第13話「小さな闖入者②」

 理由もわからず突っかかって来た8歳くらいの女の子。


 このままでは冷静に話が出来ない。


 そう思った俺は、

 「あなたなんかと朝ご飯食べるわけないでしょ!」と反撃される前、

 相手に気付かれないよう、さりげなく鎮静の魔法をかけたのだ。

 

 続いて俺は、お付きらしい老齢の女性にも「しれっ」と鎮静の魔法をかけた。


 更に俺は、柔らかく言う。


「まあ、立ちっぱなしでもなんですから、座ってください。おふたりとも」


 俺達が座るこのレストランの大きな丸テーブルには、椅子が8つずつ備えられている。

 俺はレオとイーサンに促し、少し席を移動させ、女の子と女性の座るスペースを設けた。


「で、でも……」


 着席を勧められても、女性は躊躇ちゅうちょしていた。


 当然かもしれない。

 見ず知らずの男3人と席を共にするのだから。


 女性は女の子を『お嬢様』と呼んだ。

 自分が仕え、守るべき小さな女の子が居れば、なおさらだ。


 しかし女性は、女の子がさしたる理由もなく、怒鳴り、俺達の食事を邪魔した事も目の当たりにしている。

 だから、俺の誘いをきっぱり断って、ふりきれないのだ。


「お願いですから、座ってください。ここはおおやけの場です。それとも、ここの店員スタッフを呼び、事の経緯いきさつを話しますか?」


「……わ、分かりました」


 店員を呼ぶと言われ、女性は観念したらしい。

 周囲の客からも注目されているし、おおごとにしたくないのだろう。

 俺が、レオとイーサンという子供連れでもあるから、無茶もしないと考えたようだ。


 女の子へ向き直る。


「お嬢様、座りましょう」


「分かったわ……」


 鎮静の魔法の効果で、落ち着いた女の子も素直に着席した。


 しかし、レオとイーサンはまだ女の子の『無礼な態度』をぷんぷん怒っていた。


 苦笑した俺は息子ふたりにも『鎮静』の魔法をかけた。

 話し合いになった際、彼らが興奮して、場を壊さない為の処置だ。


 加えて、俺はレオとイーサンへ目くばせ。

 念話でこっそり指示を出す。

 

 「カミングアウト」してから、何度も念話でのやりとりを練習した。

 だからレオもイーサンも、俺の急な呼びかけに驚かない。


『おい、レオ、イーサン。この子、何かわけありだ。とりあえず理由を聞こう。その上で謝って貰うから』


『分かったよ、お父さん』

『うん、いきなりこの子が俺達へ怒ったの、凄く変だものね』


『という事で、ふたりに指令だ』


『指令?』

『何?』


『俺、女の子とこの女性を連れて、店員へ一緒の席で食べるって告げて来る。それで一緒に料理も取って来る。すぐ戻るから、ちょっとだけ待っててくれ』


『分かった』

『待ってる』


 俺は女の子と女性に向き直り、


「おふたりとも、俺と改めて料理を取りに行きましょう。店員にも一緒の席で食べると伝えますから」


 丁寧な俺の物言いを聞き、女の子と女性は緊張の面持ちで、頷いたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 女性ふたりを連れた俺が店員へ告げると……

 店員から連絡を受けたレストランの支配人がすっ飛んで来て、


「何か、ありましたか?」


 と恐縮した感じで尋ねて来た。

 商会経由で、宰相レイモン様の指示が徹底されているらしい。


「いえ、大丈夫です。何もありません。あったらすぐご相談しますから」


「そうですか。ケン様、何でもおっしゃってください」


 支配人は深くお辞儀をして、店員とともに引き下がって行った。


 女性は支配人達の態度に、驚き戸惑っている。


「あ、貴方は一体、どこのどなたなのですか……」


「席に戻ったら、ご挨拶しますが、俺はオベール男爵家で宰相を務める者です。息子達も待っていますから、とりあえず料理を取って席へ戻りましょう」


 俺が身元を明らかにした事で女性は安心したらしい。


「分かりました。お嬢様、この方のおっしゃるように致しましょう」


「分かったわ……」


 返事をした女の子へ俺は笑顔を向ける。


「俺はケン、息子はレオとイーサンだ。君の名は?」


「ジョアンナ……」


「そうか、ジョアンナさんというのか、宜しくな」


 相手は8歳くらいの女の子。

 つい「ジョアンナちゃん」と呼びたくなるが、それは親しくなってから。

 まずは、『一人前の淑女』として扱うべきである。


 俺が『さん付け』して、一礼すると、女の子―ジョアンナはびっくりしたようである。


「ええっと、ジョアンナさんの好物は何かな? 俺が皿へ取ってあげよう」


「そんなのいらない。マチルドに頼むから」


 ジョアンナは「ぷうっ」と頬をふくらませ、そっぽを向く。

 これで付き添いの老齢女性の名がマチルドだと分かる。

 

 でも、ここは遠慮してはいけない。

 少し強引に行こう。

 心までは読む必要はない。

 だが、ジョアンナの発する波動が、彼女の好物を教えてくれる。


「よし、じゃあ俺が勝手に取ろう。君の分を」


「え?」


「そして、マチルドさんは、これかな」


 マチルドさんの分も同様にして、俺はさくさくっと、ふたり分の料理を確保した。

 あえてたくさん盛らなかった。

 ここはビュッフェ形式。

 また取りに来れば良いのだ。

 

「あ、あの……」


「さあ、席に戻ろう。俺の息子達が待っている」


 俺は微笑むと、ジョアンナとマチルドさんへ、席に戻ろうと促したのである。

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