営、運営方針で揉め、抗議したところ……

理不尽にも関係各所へ『出入り禁止』となってしまった、

風呂職人のテランス・バイエさん


結果、仕事に嫌気がさし、王都からボヌール村へたったひとりで移住して来た。


素晴らしい公衆浴場を造る!というライフワークがなくなり、

ひどく落ち込んでいたテランスさんであったが……


『昭和の銭湯』を見て感嘆し、『スーパー銭湯』を見て驚愕し、


前世の俺が持つふるい記憶……今は亡き母、

そして、もしかしたら……

既に亡くなったかもしれぬ祖父母と、『スーパー銭湯』へ子供の俺が出かけ、

楽しそうに一家団欒いっかだんらんするのを見たら……何と! 感動して号泣!


俺が見せた様々な『銭湯』に心をゆさぶられ、大いにやる気となった。


「論より証拠」というのはいつの時代、そして場所を問わず、至極名言だと思う。


基本的に人間は、自分の見た物しか信じない。

信じたいようにしか信じない。


だから、夢の中というヴァーチャルな世界とはいえ、限りなくリアルに体感出来る俺の夢の中で、テランスさんんへ『銭湯』を見せたのである。


まあ、銭湯自体が、

「言葉で詳しく説明するのが難しい」という理由もあったけどね。


これまで、いくら説得してもダメ。

気分が『どつぼ』に近いぐらい落ち込んだテランスさんを、前向きにさせる為、

「論より証拠」は、一種のショック療法で上手く行ったのだが……


しかし、俺はこのレベルで満足し、手綱たづなをゆるめるつもりはない。


まだ伝えてはいないが……

テランスさんには、ボヌール村、エモシオン、王都だけでなく、

世界を股にかけて活躍するくらい、やる気になって欲しいのだ。


彼の人生リスタートに際し、空を飛べるくらい勢いをつけて……

まあ、俺は実際に魔法で空を飛んでいるのだが……

思い切り! 勢いをつけて! リスタートして欲しいと考えたのである。


そして、思い切り勢いをつける為には、

全くの他力本願で安直だが、『権威』を存分に使う事にした。


権威とは何か……

そう『王国、王家の権威』を使うのである。


先ほど夢の中で、王弟且つ王国宰相のレイモン様に会い、

緊張のあまり、『かちこち』で挨拶したテランスさんだったが……

今度は、俺が王宮へ連れて行ってリアルに、レイモン様に会って貰う。


但し、プレッシャーを与えすぎるとまずい。


なので、テランスさんの反応を見ながら……

過度の期待をかけ過ぎないよう、充分注意し、

基本は、楽しくやって貰おうと考えている。


という事で、前振りが長くなったが……

俺はレイモン様に事前にスケジュール調整をして貰っている。


先ほど確認したら、何とか明日の午後、

30分間だけ執務室で時間が取れるという。


なので、テランスさんへ伝える事にした。


「テランスさん」


俺が呼びかけると、まだ先ほどのショック3連発から、冷めやらぬテランスさんは、

慌てて返事をする。


「はっ、はいっ!」


「いきなりで申し訳ありませんが、明日、午後の時間を俺にください」


「え? 明日の午後の時間? ケン様、どういう事でしょう?」


「はい、今夜は夢で会いましたが……明日はリアルに王宮へ行き、レイモン様に謁見します。俺と一緒にね」


「は? リ、リアルに王宮? 謁見?」


「ええ、今夜は夢の中ですけど、レイモン様にお会いしましたよね?」


「は、はい! お会いしてごあいさつしましたが……なんだか、おそれ多くて、文字通り夢の中みたいで、ぼうっとしています」


確かに文字通り、俺達は今、夢の中に居る。


俺は、柔らかく微笑み、


「なので明日、俺と一緒に王宮へ行き、リアルで会いましょう。ちなみに、レイモン様には既に話が通っています。ほら、手を振っていらっしゃいますよ」


俺が言った通り、レイモン様が笑顔で手を振っていた。


夢の中は、術者の融通がいろいろ利くのだ。

プライベートな事ではないので、今の俺とテランスさんの会話も、

レイモン様に聞かせていた。

その方が話が早い。


「ひええええっ!?」


やっと認識したのか、少し時間を置き、テランスさんは悲鳴をあげ、のけぞった。

眠っている夢の中なので、いかにも変だが、今にも失神してしまいそうになった。


異世界転生した俺以上に、元のこの世界でヴァレンタイン王国民は、

王家に対し、畏敬の念を抱いている。


国王や王妃、王子、王女、王妹、王弟などなど、王族は、まさに雲の上の存在である。


その王弟に、夢の中で会うのさえ、びっくりなのに……

リアルに謁見など、驚いて悲鳴をあげるのも無理はない。


「ど、ど、どうして!? お、お、俺と謁見を!?」


言葉を上手く発する事が出来ず、噛みまくるテランスさん。


「先ほど、レイモン様がおっしゃっていたでしょう? 新たな風呂、今テランスさんが見たように、俺から銭湯を見せて貰い、王都の公衆浴場事情を改革したいと考えている。宜しく頼むぞ、と」


「は、はい! た、確かに! そう! お、おっしゃいました!」


「宜しい。テランスさん! レイモン様の計画には……俺達には貴方が必要なんです」


「レ、レ、レイモン様のご計画に!? お、お、俺がひつよう……なのですか!?」


「ええ、テランスさん、貴方は素晴らしい風呂造りの腕を持つ職人です。その腕を、このままさびつかせても、否! 捨てても構わないのですか?」


俺が問い詰めると……

テランスさんは、戸惑いなからも、はっきりと首を横へ振った。


「そ、それは……い、嫌ですっ!!」


「で、あれば! そろそろ始動しましょう! 貴方の持つたくみの腕を待ち望んでいる人が大勢居るのですから」


「お、俺の匠の腕を……望んでいる人が大勢居る!」


「はい! もう、休息は終わりです。立ち上がり、新たな人生を歩き出しましょう」


「きゅ、休息は終わり!? あ、新たな人生を!?」


「はい! さあ! テランスさん! 全く新しいタイプの公衆浴場――『銭湯』を俺達とともに造りましょう! 全力でサポートしますよ!」


「全く新しいタイプの公衆浴場――銭湯の建設……お、おお! 先ほど見た一家団欒いっかだんらんを、お、俺の手で! ケン様が全力でサポートしてくださる!」


「そうです! テランスさん! 決めましょう! 今から貴方は人生のリスタート、ですよ!」


俺が意思決定するように一気に迫ると、テランスさんは遂に大きく頷いた。


「は、はい! 俺はやります! 人生をリスタートします! 一生懸命に頑張りますよ!」


力強く、人生リスタートの宣言をしたテランスさんに対し、

俺は明日、ユウキ家へランチを食べにくるよう誘った。


了承したテランスさんへ、その後で、王都王宮へ行く事を伝えたのである。

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