第9話「一歩前に」

 翌朝早くから、俺は再び秘密の出張へ。


 ここで補足をしておこう。 

 1週間の殆どを、各国や王都へ出張の俺。

 対外的には一日ほぼ、『自宅へ引きこもり』でデスクワークという事となっている。

 

 だけど、あまり引きこもってばかりなのも、いかがなもの。

 だから、空き時間には一旦、ボヌール村の自宅へ戻り、さりげなく外出し、

 お子様軍団や村民へ顔を見せて『アリバイ』作りもしている。


 ということで、現在は自宅から一気に転移魔法で跳び、アールヴの国イエーラの都フェフに居る。

 行き先は長たるソウェル、イルマリ様の官邸である。


 同伴メンバーは副顧問の同族アマンダに、顧問補佐のクッカ。

 そしてこの度、秘書となったサキ、ロヴィーサである。


 まずは俺が新参のふたりを紹介する。


「イルマリ様、先に連絡しましたけど、今回の訪問から、俺の秘書を務めるサキ、そしてロヴィーサです」


「う、うむ。ケン、何だか凄いな」


 美しくたおやかなアマンダとクッカだけでも圧倒的な存在感である。

 なのに、可憐なサキ、そして清楚さと妖艶さを合わせ持つ、

 不可思議な雰囲気のロヴィーサまでが「ずらり」と並び……

 うるわしき女子軍団にイルマリ様は圧倒されたようである。


 男のさがというか、嬉しいような誇らしいような気持ちで俺は話を続ける。


「サキは同郷の転生者で、嫁でもあります。ロヴィーサは人魔族のリーダー、アガレスさんの娘で、秘書修業の為、ウチで預かりました。ちなみにロヴィーサの出国は管理神様のご了解済みです」


 ここで、物怖じしないサキは、いきなり元気印がさく裂。


「イルマリ様ぁ! 初めまして! サキ・ユウキでぇす! 今後とも宜しくお願い致しまぁす!」


 さすがのイルマリ様も、サキの『元気』には圧倒されたらしい。


「お、おお……宜しくな、サキ」


「はぁい! 宜しくお願い致しまぁす!」


 続いてロヴィーサが挨拶をする番なのだが……

 やはり緊張して、すぐ言葉が出て来ないようである。


「……………」


「む、どうした? ロヴィーサ」


 無言のロヴィーサを見て、訝し気な顔付きで尋ねるイルマリ様。

 しかし、サキが機転を利かせ「はいっ」と手を挙げた。


「イルマリ様!」


「おお、な、何だ、サキ」


「ロヴィーサ、可愛いでしょ?」


「な? 何だ、いきなり……」


「うふふ、そう思いません? とても素敵な女子でしょ?」


 戸惑うイルマリ様だが、笑顔のサキはこういう時『押し』が強い。

 

 サキは単に可愛いだけの女子ではない。

 魔王クーガーの魂の欠片かけらから生まれた、夢魔リリアンの強く優しい心が受け継がれているに違いない。


 結局、イルマリ様はサキに押し切られてしまった。


「あ、ああ……そうだな。ロヴィーサは素敵な子だ」


「でもね、イルマリ様。ずうずうしいサキと違って、彼女はすご~く奥ゆかしいの。だから許してあげて!」


 無邪気に笑うサキに、イルマリ様も心が緩んだらしい。

 同時にロヴィーサの、内気な性格にも気付いたようだ。

 そして『同僚』をかばうサキの思い遣りにも……


 全てを察し、イルマリ様は柔らかく微笑む。


「ははは、許すも何も、私は怒ってなどおらん。それにサキはずうずうしくなどない。素敵な子だよ」


「ありがとうございます。イルマリ様」


 サキはイルマリ様に礼を言い、ロヴィーサへ向き直る。


「ロヴィ姉、勇気を出して! 一歩だけ前に出よう。そうすれば、先へ進む事が出来るよ」


「サキ……わ、分かった! 一歩前に出る……のね」


「ええ、ほんの一歩だけ」


「ありがとう。……私、頑張る」


「うふふ、ロヴィ姉、落ち着いて、深呼吸して」


「ええ! す~は~……イルマリ様! 人魔族アガレスの娘ロヴィーサです。宜しくお願い致します」


 サキの励ましで、ロヴィーサはまた少しだけ成長した。

 晴れやかな笑顔で、イルマリ様へきちんと挨拶する事が出来たのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 いろいろとあったが……

 ここからいつもの定例会議。


 イルマリ様から現状の報告と課題提示という相談があり……

 対して、俺とアマンダ、そしてクッカが意見する。


 いろいろとやりとりをしてから、現世界の情勢、アールヴ以外の種族に関しての報告が俺からあり、情報を共有する……

 次いで、ブレーンストーミング形式でやりとりが行われる。


 その間、サキは熱心にメモを取っていた。

 ロヴィーサもサキにならう。


 この場で結論が出る課題等はクロージング。

 しかし、じっくり検討を要するものは、改めて考えるという形で持ち越しとなる。


 これで会議終了。

 昼食を兼ねた懇親会となる。


 毎回、官邸専属の料理人が腕によりをかけたアールヴ料理でもてなされる。


 やりとりが存分に出来て、問題もいくつか解決して、イルマリ様は上機嫌だ。


「最近は、フェフ市民の表情がとても明るいのだ。各戸の収入も増え、暮らしに必要な物資も行き渡るようになった」


「それは良かったですね」 


「ケンのお陰だ! ここまで人間世界の経済導入が上手く行くとは思わなかった!」


「いえいえ、イルマリ様始め、アールヴ族の努力の賜物ですよ」


 と、話が盛り上がったところで、イルマリ様は話題を変える。

 今や大親友となったレイモン様の話だ。

 魔法水晶を使い、ほぼ毎日話しているらしい。


「ケン、聞いてくれ! 私はレイモンと話すとやる気になる! 一層頑張ろうと思う。あいつは良き友でありライバルだ」


「良かったですね。そうそうレイモン様にも、サキとロヴィーサを引き会わせるつもりです」


「うむ! 私同様、レイモンを助けてやって欲しい。頼んだぞ」


 人間を親友にし、助力まで頼む……

 そんなイルマリ様を……ロヴィーサは驚いたように見つめていた。


 彼女の中で、アールヴのイメージは高慢で排他的なものだったようだ。

 自分達は選ばれし種族で、ナンバーワン。

 人間を含め、他種族は大嫌い。

 それがアールヴの本性。


 でもそれは昔の事。

 イルマリ様以下、今やアールヴ族は変わりつつある。

 

 自分達『人魔族』も同じ道を歩まなくては。

 変わって行かねばならない。

 

 まずは一歩だけ前に出る!


 ちらっとサキを見て、大きく頷くロヴィーサの表情からは……

 そんな気持ちがしっかりと伝わって来たのである。

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