第8話「仕切り直し」

「私とケンが、今回お兄様に協力したのは、商人となりイエーラに尽くしたいという貴方の確かなこころざしを信じ、抱く大きな夢を何とか叶えてあげたいと願ったからです」


「…………」


「常に全力疾走の人生なんて辛い、辛すぎる……私はそう思います。たまには手を抜き、楽をしないと疲れ切って力尽き、終いには倒れてしまうからです」


「…………」


「でも絶対に手を抜いてはいけない時期、というのが人生の節目では何度かあります」


「…………」


「お兄様、貴方にとって、まさに今がその時ではないのですか?」


 切々と訴えるアマンダ……

 傲岸不遜なアウグストも、さすがに愛する妹の涙には勝てなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 翌日……

 深く反省したアウグストの方から申し入れがあったので……


 俺とアマンダはアウグストを連れ、まずはキングスレー商会へ伺い、マルコさんに受講態度の非礼を謝罪。


 マルコさんへ、平謝りの俺とアマンダ。

 アウグストも一応、頭を下げた。


 俺はともかく……

 謝罪しまくりな妹の姿をじっと見ていたアウグストに、思うところはあったらしい。


 そして……

 恐縮するマルコさんに断りを入れた上で、続いてレミネン商会へもお詫びに伺った。

 マルコさん同様に……

 会頭の令嬢ノーラさんのご好意を、無にする失礼な態度をアウグストがとったからだ。


「ノーラさん! 私は失礼な態度をとってしまった。本当に申しわけなかった! この通りだ」


 アウグストは叫ぶように謝罪すると、深く深く頭を下げた。


 先ほど……

 俺とアマンダが、マルコさんに謝罪するのを見て、

 アウグストもお詫びの仕方、頭の下げ方を学んだようである。


 俺の私見ではあるが……

 腰の低さだけが、商人の本分ではないと思う。


 しかし……

 自分の不遜さを反省し、謝り方をしっかり学んだという意味で、

 アウグストにとっては大きな第一歩だ。


 対して、ノーラさんは快く許してくれた。


「いえいえ、王都には不慣れなアウグスト様だから無理もないっす」


 ノーラさんは言葉遣いは独特だけど、育ちの良さを感じるお嬢様。

 今の言葉から改めて思うけど、本当に良い人だ。

 

 雑談が弾み、身の上話となった。

 聞けば、彼女はこの王都セントヘレナで生まれたという。


 ノーラさんの父エルメル氏はイエーラ出身のアールヴだが、数十年前に故国を出て、ヴァレンタイン王国へ移住。

 一代でレミネン商会を築き上げ、財を成した。

 以来、故国へは一度も帰っていないらしい。


 エルメル氏が帰郷しないのには何か特別な理由わけがある。

 俺にはピンと来たが、事情を深く突っ込むわけにもいかない。


 つらつら考えていた俺であったが……

 話は一気に進むみたい。


「それで、どうしまっす? アウグスト様はウチの社員寮に入りまっすか?」


 ノーラさんが完全に許してくれたと知り、

 アウグストも安堵したようだ。

 やる気を見せている。


「ぜひ! お世話になりたい!」


「じゃあ、早速行きまっすか。改めて寮母さんに挨拶しましょうっす」


 という事で……

 俺達はノーラさんに先導され、再びレミネン商会の社員寮へ向かったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そんなこんなで俺達はレミネン商会社員寮へ再訪した……


 何度も言うけれど、ここは元宿屋。

 だからアパートというより『寮』と言うのがピッタリ来る。

 入居者は男性のみ。

 つまり男子寮。


 部屋は……

 俺の前世でいえば、狭いビジネスホテルという趣き。

 前回は外観だけしか見ていないので、内部へと入る。


 部屋は全部で20。

 全てが個室仕様となり、ひとりに付き、一室が与えられる。


 ラウンジ代わりの大広間、入寮者が食事を摂る社員食堂があり、

 洗面所、トイレは共同。

 風呂はなく、最寄りの共同浴場……つまり銭湯を使う。

 ノーラさん曰はく、いずれリフォームし、風呂を増築したいという。


 覚悟を決めてきたものの、アウグストは少し臆しているようだ。

 だけどアマンダ、ノーラさんの笑顔を見て、勇気を奮い起こしたみたい。


 と、そこへ寮母さんがやって来た。

 ノーラさんの言う通り、アールヴ族で名前はサンドラさん。

 『お母さん』という雰囲気で、愛嬌がある。

 

 改めてノーラさんが、アウグスト再訪問の趣旨を伝える。


「サンドラさん、先にお伝えしていましたっすが、アウグスト様、お世話になるそうでっす。だから面倒見てあげてほしいっす。とりあえず期間は1週間でっす」


「かしこまりました、お嬢様」


 という会話が終わり、アウグストは緊張しているのか、固まっていた。

 挨拶の言葉が上手く出て来ない。


 ヤバイと察したアマンダが、とっさにアウグストの脇腹をつつく。


「あ、あう! よ、宜しく、お、お願い致します」


 アウグスト、何とか、挨拶する事が出来た。

 続いてアマンダが、


「世間知らずな兄ですが、宜しくお願い致します」


 と、挨拶すれば……


「こちらこそ、宜しくね」


 と、サンドラさんは温かく笑顔を向けてくれたのである。

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