第9話「寮生活と研修提案」
こうして……
アウグストは、レミネン商会の社員寮へ入寮した。
とりあえず1週間の期間限定で。
アウグストはひとり暮らしは勿論、寮生活も初体験。
一抹の不安があったので、ノーラさんとサンドラさんの了解を貰い、
初日だけ俺が一緒に寮生活する事にした。
本当はアマンダも参加を希望した。
だが、この寮は男子且つ独身寮。
女子や夫婦者は入寮出来ない。
という事で、アマンダはホテルセントヘレナでお泊りと相成った。
そして、ノーラさんからは更にありがたい提案が……
「良い事思いついたっす。アウグスト様にちょうど良い企画があるっす」
「ちょうど良い企画?」
「何でしょうか?」
俺とアマンダが尋ねれば、
「ウチの社員研修っす」
「ウチのって?」
「レミネン商会さんの?」
「はいっす! ウチの社員の中にはイエーラから来るアールヴも結構居るっす。そういう社員は概して人間や人間社会に不慣れっす。でもそれじゃあウチの仕事は勤まらないっす。だから研修を受けて貰うっす」
「成る程!」
「それ……良いお話かもしれませんね」
「ちょっと体育会系的で肉体的に厳しい研修かもしれないっすが、私はアウグスト様にはピッタリの研修だと思うっす。マルコさんの講義と同時進行だからスケジュール的にも体力的にも相当きついっすがね」
おお、ノーラさん、ナイスアイディア。
体育会系というだけで、研修内容は全く不明だが……
人間社会への適応訓練が趣旨なんて、
アウグストにはぴったりの企画だ。
俺とアマンダは顔を見合せ、頷き合う。
気持ちは一緒って、奴。
ああ、俺達はやっぱり夫婦だ。
こうなったら、アウグストへ大いにプッシュするしかない。
「兄上、ノーラさんの言う通り、ピッタリの企画ですよ」
「そうそう、研修を受けるのもアールヴばかりだし、お言葉に甘えては?」
「そ、そうか……お前達がそこまで言うのなら……」
とアウグストが「仕方なく」という感じで了解すれば……
ここでまたまた、ノーラさんからありがたい提案が!
「乗りかかった船っす。私も研修に参加するっす」
「え?」
「それは?」
「あはは、丁度良い機会っす。私も父様にはいずれ研修を受けるよう言われていたっすから」
明るく笑うノーラさん。
例えれば、太陽の光をたっぷり受け、夏に花咲くひまわりのような子だ。
「良かったじゃないですか、兄上」
「そうですよ! ノーラさんも一緒だなんて」
しかし……
アウグストから返事はない。
あれ?
ノーラさんを見て「ぽ~っ」としている。
まさか、これは?
と思ったが、ここで突っ込むのは野暮。
どこぞのセリフではないが、「そ~っ」としておこう。
俺が再びアマンダを見やれば、彼女も「うふふ」と笑ってる。
どうやら俺と同じ事を気付いたらしい。
上手く行くかどうかは分からない。
しかし、少しでもアウグストのやる気につながればと、
俺とアマンダは『彼の想い』を見守る事にしたのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そんなこんなで……
この日、俺はアウグストと共にレミネン商会の社員寮へ宿泊した。
俺達は食堂で夕食を摂り、その際、社員さん達に紹介された。
社員さんは全員がアールヴ族だった。
研修を受ける必要のある社員が居る。
ノーラさんが言った通りだ。
中には、人間の俺へ醒めた目を向け、冷たい言葉を発して来た者も居た。
しかし俺は平気だった。
アールヴの国イエーラでは散々経験したし、何より兄アウグストの為。
大事の前の小事、何という事もない。
笑顔を絶やさず、挨拶だけは、元気にはっきりとを心がけた。
馬鹿にされ罵倒される俺を、アウグストは呆然として見つめていた。
夕食後……
アウグストへ与えられた部屋で彼と話していた。
何か、俺の経験で役に立つ事はないかと。
ボヌール村で結婚前に、1年間ひとり暮らしをしていた経験が少しだけ役に立った。
集団生活のコツも含め、俺なりに学んだ事を……
一生懸命身振り手振り入りで、アウグストへ伝えて行く。
話す俺の言葉を意外にも真面目に聞くアウグスト。
少し目が遠くなっていた。
故郷の事でも思い出して、ホームシックにでもなっているのかと、
俺が少し気にしたら……
「ケン」
「何ですか?」
「お前は、先ほど凄く嫌な思いをしただろう?」
「凄く嫌な思い? 全然大丈夫ですよ」
「いやいや、
「…………」
「あいつらの言動や態度を見て、これまでして来た自分の行いが良く分かった」
「…………」
「さしたる理由もなく、今迄お前を
「…………」
「改めて聞きたい。血のつながったアマンダはともかく、他種族である人間のお前が何故ここまで付き合ってくれるのだ?
「何故って……」
「頼む、教えてくれ、ケン」
「はい、……アマンダを介してですが、俺と貴方は家族ですから」
「…………」
「アマンダには結婚前から、いろいろ支えて貰いました」
「…………」
「俺も彼女を支えたい。いや、一生支えて行きたい」
「…………」
「だからアマンダの兄である貴方も支えたい。抱く夢があるなら協力して叶えたい」
「…………」
「人間もアールヴもひとりでは生きていけない。お互いに支え合う気持ちが、感謝につながり自分が生きて行く励みとなる、俺はそう思いますから」
「……お互いに支え合う気持ちが、感謝につながり自分が生きて行く励みとなる、か。今なら私もそう思う」
「兄上……」
「ケン、お前とアマンダ、そしてマルコさん……ノーラさんにもここまで世話になってしまった。本当に感謝の気持ちしかない」
「…………」
「この感謝の気持ちを、お前の言う通り、これからは私の人生の励みとしたい」
今の言葉を聞いて俺は思う。
アウグスト……
貴方は、初めて夢への第一歩、商人への道を踏み出したと。
安堵した俺は……
明日アマンダへ、必ずこの事を伝えよう。
そう強く決意していたのだった。
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