第46話 「葬送」

 ここは西の森……

 俺がこの異世界へ転生して以来、

 魔の者、人外などが現れるのは決まってこの森である。


 以前から感じているし、この辺りを何度も探索しているのだが……

 見つからない。

 この森のどこかに、未知の異界とつながる次元の狭間があるに違いないのに。


 閑話休題。


 俺の目の前には、約30頭のオーガ共が立ちふさがっている。

 同行したベリザリオは少し離れた木の上に避難させていた。

 今回は、『ふるさと勇者』としての戦いぶりをじっくり見て貰おうと考えたのだ。


 先ほど、俺は魔法オンリーで戦った。

 だからこれから戦う戦法は、女神時代のクッカが一押しした魔法剣士、

 それも格闘技も加味させた万能型戦闘スタイル。


 人間ひとり対オーガ30頭……

 無謀にも見えるが、かつてクーガー率いる10万以上の魔王軍と戦った俺には

 まさに『主人公最強』で、どうという事はない。

 しかし、初めて俺の戦いを見るベリザリオはさすがに緊張気味だ。


 そろそろ頃合いと見て、俺は軽く片手を挙げる。

 背後に居るベリザリオへ伝える為の、「戦い開始」の合図だ。


 片手を挙げた俺のポーズを単なる挑発と受け取ったのか、

 オーガ共が一斉に咆哮した。

 そして思い切り足を踏みならす。


 大気がびりびり震え、大地も大きく揺れる。

 オーガお決まりの威嚇の儀式だ。


 ふん、ワンパターンどもめ!


 心の中で呟いた俺に向かい、

 一頭のオーガが凄まじく咆哮し、固い岩石のような巨大な拳を打ち込んで来た。


 はぁっ!


 気合一発。

 膨大な魔力をひとさし指にこめた俺。


 ぴたり!


 ごう!

 風を切って向かって来たオーガの拳は、

 俺の指一本であっさりと止められた。


 はう!


 驚愕し、息を呑むベルザリオの気配が、木の上からはっきりと伝わって来る。


 さっさと昇天しろ!


 心で呟く俺のセリフと共に、拳から俺の破壊的巨大魔力を受けたオーガは、

 一瞬で砕け散った。

 即死どころではない、痛みさえも感じず即、粉塵ふんじんと化したのだ。


 同胞の呆気ない死を目の当たりにしたオーガ共は、怯むどころか、次々と咆哮し、殺意を全身に満たし、襲いかかって来た。


 軽く息を吐いた俺は、腰の魔法剣を抜き放つと、大きくジャンプ!

 脳天から、唐竹割りにし、返す刃で別のオーガの首をすぱんと落とした。


 更に至近距離から、高圧と化した水流で、これまた別口の脳天をぶち抜く。

 

 俺は表情を全く変えず、平然としながら、

 まるで機械のようにオーガどもを殺していたのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ……一方的な殺戮は終わった。


 現場には死屍累々とオーガのむくろが散らばっている。

 その中で俺は黙々とナイフを使い、奴らの死骸から皮をはいでいた。

 

 最初は葬送魔法で、骸全てを、跡形も残らない処理をしていた。


 だが……

 頑丈なオーガの皮は、革製防具の良い材料となる。

 

 クッカにそう教えて貰い、ドヴェルグつまりドワーフの職人村を紹介され、

 納品して、小遣い稼ぎをしているのだ。


 基本目的は、人間を襲い喰らう捕食者の排除である。

 だが、単に殺すだけではない、無駄なく二次利用しているといった次第。


 そもそも俺達人間はいろいろな家畜を始め、

 様々な他者の命を犠牲にして生きている。

 

 殺し排除するオーガもまた然り。

 人間を容赦なく喰らう害為す魔物ではあるが、

 守護者の俺にとっては野に居る兎や鹿と変わらない。


 そして当然ながら、

 皮を取り、残った骸は不死者アンデッドにならぬよう、

 全てを葬送魔法で塵にするのだ。


 最初は及び腰だったベリザリオであったが、

 途中から、オーガの皮剥ぎを手伝ってくれていた。

 

 聞けば、アヴァロンではたまに狩猟をすると言う。

 興奮から醒め、落ち着けば、慣れた手つきでオーガの皮を剥いで行く。


 ふとベリザリオは手を止めた。

 改めて俺を見つめ、感嘆する。


「ケン様は……凄いですね。この世界広しといえど、貴方ほどの戦士は中々居ません」


 だが、俺は首を横に振った。


「そうか……でも俺の力はズルしてというか、転生の際、全てイレギュラーに授かったものだ。全く威張れるものではないよ」


「成る程……」


 同意したベリザリオは少し考え込んでいた。

 そして俺のように、首を横に振った。


「いえ、でもそれは違うと思います」


「ふうん、違うかい?」


「はい! やはりケン様は素晴らしい」


「…………」


「いくら創世神様から与えられたお力でも、それを有効に使いこなすのは、また話が別ですから」


「有効に使いこなすのは、また話が別……か」


「そうです! ケン様はご家族の為に、そしてボヌール村村民の為に、いえ、私達妖精を含めたこの世界に生きとし生ける者達の為に、お持ちの力を有効に使っていらっしゃいます」


「…………」


 俺は……嬉しかった。

 ベリザリオの言葉が心に響いたからだ。


 そもそも人が生きる上で、努力し頑張る事は大事だ。

 努力は天才に勝るともいう。


 だけど……

 頑張るのを自身の為だけに継続するのはとても難しい。


 それ故、他者から「ありがとう」の言葉を聞けば、

 感謝の気持ちを感じる事が出来れば……

 とても励みとなり、更に頑張れる。

 それは誰が何と言おうと、否めない。


 俺はふと、倒したオーガの骸を眺めた。

 無残に散らばるしかばねは、『諸行無常』という言葉がぴったりだ。


「なあ、ベリザリオ」


「はい! 何でしょう? ケン様」


「こいつらは、たまたまオーガに生まれたばっかりに本能のままに暴れまくり、人を喰らう。悪魔や魔王の手先にも使われる、更にこうして俺にも倒される」


「…………」


「運命の悪戯いたずらとはいえ、虚しく不幸な人生だな」


「確かに……」


「だが幸運にも、俺やお前には大切な家族が居る。敬愛すべき対象も信頼すべき仲間も居る。愛し、愛され、互いに支え合って生きていける」


「そうです! 仰る通りです。今回の件でより実感しましたよ」


「だな!」


「はい!」


「俺は一旦死んで転生した身だから、そう思うのかもしれないけど……」


「…………」


「こいつらが……もしも生まれ変わり、転生したら……」


「…………」


「何者になるにせよ、俺達みたいに種族を問わず仲良くなって、幸せに暮らせれば良いな……凄くそう思ったよ」


「全く……同感です……」


 やがて……

 オーガ共の骸は、俺の葬送魔法で塵となった。


 虚しく天へ還る数多あまたの魂を……

 ひとりの人間とひとりの妖精は、じっと見守っていたのだった。

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