第17話「土下座」

「故国に居られなくなったエルメルは恋人を連れ、国外へ脱出……その恋人というのが私の母様かあさまっす」


 30年前の光景が目に浮かぶ……

 ノーラさんのご両親は忸怩じくじたる思いで、故国を後にしたと。


「エルメル……父様とうさま、そして母様は苦労に苦労を重ね、ふたりで再びこの王都セントヘレナで小さな店を持ったっす。それがレミネン商会の前身っす」


 そうか……

 小さな店を、今の大店おおだなにしたって事なんだ。


「父様は自分と同じように国外で暮らしていたアールヴ達と同じ志の下に結束し、彼等の助力を得て、小さな店を大きくしていったっす」


 うんうん、大変だった……だろうな。

 だけど、立派だと思う。


「結果、父様は何とか成功を収めたっす。……しかし」


 しかし?

 何だ?

 しかしって?


 でも、いよいよ……

 ノーラさんの悩み話が、『核心』に入るって事だ。


 俺とアマンダは居住まいを正し、改めて話を聞こうと……

 大きく身を乗り出した。


「最近父様は……考え事をするのがとても多くなったっす。目線が遠くて、空を……特に夕焼け空を眺めて、深いため息を吐く事がとても多くなったっす」


 人間の王国ヴァレンタインで成功を収めたノーラさんのお父上、エルメルさん……そのエルメルさんの悩み……


 俺にはすぐに「ピン」と来た。

 エルメルさんの心の底にある深い悩みが……


 確かに……

 エルメルさんは、金銭的に成功を収めた。


 もはや……

 日々の生活を心配する事はなく、

 難儀する国外のアールヴ達を支えている。

 成功した彼の存在は、国外の同族からは『励み』となっているだろう。


 しかし……

 当初、彼が持った夢、望みは果たされていない。


 イルマリ様へ熱く語った夢。

 つつましく暮らす故国のアールヴ達の生活を豊かにする。

 『悲願』は未だに果たされていないのだから。


 同時に俺の果たす役目、やるべき事もはっきりと見えて来る。


 「つらつら」と、そこまで考えた俺は軽く首を振った。

 とりあえずは、最後までノーラさんの話を聞こうと。


「娘の私には分かるっす。父様は心身共に……望郷の念に満ちているっす」


 望郷の念……


 やはり!

 と俺は納得し、自分と同じだと共感した。


 ふと……

 傍らを見れば、アマンダも俺をじっと見ていた。

 そして、ゆっくりと大きく頷いた。


 ノーラさんの話は遂に、最終局面へ入っている。


「ケン様、お願いしまっす。貴方様がイルマリ様と懇意と聞いて、ご相談するか、ずっと迷っていたっす」


 と、ここでアウグストが追随する。


「わ、私からもお願いしたい! ケン、ノーラさんのお父上の入国禁止を取り消すよう、イルマリ様へ執り成して欲しいのだ」


「…………」

「…………」


 アウグストの表情は真面目だ。

 怖ろしく真剣な顔付きをしている。


 俺とアマンダが見守る中……

 何と!

 アウグストは、


「頼むっ! ケン! アマンダっ!」


 がばっと土下座をし、床に頭をすりつけたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 あの、プライドの塊。

 誇り高いアウグストが土下座ぁ!?


 信じられない光景に俺は勿論、

 アマンダもびっくり。

 

 そして、ノーラさんも驚愕してかがみ込んだ。

 すかさずアウグストへ呼びかける。


「アウグスト様! な、何をするっす」


「わ、私は! ノーラさん、貴方が傷つくのがたえられないっ! 悲しむのも見たくはないっ」


「アウグスト様……」


「私は右も左も分からぬ、世間知らずだっ! 何も出来ない男なんだっ!」


「…………」


「こんな不器用な男が出来る事はっ! 己の身体を張る事ぐらいしかないっ」


「ア、アウグスト様っ!」


 土下座したアウグストに寄り添い、言葉を聞いていたノーラさんも、

 全くためらわずに土下座した。


 そしてアウグスト同様、大きな声で叫ぶ。


「ケン様! アマンダ様! 私もアウグスト様と同じっす。こんな世間知らずの箱入りが出来る事は、身体を張る事ぐらいっす!」


 こうなると、仰天したのは既に土下座をしていたアウグストである。


「ノ、ノ、ノーラさんっ!? き、君はそんな事をしなくてもっ!」


 制止するアウグスト。

 対して、ノーラさんは首を振った。


「い、いいえっ! 私の父様の事でっすから!」


「ノーラさん……」


「アウグスト様! 本当にありがとうございまっす! この前も私を守ってくれたっすね! い、今も、私の為にっ! ……す、凄く、嬉しいっす!!」


 ふたりは……

 お互いにじっと見つめ合っている。


 ああ、何だか……温かい。

 少し前までは、赤の他人だったふたりが……

 邂逅し、今やここまでぴったりと寄り添い、気持ちが通い合っている。


 そしてノーラさんとは違う喜びを俺も今、感じている。

 アウグストの確かな成長と、幸せの到来を感じる。

 それは我が嫁アマンダの幸せにもつながる。


 俺は再びアマンダを見た。


 うん!

 俺達夫婦だってけして負けてはいない。

 運命の出会いをし、気が遠くなる長き時間と果てしない次元の距離を克服し、

 固く固く結ばれたんだ。


 愛するアマンダは、俺を「じっ」と見つめていた。

 嬉しそうに、にっこり笑う。


 そして……

 気持ちがひとつとなった俺とアマンダは……

 相変わらず土下座をしているアウグストとノーラさんに……

 土下座をやめ、立ち上がるよう、手をさしのべ、優しく促したのであった。

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