第37話「不幸と幸運」

「ケン様あああっっっ!! あうあうああああああっ!!」


 ここは俺が創りし、夢の世界。

 エデンを模した楽園。

 一面緑の草原に大小の森が点在する。


 俺とジョアンナ、そしてレイモン様が居る。


 ……父親に見捨てられたジョアンナは、同じ境遇だった俺にすがり泣いていた。

 そんなふたりを、慈愛を込めてレイモン様は見つめ、軽く息を吐く。


 そして俺へ言う。


「ケン」


「はい」


「今回の件、サミュエル・ブルゲ伯爵へは、私からきっちり話をつける。ケンがジョアンナさんと暮らす事に何の支障もないようにしておく。私から話をすれば多分、伯爵は恐れ入って、素直に従うと思うが、万が一の場合は相談しよう」


 万が一の場合……

 つまり、ジョアンナの父たる伯爵がレイモン様に対し、従わず反抗した場合……

 俺が出張って、伯爵の持つジョアンナの記憶を、魔法で消す等の処理を頼むという意味だ。

 無論、俺もそのつもりだ。


「了解です。何でもおっしゃってください」


「うむ! それと、ケン。ブルゲ伯爵夫人の方にも、少々懲らしめる事を頼みたい。お前が魔法を使い、恐ろしい夢でも見せてやってくれ」


 レイモン様は俺の気持ちをくんでくれた。

 傲慢な性格らしいブルゲ伯爵夫人にも、少しはお灸をすえたい。


「はい、分かりました」


 指示を出し終えたレイモン様は、俺の胸に顔をうずめ、泣きじゃくるジョアンナへ話しかける。


「ジョアンナさん、そのままで構わないから、聞いてくれ」


「……………」


 ジョアンナは応えず、俺の胸の中でただただ泣いていた。

 レイモン様は、言葉通り、話を続ける。


「幼い君には、残念ながらたくさんの不幸があった。だが素晴らしい幸運もあった。幸運とは、君がケンに巡り合った事だ」


「……………」


「ケンは、君が受けた心の痛みにそっと寄り添い、癒し支えようとしてくれている。彼ならば大丈夫、しっかりと支えて貰いなさい」


「……………」


「私もケンに公私とも支えて貰った。愛する妻エリーゼを亡くし、生きる気力をなくしていた私を支えてくれたのは、ケンだ。仕事の方も大いに助けて貰っている」


「……………」


「ケンは傷心の私をボヌール村へ招き、癒してもくれた。そしてけしてくじけず、あきらめずという永遠たる愛の真髄も教えてくれた。ジョアンナさん、頑張れ! 私も負けない! ケンが初恋の女性に再会したように、いつか亡き妻に巡り合うぞ!」


「……………」


「ジョアンナさん、君が移り住むボヌール村は素晴らしいところだ。ボヌール村で、のびのびと暮らし、心の傷を癒し、いちから人生をやり直すのだ。ケンと家族、そして私レイモンを含め、仲間達が君を支えよう」


 泣いていたジョアンナは、レイモン様がおっしゃる言葉をじっと聞いていたようだ。

 ここで顔を起こし、身体を向きなおし、レイモン様へ言う。


「レイモン様、元気づけて頂きありがとうございます! ジョアンナは、ケン様と家族、レイモン様を始め、仲間達と心をひとつにし、ボヌール村で一生懸命に生きて行きます!」


 熱く励ましたレイモン様の気持ちは、しっかりジョアンナへ届いていた。

 8歳とは思えないお礼の物言いに、レイモン様は喜び笑う。


「はははは、偉いぞ、ジョアンナさん。良くぞ言った。本当に将来が楽しみな子だ。今度はケンと王宮へ遊びに来て、ボヌール村の話をたくさん聞かせておくれ」


「はい! いっぱいいっぱい、レイモン様へお話しします!」


 ジョアンナは、晴れ晴れとした笑顔を向ける。

 レイモン様も柔らかく微笑む。


「ああ、ジョアンナさん。楽しみにしているぞ」


 よし!

 そろそろ頃合いだ。

 レイモン様は政務でお疲れ、後はぐっすり眠って頂こう。


「レイモン様、お疲れ様でした。またいずれ。今夜はありがとうございました」

「ありがとうございます、レイモン様!」


「ああ、ケン、お疲れ! またな! あ、そうだ! 書類はケンの分も用意し、サインしたものを後で渡す! 上がったら連絡する、取りに来てくれ! 宜しくな!」


 最後は早口で一気にそう言うと……

 レイモン様の姿は消え去った。

 ご自分の眠りへ戻られたのだ。


 『夢の楽園』に残されたのは、俺とジョアンナだけとなる。


「良かったな、ジョアンナ」


「はい! ケン様! 私の為にありがとうございます!」


 ジョアンナは俺にも礼を言い、甘えて子猫のように身体をすりつける。

 

 先ほどの凛とした物言い、表情とは対照的。

 まるで子供と大人が同居している、不思議な女の子だ。


 ここで俺からジョアンナへ提案。

 俺がイメージして創った世界だから、どこへ何があるか分かっている。


「よし、もう少しジョアンナとデートしてから、戻ろう」


「わお! 嬉しい!」


「ああ、東に湖がある。そのあたりまで、行こう。凄く綺麗なんだ。また空を飛んで行くぞ。しっかりつかまってろ!」


「はいっ!」


 瞬間、俺とジョアンナの身体は、青い大空へ高く舞い上がっていたのである。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る