第3話「しっかりしなさいっ!」

 俺とレオが話し始めてから30分が経った。

 イーサンが目を覚ます。


 俺が声をかける前に『兄』のレオが挨拶する。


「おはよう、イーサン」


 しかしイーサンも起きがけのレオ同様、挨拶を戻さず……唸った。


「う、うう……」


 すぐに兄レオがフォローを入れる。


「イーサン、凄かったろ? 俺達のお父さんは! 俺も凄く感動したよ!」


「に、兄さん! お、俺! ご、ごめん!」


「ほらほら、謝るのは俺じゃないって、お父さんへ、だろ」


「ほら! イーサン、来いっ!」


 俺が呼び、両手を広げると、イーサンは起き上がり、ダッシュ。

 転がるように駆け、俺の胸へ飛び込んで来た。


「お父さ~ん!! わあああああああんん!!」


 号泣するイーサンを、俺はそっと抱き締める。


「イーサン!」


「お、俺! やっと! ちゃんと分かったんだっ! お母さんが助けて貰った時の事をっ!」


 大泣きするイーサンが言っているのは、俺が彼の母親レベッカをオーガから救った事。

 俺がボヌール村へ来て日が浅く、レベッカと狩りの訓練に出た日の事だった……


 東の森の奥で、レベッカはオーガの群れに襲われた。

 行き違いの上、俺の話を聞かずに暴走した結果だった。

 クラリスの描いた奇跡の邂逅―レベッカ編にその様子は描かれている。

 レベッカは何度も何度も息子イーサンへ話したに違いない。


 でもオーガに襲われた事のないイーサンにはリアルな実感がなかった。

 レベッカが何度も同じ話を繰り返す事もあり、本当に切実な話だと受け止めていなかったのだ。

 それが……

 俺が見せた夢では、絶体絶命の危機に陥った若き日の母の傍らに立つ透明な第三者として同じ経験をした。


「怖かったあ! す、凄く怖かったよぉ! お母さん、お父さんが助けなかったら、間違いなくオーガに喰われていたんだよっ!」


 すかさず兄レオがフォロー。

 同じ場で同じ経験をしているから、大きく頷いている。


「ああ、イーサン、俺もだよ……お前と同じ夢を見て経験をしたから、レベッカママが感じた恐さが良く分かるんだ」


「兄さん……」


「イーサン、じゃあ、お前も見ただろ」


「兄さんの……クーガーママの事?」


「ああ、そうさ! 俺のお母さんも、お前のお母さん同様、お父さんに救われたんだ。闇の女魔王に堕ち、女神だったクッカママと合体するところを間一髪で救われた。合体したらこの世から消えていたんだよ! 俺もお前もお父さんが居たからこそ、今ここにこうして居るんだよ!」


「あ、ああ……分かるよ、兄さん」


 いつもは寡黙なレオの饒舌じょうぜつさに、イーサンは驚いていた。

 レオは更に言う。


「俺、今約束したんだ。お父さんと」


「約束?」


「お父さん、イーサンにも直接伝えてよ」


「ああ、分かった、レオ。……イーサン、これからもお前のお母さんと家族、そして助けてくれる仲間達を大事にしてくれよ」


「お母さんと家族、そして助けてくれる仲間達を大事に……分かったよ、お父さん!」


 頼もしい兄と一緒に約束する事で、心強くなったに違いない。

 イーサンは晴れやかな笑顔で大きく頷いていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 カミングアウトすれば、心と心の距離が近くなる。

 言葉だけじゃなく、リアルな疑似体験をさせた事もプラスに働いたようである。


 俺とレオ、イーサンは夢の内容をたどりながら……

 質疑応答を交わしていた。


 管理神様の存在くらいは伝えているが……

 俺が神となった事、そして女神達の指導員になっている事等はまだまだ内緒。

 そして、俺が知り得た天界の秘密も。


 ユウキ家のムードメーカーであるサキ出生の秘密も厳秘なのである。


 話は更にどんどん盛り上がる。


「ねぇ、お父さん。俺達も王都へ旅行へ行きたい。女子は抜き! 男同士で!」

「ああ、それ賛成! 王都に加えて、タバサ姉さんが行った事のない場所へも行きたい!」


 俺達の声がつい大きくなった。

 ちなみに、今は肉声で話している。


 と、その時。


「はあ? 私が何だって!」


 この声はタバサ!


 バンっっ!!!


 勢い良く、俺の部屋の扉が開かれた。


 開けられた扉の向こう側には……

 腕組みをしたタバサが仁王立ちしていた。


 華奢なタバサの身体が、とてもたくましく見える……

 などと言ったら、怒るだろうなぁ……


 と、しょーもない事を考えていたら、タバサの矛先ほこさきが俺へ来た。


「パパ! いつまでもだべってないで! もう朝ごはんの時間だよ! 早く居間へ来て!」


 ああ、つい時間を失念していた。

 魔導時計の針は、もう朝食開始の午前7時を越えている。


 俺達3人はいつのまにか、3時間以上話していたのだ。


 こんな時は逆らったらいけない。


「ああ、ごめんよ、タバサ。すぐ行く」


「了解、パパ! それと! そこの軟弱兄弟! あんた達もいつまでもメソメソしてないで! さっさと支度して居間へ来なさいっ!」


 タバサの叱咤に対し、レオとイーサンが反論する。


「軟弱兄弟って……違うだろ」

「姉さん、メソメソなんて、ひどいよ。俺達、軟弱じゃなく、感動してたんだから」


 あらら……ふたりが泣いたのを見抜かれてるし……

 そして、ダメだって、逆らっちゃ。

 

 案の定タバサから100倍返しがやって来る。


「黙れ! パパの話を聞いたからには、あんた達も一人前でしょ! 少しは、しっかりしなさいっ!!」


 鼻息荒く弟のレオとイーサンにはっぱをかけるタバサ。


 守護者としてパパの跡を継ぐ。

 長姉の私が、家族と仲間を必ず守る!


 俺は以前聞いたタバサの決意を思い出し、とても嬉しくなったのである。

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