第5話「マルコさんの提案」

 翌日……

 俺とアマンダ、そしてアマンダ兄アウグストはヴァレンタイン王国王都セントヘレナを歩いていた。


 考えた末、正式な出国手続きをせず、エルヴァスティ家別宅から転移魔法を使った。

 初めて体験する転移魔法にアウグストは子供のようにはしゃぎ有頂天となった。

 その興奮はまだまだ続いている。

 

 さすがにセントヘレナ内へは、ズルをせずに正当な手続きを踏んで入場した。

 

 生まれて初めて見る人間の大きな街……

 

 目の当たりにして、アウグストは大騒ぎしていた。

 まあ、気持ちは分かるが、おのぼりさんモード全開である。


「いや~、凄いな、アマンダ。我らがフェフより全然大きな街だ」


「そう……ですね」


「おいおい、ケン。こんな街を拠点にし、世界を股にかけたいぞ。まあ、お前の転移魔法があれば超が付く楽勝だよな」


「兄上、し~っ、声が大きい」


「ん、そうか?」


 ってな感じ。

 アマンダには言えないが……

 アウグストは典型的な世間知らずの金持ち坊ちゃん。


 『空気詠み人知らず』は勿論、我が儘で勝手気まま。

 その上、飽きっぽいので、商人としてスタート地点に立てるかどうかも微妙だ。


 まあとりあえず、当初の予定通り、マルコさんから商人のイロハをレクチャーして貰おう。


「兄上、早速キングスレー商会へ行きますよ」


「おお、私の練習台となる商人の居る商会か。楽しみだな」


「練習台? いえいえ、逆です。相手は兄上の師匠になりますから、常に敬いの心で接してください」


「師匠? 敬いの心? 冗談だろ、相手はたかが人間だぞ」


「あの、兄上。俺も一応、人間なんですが……」


「あははは、何を言う! お前の能力を考えたら、並みの人間には程遠い。さすがの私も尊敬してやれるレベルだ」


 尊敬してやれるって……

 どこまで上から目線なんだ……


 俺が呆れていると、さすがにここでアマンダが怒った。

 びしりと心身が凍り付く、音を立てて荒れ狂う吹雪みたいな冷たい声だ。


「お兄様」


「な、なんだ、アマンダ。今にもカチンコチンになるような冷たい声を出して」


「いい加減、その上から目線をやめてください」


「上から目線? そうかな、いつもよりつつましく控えめに話しているつもりなのだが」


「全然違います。つつましくも、控えめでもありません!」


「う、うわ、アマンダ。お前最近ホントに怖いな。そんなに怒ってばかりだと、ケンから別れ話を切り出されるぞ」


「…………」


「まあ別れても……私は全然構わないがな」


 おいおい、兄上。

 そんな事言ったら、アマンダを余計に怒らせるだけだ。

 と思って、見守っていたら、案の定。


「お兄様、……瞬殺しますよ」


 凄みのある声と共に、ダークな殺意がアウグストへ放たれた。


「わ、わあ! ケ、ケン! た、助けてくれぇ!」


 ああ、何かこのやりとり……

 先日の新人女神研修の時にもあったような……

 これからも多発する兄妹喧嘩を収拾する役に立つ、貴重な経験かも。


 いきなり、何が役に立つのか分からない。

 俺は苦笑して、アマンダとアウグストの仲裁へ入ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 そんなこんなで……

 俺達はキングスレー商会へ到着した。


 貴族屋敷のような商会に驚いたアウグストであったが……

 さすがに貴族育ち、すぐ慣れてきょろきょろしている。


 事前に連絡しておいたので、マルコさんは待っていてくれた。


「皆様、いらっしゃいませ、マルコ・フォンティです」


「マルコさん、毎回無理をお願いして、申しわけないです」

「兄がお世話になります、宜しくお願い致します」


「…………」


 俺とアマンダが挨拶したのに……

 当事者のアウグストは緊張して、言葉が出ないようだ。

 おいおい、大丈夫か?


 やはりというか、ここで兄の尻をガツンと蹴り上げるのは、アマンダである。


「お兄様! ほら! ぐずぐずしないで、しっかりご挨拶して!」


「あ、ああ……わ、私が、ア、アウグスト、エ、エルヴァスティだ」


 いやいや、兄上、王族か貴族の挨拶じゃないんだから、もっとへりくだらないと。

 ここは俺がフォローしよう。


「マルコさん、彼がアウグスト・エルヴァスティ、俺の嫁アマンダの兄です。商売に関しては全くの素人なので、何卒宜しくお願い致します」


「成る程、そうなのですか」


「はい、今回、ソウェルのイルマリ様からアウグストを一人前の商人にするよう厳命されています」


 俺がそう振ると、マルコさんはすぐに『事情』を察してくれたらしい。

 アウグストに気付かれないよう、俺とアマンダへ合図を送って来た。

 さすが、マルコさんである。

 やっぱり機転が利かないと、ひとかどの商人になれないと俺は思う。


 で、肝心のアウグストはといえば……


「…………」


 ああ、ダメだ。

 完全に固まってる。


 う~ん、これは……

 商人になるならない以前の問題だ。


 と、ここでマルコさんが何かを思いついたようにハッとした。

 何故か、悪戯っぽく笑って目くばせしている。


「ケン様、アマンダ様。ちょっとご相談が」


「何でしょう」

「おっしゃってください」


「実は先日、商売仲間のアールヴ族から、当商会へご令嬢を預かりまして……彼女もお父上の跡を継ぐ為に商人を目指し、見習いとしてこれから猛勉強するんです」


「アールヴのご令嬢」

「商人見習いですか? ……成る程」


「はい、お父上が出来た方でして、ご自分の手元で勉強させるより、他家の飯を食べさせて修業した方が良いと仰いました」


 何か、アウグストの女性版って感じだが、さっきの合図から、

 俺には何となく、マルコさんの意図が見えて来た。


「少し個性的な子なのですが……ケン様、アマンダ様にご了解頂ければ、当然アウグスト様もご異存なしであれば、ぜひご一緒に修業なされてはいかがでしょうか?」


 少し個性的な?

 商人志望のアールヴ女子?


 う~ん、どうしようか?

 俺は全然OK、構わないと思う。

 けれど、アマンダとアウグストの意向次第だ。


 と、思ったら、


「…………」


 ず~っと、アウグストは無言で固まってる。

 意思表示しない、否、出来ない……

 そんな兄に業を煮やしたのか、アマンダが、


「はいはい! ぜひぜひ! 兄も同族の仲間が居れば、安心し、修業に励むでしょう」


 まあ、アマンダがそう言うのなら……

 俺も元々賛成だし。

 アウグストは相変わらず固まってるし。

 

 俺が同意し、頷くのを見たマルコさんは満面の笑みを見せたのであった。

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