第3話「アガレスからの依頼②」

 アガレスの愛娘ロヴィーサが隣室から呼ばれ……

 父親から説明を受けている。


 説明は簡潔明瞭。

 あまり私情をはさまず、淡々と行われた。


 管理神様の神託があり、アヴァロン出国の許可を頂いた。

 秘書として仕える俺の了解も得たから、お前は出国して地上で秘書の修業をするようにと。


 対して、無言で能面のようだったロヴィーサの顔に変化が表れた。

 不機嫌そうに顔をゆがめたのだ。

 そしてひと言。


「父上、その件、お断り致します」


「何故だ? 理由を言え」


「このアヴァロンでも、充分に秘書修業は出来るからです。地上へ行く意味などありません」


「いや、今のお前は秘書として機能しておらぬ。それに折角管理神様の許可が出たのだ。地上へ出て、ケン様の下でいろいろ学ぶと良い」


「嫌です! 絶対に!」


「何? 嫌か?」


「嫌です! 私は一生、大好きな父上のおそばに居ります!」


「どうしてもか?」


「はい! 絶対に絶対に嫌なのです!」


 うお!

 この一連の会話。

 父親なら涙が出るほど嬉しいに違いない。


 そしてはっきり分かった事がある。

 ロヴィーサは『パパっ娘』だ。

 それも超の付く。


 しかし、アガレスは心を鬼にした。

 何と!

 愛するロヴィーサの幸せの為、敢えて突き放したのだ。


「うむ! ……ならば、お前と親子の縁を切る。地上追放の刑に処す」


「え?」


「我が人魔族は、今や創世神様の忠実な民。創世神様の意思を伝えられた管理神様の命令を断れば、お前だけでなく、一族全てへ、どのようなペナルティがあるやもしれぬ」


「ち、父上!」


「お前のわがまま如きで、大きなリスクを生じさせるわけにはいかぬのだ」


 うっわ!

 勘当とか、追放とか、一族にまで及ぶリスクとか、凄く話が大きくなってる。


「ちょっと、待った!」


 俺はストップをかけ、父娘の『いさかい』を止める。


「じゃあ、折衷案せっちゅうあん! ロヴィーサさんが秘書見習いではなく、単に地上へ遊びに行って、すぐ帰って来るのはどうかな?」


 そう……

 今回の趣旨は、不愛想な『パパっ娘』ロヴィーサに地上の世界を見せ、見聞を広めて貰う事……だろう、多分。


 ならば秘書見習いにこだわらずとも良い。

 地上へ行き、様々な種族と触れ合い、話す事で、将来地上に住むであろう人魔族の足掛かりとなる。

 ロヴィーサ自身も、成長するであろうから……


 しかし、ロヴィーサは俺の提案も一切拒否する。


「却下です! お断りします! 地上へ行くのなど絶対に嫌です! ひと時でも人間と暮らすのも嫌です! 父上の傍におります!」


 親の心子知らずである。

 それも悪意がないから、始末が悪い。


 と、ここで遂にクーガーがぶち切れた。

 ベアーテも同じく、ぶち切れた。


 腕を組み、仁王立ちし、「ずいっ」とロヴィーサへ迫る。


「いいかげんにしなさい!」

「あれもいや、これもいやと、わがままばかり! どこまで親離れしないのよ!」


「……………」


「ごら! あんたが半人前以下だから、アガレスさんが死ぬに死ねないって言ってんのよ」

「おい! 自分ちに引きこもってぬくぬくと暮らしてないで! よその家のご飯でも食べて厳しい世間を知りなさい!」


 前もって宣言した通り……

 クーガーとベアーテの容赦ないドスがきいた『口撃』がさく裂した。


 仁王立ちして迫る元魔王のふたり。

 憤怒の悪鬼……いやそんな事言ったら、俺が抹殺されてしまうから内緒だが……

 という装いだから、ひどく迫力があった。


 この人魔族の入植地へ、俺が『顧問』として通い出してから……

 アガレスは、補佐する俺の嫁ふたりが『元魔王』である事実を伝えているはずだ。


 否!

 その事実を知らずとも、女傑ふたりの迫力は凄まじい。

 マジで怒ったから尚更である。


「ひ、ひいいいい~」


 可哀そうにロヴィーサは、すっかり怯えてしまった。


 まずい!

 これでは逆効果だ。


 う~ん、打開策を考えないと。

 どうしたものか……


 しばし考えたら、ピンと来た。

 思いと考えを伝える為、呼びかける。


「ロヴィーサさん」


 しかし、ロヴィーサは無言である。

 まだ怖がっているのと、俺とは話したくないというのと両方なのであろう。


「……………」


「ウチの旦那様が呼んでいるんだ! 返事くらいせんか!」

「このバカモノ!」


「ひいい……」


 あららら、とりあえず嫁ズの怒りを抑えなくては!


「どうどうどう! スタップ、クーガー、ベアーテ。……えっと、ロヴィーサさん、無視せず反応して貰える? 俺の話を聞いてくれないかな?」


 こうなると、元魔王のふたりより、まだ俺の方が話しやすいに違いない。

 ロヴィーサは、何とか返事を戻した。


「は、は、はいっ!」


「秘書の仕事はやらなくて構わない。気軽に俺の家へ来て、美味いハーブ料理食べて、子供達と遊んでくれる? 3日、いや、2日居てくれれば構わないから」


「りょ! 了解! 了解しましたぁ!!」


 しかしここで、アガレスが!


「ケン様! 単に遊びに行くだけでは! 娘を地上へやる意味はないのです! それまでに私の命が!」


 おいおい、アガレス焦るなって!

 お前の時間はたっぷりある。


 いくら寿命のリミットが設定されたからと言って、

 お前自身、俺達人間よりはず~っと長生きするだろが。


 パパっ娘&世間知らずのロヴィーサに社会経験を積ませ、成長させる為にはじっくりと。

 千里の道も一歩よりだ。


「アガレスさん、俺達に任せるなら、文句はナシ。それが条件だぞ」


「うう、わ、分かりました。ですがひとつだけ問題が……」


「問題?」


「はあ……秘書役をずっとロヴィーサへ任せて来ましたので、代理となる者が居らず、私の業務に支障が生じます」


「はあ? 何それ?」


「う~、困りました!」


 何なんだ、アガレス……

 う~、困りましたじゃないよ。

 秘書の娘を地上へ行かせるのに、後任決めてなかったのかよ。


 もう!

 突っ込みどころ満載。

 今まで娘へ言ったセリフや、日頃の威厳が台無し!


 子供も子供なら、親も親だ。

 両名とも親離れ、子離れが全然出来てねぇ!

 

 と思ったら、アガレスの奴いきなりとんでもない提案をして来やがった。


「ついては、ケン様の奥様となられたベアーテ様を秘書としてお借り出来ればと! 私とは気心も知れてますし」


 呆れた俺は、指名されたベアーテに、一応お伺いを立ててみる。

 念の為、当然、俺は大反対!


「と、言ってるけど、ベアーテ、どうする?」


 どうなるかと思い、答えを待てば、即答である。


「だめ! お断り! こらアガレス! 何甘ったれてるの! 代わりの秘書くらい自分で探しなさい! 同胞の人魔族がいくらでもいるでしょ!」


「はあ……ですかぁ……」


 がっくりした父親を見かね、ロヴィーサは切なくなったらしい。

 決意が揺らいで来たようだ。


「ち、父上! やはり貴方を残して、私は地上へは行けません!」


「そ、それは! だ、ダメだ! 地上へ行くのはお前の人生の為、そして管理神様の神託なのだからぁ!」


 ……しばしの別離に悲しむ父娘。

 終いには抱き合ってしまう……


 何か、安っぽいドラマのようだ。


「………………」


 俺と嫁ズは呆れ果て、無言。

 呆然としていた。


 と、ここで凄まじい波動が俺達へ押し寄せた。

 これは!?

 転移魔法で何者かが現れる前兆だ。


 何と!

 見覚えのある小柄な女子が、俺達が居る部屋に実体化した。

 

『ケン様! ベアーテ! お久しぶりでございます。クーガー殿、初めまして! でございます!』


 黒ゴスロリ風の女神服をまとい、現れたのは……

 後方支援課の女神、俺が研修を行った我が後輩スオメタルである。


 スオメタルは早口念話で俺達へ挨拶をした後、即座にアガレスとヴィローサへ向き直る。


『人魔族リーダー、アガレスよ! 初めて会うぞ! 私は女神スオメタル! 管理神様の命で、お前をサポートする為に赴いた! 娘ロヴィーサが居ない間、私が代理で秘書を務める!』


「えええええっ!? 女神様が代理秘書ぉ!?」

「はい~!?」


 さすがに人魔族の父娘は驚愕状態。


 そりゃ俺だって、そうだ。

 ここでスオメタルが乱入なんて、完全に想定外だもの。


 だけど元魔王のウチの嫁ふたりは完全に面白がって、にやにやしてるぞ。


『ほら! 問答無用! ぐずぐずしない! ロヴィーサはとっとと地上へ旅立ていっ!』


「「はは~っ!!」


 あまりの迫力に思わず平伏するアガレス父娘。


 新人サポート女神だったスオメタルもいろいろ経験を積んだのであろう。

 堂々たる女神っぷりだ。


 こうして……

 人魔族アガレスの秘書問題は、めでたく? 解決された。

 アガレスの愛娘ロヴィーサは、後顧の憂いなくボヌール村へ来る事となったのである。

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