第36話「王都見物①」
あと15分ほどで午前11時となる。
レイモン様に頂いたスケジュールのタイムアップである。
俺達はひまではない。
だが、多少は時間に融通が利く。
一方、レイモン様は軽くランチを摂った後も、超絶多忙。
12時から再び政務、会見もろもろのスケジュールがびっしりなのだ。
2時間弱という短い時間ではあるが、打合せは問題なく終わった。
俺達の
新たな議題はまた来週話せば良いし、万が一緊急で判断を仰ぐ場合こそ臨機応変に『夢会見』を使い、足りない部分を補う。
という事で、レイモン様の下から俺達5名は辞去。
俺が声を張り上げて挨拶、以下4名も続く。
「失礼致します!」
「「「「失礼致します!」」」」」
対してレイモン様は笑顔である。
打合せは無事終わったし、クラリスからおみやげも貰ったからだ。
「お疲れ様。皆、また来週水曜日に会おう。あ、クラリスさん、絵をありがとう」
「いえ、お安い御用ですよ」
という事で、俺達はレイモン様の執務室を後にし、隣室の従者部屋へ引き上げた。
ここから再び転移魔法で移動となる。
こういった場合、もしも用事がなければすぐボヌール村へ帰還する。
あるいは王都でランチだけを摂って同じく村へ帰還する。
王都でのランチは嫁ズへのささやかな気分転換と慰労なサービスという意味もある。
行き先はグレースの知っている店に行ったり、クラリスが旅の商人から聞いた店へ行ったり、様々である。
最も利用するのが、グレース始め、嫁ズが全員気に入っているのは、開放感のある中央広場の露店ではあるが。
さてさて!
今日は、サキとロヴィーサに王都見物をさせると決めていた。
ランチの後は市場で買い物。
ミシェルから頼まれたユウキ家の食材等の買い物もある。
その後、オディルさんのお墓参り、博物館見学。
最後にはキングスレー商会へも行き、マルコさんに会う。
但し、さすがに時間には限りがあり、ランチも入れて約3時間ちょいというところだろう。
今回もエモシオン同様、王宮からいきなり街中へは出ない。
これまた一旦、隠れ家へ移動するのだ。
エモシオンにおける架空の人物ダン・アドラム邸同様、王都にも俺の家がある。
「何かあった場合に」とレイモン様が事情を知るキングスレー商会に命じ、無償貸与で用意させた家である。
ちなみに王都では擬態などせずケン・ユウキ名義で家を借りていた。
「さあ、行くぞ」
「「「「はい!」」」」
俺の合図と共に、一行は王宮を後にしていたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺の隠れ家は王都貴族街区の端っこ。
極力目立たない家。
だがあくまで、貴族街区の中での話。
周囲が大邸宅ばかりだから目立たないだけ。
俺の王都別宅は一般庶民からすれば結構な邸宅である。
何せ、部屋が15もあるのだ。
調度品も、お任せと伝えたら、キングスレー商会のマルコさんが気合を入れて手配してくれ、高級品があちこちに配置されていた。
サキは思わず、エモシオンにある俺の別宅と比べたようだ。
「わあ、凄い! こっちの方が全然豪華! やっぱ財力の差?」
「こらこら、サキ。そういう事は言わない」
「わお、旦那様、ごめんなさ~い」
という事で……
今回は変身、着替えなどせず、ひと休みしたら「出撃する」事に。
出撃前に予定だけ告げておく。
混む前に早めにランチを摂った後、市場で買い物。
買物後にオディルさんのお墓参り。
お墓参りの後は、サキ、ロヴィーサの勉強も考えて、歴史資料を展示した博物館見学。
最後にキングスレー商会で買い物、そして隠れ家へ戻り、ボヌール村へ帰還。
希望は多少あるだろうが、一応全員の賛成を得た。
王都が故郷のグレース、何回か来て、もう慣れた感のあるクラリス。
初めての王都で、逆に浮き浮き興奮気味のサキ。
3人に比べ、表情が硬くやや緊張気味なのがロヴィーサである。
何故ならば、俺が王都におけるしつこさ満点な『ナンパ』の話をしたからだ。
あまり脅かすのもいかがなものかとは思ったが、世間知らずのロヴィーサが、今後自己防衛する為に、リアルな現実を知らねばならない。
「あ、あのケン様」
「おう!」
「ケン様からお聞きしたナンパ……王都の男の人からのお誘いって、そんなに凄いのですか?」
「まあな、結構なものだ」
「怖いです。男の人から強引に押し切られ、気が付いたら、私は無理やりどこか知らない場所に連れていかれてしまうのですよね?」
ここでフォローしたのが、ロヴィーサの良き相棒サキである。
「大丈夫、大丈夫、ロヴィ姉」
「サキ……」
ここでサキが俺を見る。
すがるような眼差しで。
何か、頼み事のようだ。
「ええっと……旦那様、構わないよね、転生してすぐナンパされた事件をロヴィ姉へ話したいの。この世界へ来る前、旦那様に助けて貰った話をしてあげれば心強いと思うわ」
趣旨は分かった。
今居る場所も、メンツも問題ない。
俺はサキの思い遣りに応える事とした。
「ああ、構わない。ここは隠れ家だ。それに身内以外は居ないからな」
「ありがと! 旦那様!」
サキは俺に礼を言い、ロヴィーサへ向き直る。
「ロヴィ姉、この前話したけど、私は事故で死んで、転生したばかりの時、異世界の勝手が全く分からなかった。たまたま旦那様がサポート神として担当になってくれて、全て面倒見て貰ったの」
「で、ですよね、そうサキから聞きました」
「でもその時、旦那様は神様。私はたったひとりぼっちだと思って、不安で不安でどうして良いか分からなかった。そんな時、ある街で若い男の人から優しい言葉をかけられて、つい着いて行きそうになった」
「そ、それで、どうなったのですか?」
「旦那様が守ってくれたよ。相手の心を読み、男の人が私の身体だけ目当てのふらち者だと見抜いて、撃退してくれたの」
「ケン様が……」
「うん、だから大丈夫! ロヴィ姉が王都市内へ出たら、ナンパがどんなものか、経験はするだろうけど、危なくなったら旦那様が必ず守ってくれるよ」
「ケン様が……守ってくれる……私を」
「うん! それに私だって、ナンパなんか、断るもん、抵抗するもん。戦うもん! だって人妻なんだもん!」
「断る、抵抗する、戦う。人妻だから……ですか?」
「うん! だからもしもナンパされたら、どういう風に、ナンパを撃退するのか、ロヴィ姉の前で手本を見せるよ」
まだ不安そうな表情を見せるロヴィーサへ、笑顔のサキはVサインを出し、励ましたのである。
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