第19話「誰もが変わり、成長する」

 正式な手続きを踏み、大仰ともいえる謁見を済ませた後……

 イルマリ様は、俺とアマンダを歓待してくれた。


 人払いした執務室へ招き入れられた俺とアマンダは、

 アウグストの成長を告げた後、早速本題へ入った。

 ちなみに、会話は肉声である。


「イルマリ様は、私と会ったばかりの頃と比べれば、とてもお変わりになりました」


「まあ、そうだろうな」


「ソウェルとしての重みも増し、成長されたと思います」


「ああ、我ながらそう思うよ」


「では、慈悲と寛容の心を持って、そろそろ許してやっても良いかと思います」


「む? いきなり何の事だ?」


「はい! イルマリ様が永久追放の処分を下した、エルメル・レミネン様と奥様をです。ふたりの赦免をお願いしたいと思います」


「…………」


「先日、俺としたふたつの話、交わした約束。 そしてイルマリ様がこれからお取りになる政策、必要な人材、これらを総合して鑑みれば、30年前に発した命令を取り消し、リスタートする時が来たと思うのです」


「…………」


 俺の言葉に対し、イルマリ様は無言。

 反応してくれなかった。


 ここで改めて作戦の発動だ。

 様々な成果を期待する複合作戦だ。


「宜しければ、俺から提案があります」


「提案?」


「はい! 新たな職務を設けるのです」


「新たな職務?」


「はい、外部の第三者もイエーラの政務に参加出来るような職務です」


「ふむ……外部の第三者が我が国の政務に参加か。成る程、ケン。今のお前のようにだな?」


「はい、代わりにイルマリ様も、他国のその職務に就任して頂きます」


「な、何? 私も? た、他国の職務にだと!?」


「はい、これから3者、仲介役の俺を加えて4者ですが、悪魔対策の会談を執り行う際、話し合いが円滑に進む為の手段でもあります」


「成る程。だが我が国には我が国の方針がある。あまり余計な口出しをされてもな」


「はい、それは当然です。あくまでも主権はイルマリ様に。出された意見は参考程度としてお聞き頂ければ。その逆も然りですから」


「まあ……そうだな」


「既にヴァレンタイン王国宰相レイモン様の了解は取りました。イルマリ様がご了解して頂ければ、俺はアヴァロンへ赴き、妖精王オベロン様の了解も取ろうと思います」


「な!? オベロン様の?」


「はい! イルマリ様はアヴァロンの政務に対し、アドバイスするお立場となるのです」


「ううむ……それはとんでもなく栄誉な事だ」


 イルマリ様がここまで言うのには明確な理由がある。

 アールヴは北の国の妖精の末裔だと言う。

 全ての妖精を束ねる王オベロン様は、

 イルマリ様達アールヴの主筋となるからである。


 そのオベロン様に意見出来る立場となれば……

 歴代のソウェルを遥かに超える立ち位置となるのは想像に難くない。


「職務の内容は良く分かった。で、その役職名は?」


「ズバリ顧問。もしくは少しベタな呼び方ですが、文字通り、相談役です」


「顧問……もしくは相談役か」


「はい、それと恐縮ですが俺も就任します。各国の顧問に」


「あはは、ケン。OKだ! お前は既に我がイエーラにおいて顧問の役割を果たしている。その仕事振り、大いに参考となる」


「そう仰って頂ければ幸いです」


「ああ、お前には公私共々何でも相談出来る。多分オベロン様も、そして人間のレイモン様とやらも私と同じ気持ちなのだろう」


「はい、おふたりからは、ケンとは何でも話せる間柄だと仰って頂きました。光栄の極みですね」


「うむ! ふたりからお前と同じくらいの信頼を得るべく、私も頑張る!」


 良かった!

 イルマリ様は変わり、どんどん成長している。

 イエーラの未来は間違いなく、明るい。


 さあ!

 ここで今回のイエーラ行き、最後の仕上げだ。


 俺はアマンダと目くばせした。

 そして、ふたりでいきなり土下座をした。

 アウグストとノーラさんが俺達へしたのと同じように。


「おいおいっ! ケン、アマンダ、一体どうしたというのだっ!!」


 イルマリ様は「驚く」を簡単に通り越し、『驚愕』していた。

 それはそうだろう。


 元々アールヴには、土下座という習慣、概念……さえもない。

 だが……ひれ伏すという行為の究極型ともいえる土下座……


 誰もが……どのような種族でも……

 自分の誇り全てを投げうって懇願する。

 そんな自己犠牲の心が明確に相手へ伝わる行為といえよう。


 念の為、俺は土下座を推奨して行くわけではない。

 何かあれば、すぐに行うつもりもない。


 ……俺は今回土下座をするにあたって、アマンダが発した魂の叫びともいえる熱い一連の言葉を胸に抱いている。


「常に全力疾走の人生なんて辛い、辛すぎる……私はそう思います。たまには手を抜き、楽をしないと疲れ切って力尽き、終いには倒れてしまうからです」


「でも絶対に手を抜いてはいけない時期、というのが人生の節目では何度かあります」


「お兄様、貴方にとって、まさに今がその時ではないのですか?」


 そう、兄アウグストだけではない。

 俺とアマンダにとっても今回の案件は、絶対に手を抜いてはいけない。


「イルマリ様!」


「な、何だ!? ふたりとも早く立て、そんなみっともない真似をするな」


 イルマリ様は俺とアマンダを止め、土下座を解除させようとするが……


「いえ、やめません! まだ先ほどお願いした件のお返事を頂いておりませんから」

「そうですっ、イルマリ様!」


「うむむむ……お前達」


「イルマリ様! エルメル・レミネン様と奥様の永久追放を取り消し、新たな同志としてこのイエーラへ迎え入れる事をお許しくださいっ! 宜しくお願い致しますっ!」

「お願い致しますっ!」


 先日会った時に、イルマリ様は何かを言いかけてやめた。

 敢えて突っ込みをしなかったが、多分ノーラさんのご両親の件だと、

 俺は推測していた。


 事情説明の際、レミネンという名を聞き、

 昔の記憶が呼び覚まされたと俺は改めて思ったから。


 価値観と意識を変えたイルマリ様は、何かきっかけさえあれば、

 ノーラさんのご両親を許そうと考えていたに違いない。


 改めて見やれば、イルマリ様は晴れ晴れとした笑顔となっていた。

 まさにすっきりと晴れ渡った蒼天顔だ。


「分かった! エルメル・レミネンとその妻の永久追放を解く。そしてふたりを我が腹心、経済担当の顧問として迎え入れよう」


 やった!

 やったぞ!


 最終的には……

 俺とアマンダの熱い思いが、イルマリ様の迷いを吹き飛ばし、

 ぐいっと背を押した形となった。


「ありがとうございます!」

「ありがとうございます!」


 これで、アウグストとノーラさんへ、良き報告が入れられる。


 思いは同じ……


 俺とアマンダは、顔を見合わせ……

 イルマリ様同様、晴れやかに笑ったのであった。

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