第12話「証言から告白へ②」

 ノーラさんへ行うアウグストの証言は、いつしか……

 『ざんげ』に近い告白へと変わっていた。

 レミネン商会不良社員達の愚かな言動に、過去の自分を重ね合わせて……


「でも、私だって彼等の事は言えた義理ではありません。アールヴ族こそが世界で一番優れた種族だと威張り、人間を含め他の種族は著しく劣っていると馬鹿にしていましたから」


「…………」


「それ故、人間や他の種族を奴隷の如く扱い、意味もなくさげすののしっていた愚かな私を改めて認識したのです」


「どういう事っすか?」


「妹を侮辱する彼等を見て私は思い知りました。まるで鏡の中の自分を見ているようでした。私は誤解していたのです。何も分かっていなかったのです。根拠も裏付けもなく、人間は愚かで下等だと信じ込んでいました」


「…………」


「そして実を言えば……人間のケンと結婚したアマンダを心の底から軽蔑けいべつしていたのです」


「アマンダさんを?」


「はい、ケンと仲睦まじく暮らすアマンダはいずれ彼の子を産むでしょう。でもそんな事、認めたくはなかった」


「…………」


「誇り高きアールヴの血に卑しい人間の血が混じるなど、絶対に許しがたいと思っていたのです」

 

 と、ここで不良社員3人がまた吠える。


「その通りだろ!」

「極めて正常だ!」

「お前はけして間違っていない」


 こいつら……

 人間を蔑視していたアウグストの過去を、立派だと擁護していやがる。

 ノーラさんも腹立たしいようだ。


「お前達、私はシャラップって言ったっすよね? 何度も言わせるなっす。アウグスト様、続けてくださいっす」


「はい、でも今は全く違います。ケンとアマンダの子が生まれるのが楽しみなんです。私の甥か、姪が生まれるのが待ち遠しい」


「うふふ、そうっすか」


「はい! ケンは誠実です。不器用な私の為に、アマンダと一緒に懸命に尽くしてくれています。人間なのにアールヴの私を、家族として励まし、支えてくれているのです。商人になるという私の夢を叶えたいとはっきり言ってくれました」


「…………」


「そして今朝は私を助け、アマンダをおとしめた彼等をらしめてくれたのです」


「懲らしめるだと!? 偉そうに」

「アマンダを貶めた? 人間と結婚するアールヴなど論外だ」

「その通りだ! ばぁか!」


 こいつら……

 さっき俺にノックアウトされた事をきれいさっぱり忘れていやがる。


 しかし……

 アウグストは不良社員達の声を全く受け付けない。

 ノーラさんしか見えていない。

 彼女を真っすぐ見据え、熱く熱く語り続ける。


「ノーラさん、私は変わりたい、今迄の態度を心から反省し、ケンとアマンダの期待に応えたい。ひとかどの商人になる為に一生懸命頑張りたい」


「…………」


「それに私は真実を知った。ケンの姿を見て知ったのです。初代ソウェルの教えは長い年月の間に著しく曲解されていたのだと」


「…………」


「ソウェルは、本当はこう仰っていた……私はそう確信します」


「…………」


「……アールヴは他種族と理解し合い、支え合い、世界に数多あまたある種族達のかなめとして、誠実に真摯に高き誇りをもって、最高になる事を目指すのだと」


 ここでアウグストは軽く息を吐く。

 何か、憑き物が取れたようにホッとした表情だった。


「今回の件で、遂に私は……ケンと本当の家族になれた……そう思いました」


 今度は……ノーラさん、罵る不良社員達を完全にスルー。

 止めもせず、諫めもしなかった。

 ただアウグストの話だけを聞き、大きく頷いている。

 何度も何度も。


 そしてにっこり笑う。

 

「アウグスト様……よ~く、分かったっす」


「お嬢様!」

「分かって頂けましたか?」

「私達は無実、潔白です!」


 しかしノーラさん、またも不良社員達を完全スルー。

 俺とアウグスト、それぞれに頭を下げる。


「ケン様、アウグスト様、改めてお詫びしまっす。ウチの社員の卑劣な物言い、振る舞い、誠に申しわけありませんでしたっす」


 辛そうな表情のノーラさんはそう言うと、更に深く深く頭を下げた。


 仰天したのは不良社員達である。


「お嬢様、何故謝るのですかっ!」

「尊きアールヴが下等な人間如きに頭を下げるなど!」

「ありえません!」


 際限なく……

 ぎゃんぎゃん吠える不良社員達へ、

 ノーラさんは一転、憤怒の表情を見せる。


「黙れっす! この卑怯者ども!」


 一喝され、戸惑う不良社員。


「な?」

「卑怯者?」

「私達が!?」


「そうっす。さっきから黙って聞いていれば、ケン様やアウグスト様に対して、信じられない悪口雑言。お前達が嘘偽りばかりを話しているのは明白っす」


「ええっ?」

「そんな!」

「信じてください!」


「……お前達はウチの父様に憧れ、人間の国へ来たと言ったっすね?」


「そうです!」

「一旗あげたい!」

「お嬢様のお父上のように、大商人になりたいのです」


「無理っす。人間を一方的に貶め、全く相容れない……そんな考え方じゃ、ウチの仕事は到底勤まらないっす」


「え?」

「何故です?」

「全く理解出来ません」


 こいつら……

 馬鹿か?

 人間の国、その王都の街で人間相手に商売するのに……

 そんな上から目線で仕事になるわけないだろが!

 幼い子供でも分かる常識だ。


「お前達、情けないっす! さっきアウグスト様が仰った話を聞いてなかったすか?」


「こんな奴の戯言たわごとを?」

「馬鹿らしい!」

「ひと言聞くのも嫌ですよ」


 ノーラさんは不良社員達の反論を聞いて、とても悲しそうな表情となる。

 そして、はっきりと言い放つ。


「他種族と理解し合い、支え合い、誠実に真摯に高き誇りをもって、最高になる事を目指す。これはそのまま商人にも当てはまる言葉っす」


 こう言うと、ノーラさんは目を閉じた。


「残念っす。己を省みて、謝罪するチャンスはいくらでもあったっす」


「省みる?」

「謝罪?」

「チャンス?」


「でもお前達は嘘をつき、ののしる事しかしなかったっす。分け隔てなく様々な相手と付き合い、自分の世界を広げて行く商人には絶対なれないっす、アールヴとしても最低っす」


 ノーラさんの厳しい言葉を聞き、今度こそ反省するかと思いきや、

 不良社員達は信じられない暴挙に出た。


 何と!

 逆切れして、ノーラさんへ襲いかかったのだ。


「このあまぁ! 何が省みるだぁ、ふざけやがって!」

「黙って聞いてりゃ、良い気になりやがって!」

「偉そうに主人づらしてんじゃね~ぞ!」


 と、その時!


「やめろっ!」


 アウグストが大声で叫び、

 ノーラさんをかばって、思い切り身を投げ出したのであった。

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