第45話 「やるべき事」

 盛り上がった夕食も終わり……

 タバサがさりげなく、ティナの意思を確認した。


 意思とは……

 とりあえず今晩の『お泊り』をどうするのか?

 という事だ。


 ティナと父ベリザリオの心の距離は確実に縮まっているから。

 選択肢は相変わらず3つある。


 其の1、ベリザリオと共に大空屋の宿屋へ泊る。

 其の2、同上で、村内の空き家へ泊る。

 その3、このままユウキ家へティナだけお泊りする。

 の以上3つだ。


 他にもアヴァロンへ帰る選択肢もあるから、そちらも遠回しに尋ねて貰う。

 ちなみに俺以外の男性であるベリザリオをユウキ家へ泊めるのは、

 嫁ズの総意により、やはりNGであった。


 さてさて、ティナの出した答えはといえば……

 ほぼ予想はしていたが、彼女単独でユウキ家への宿泊意思を示した。

 なので、引き続き連泊させる事にした。

 ちなみに、アヴァロンへは当分帰りたくないとの意思も示した。


 片や俺はベリザリオの方をフォロー。

 彼にとっては残念な答えだが、中身は以前とは全く違うもの。


 妖精族のティナにとって、人間族ユウキ家での生活は楽しく新鮮なのだ。

 それに『ミミズの一件』の勢いで、今夜は臨時の女子会が開かれる事となった。


 最近は嫁ズだけではなく、タバサを始め、大人への階段を登ろうとしているお子様軍団の女子達も参加している。

 当然終了時間と話す内容は考慮されている。

 リゼットによれば、ユウキ家女子の団結が更に強まったとの事。

 それで、クッカのフォロー発言が出た次第。

 当該女子会にティナも参加する事になったから、という理由もあったのだ。


 ベリザリオにはそのような部分も併せて説明した。

 以前の彼なら態度をひどく硬化させていただろう。

 しかし愛娘と触れ合い、気持ちに余裕の出た今では寛容さも現れている。


 俺の説明を受けたベリザリオは、笑顔でティナの希望を認めてくれたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ……このような状況もあったので、俺はベリザリオに対し、

 ふたつの『やるべき事』を実施する事を決めた。


 ひとつは悪魔軍団侵攻情報の共有、

 もうひとつは実際に俺が魔物共を排除する『ふるさと勇者』としての仕事である。


 念話でその趣旨を話し、午後10時に迎えに行くと告げたら、ベリザリオは即座に了解した。

 リゼット、クッカ、クーガーには、その件を伝えておく。

 3人からは労りの言葉と共に了解を告げて来た。


 という事で、俺は自室で身支度、

 転移魔法を行使し、ベリザリオの泊まる宿屋へ赴いた。


 俺が宿屋へ着くと、既にベリザリオは出かける用意を完了していた。

 ベリザリオがオベロン様から、俺の実力をどう聞いているのかは知らない。

 多分、事実を全ては伝えていないだろう。

 何故なら、誇り高き王たる自分が完敗したから……


 しかし、「俺が戦う」と聞いて、

 目の前のベリザリオが浮き浮きしているのは、けして気のせいではない。

 やはり彼は根っからの武人なのだ。


 苦笑した俺は、再び転移魔法を発動し、宿屋の部屋から西の森へ跳んだのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 というわけで、俺とベリザリオは深夜の草原を歩いていた。

 聞けば、ベリザリオは俺ほど夜目が効かない。

 魔力量の問題もあるので、無駄に索敵魔法も使わせられない。

 よって『シーフ役』も俺の務めだ。


 この間、悪魔による本格的な侵攻が予定されているとベリザリオへ告げる。

 驚くベリザリオへ、種族間の仲介役を管理神様から命じられた事も併せて伝えた。


 そんなこんなで……

 西の森を目標に、広大な草原を探索しながら歩いていると、

 早速『敵』に遭遇した。

 100匹ほどのゴブリンの群れである。


 なりは小さいが、奴らは捕食者だ。

 容赦なく、人間を襲い、捕えて喰らう。

 こんな群れに村民は勿論、商人や旅行者が遭遇したら、

 結果は推して知るべしである。

 

 俺は身構え、戦おうとするベリザリオを、手を横にする形で制止した。


 ふと……

 昔の記憶が甦る。

 初めてこの異世界へ来た時、ゴブリン共に襲われたリゼットを救った想い出が。


 あの頃の俺は何も分からず、経験不足で不安いっぱいだった。

 ゴブリン共に囲まれ、びびって震えていた。


 しかし今は全く違う。

 

 手前味噌ながら、悲喜こもごも様々な経験を積み、

 酸いも甘いも嚙み分け、たくましく成長した俺が在る。


 ところで……

 今夜は新しい魔法を試す。

 あのメフィストフェレスが使った巨大な魔力を使う火の魔法、

冥界の火球ゲヘナがヒントだ。


 俺は指先に無詠唱で、「ぽっ」と小さな炎を灯した。

 ベリザリオが怪訝な表情となる。


 これくらいのごく小規模な炎は、一般的に生活魔法と呼ばれるレベル。

 生活、すなわち火を起こす種火に使ったり、部屋を照らす灯り代わりにするものなのだ。


 しかしベリザリオはハッとする。

 小さな炎に凝縮された膨大な魔力を感じたからだ。


「ケン様!」


 短く呼んだ、ベリザリオに応えるように俺は空いた手を軽く振った。

 そして小さな火球をゴブリンの群れに放った。


 凄まじい魔力がこもった火球はゴブリンの群れの中で、眩しくきらめいた。


 ぼっ!


 小さく音を立てた火球。

 同時に、ゴブリンの群れは消失していた。

 見た目は種火レベルの火球が一瞬のうちに、ゴブリンの群れを焼き尽くしたのだ。


 背後で……

 息を呑むベリザリオの気配が伝わって来る。

 振り向くと、目を見開き、呆然としているベリザリオが居た。


 俺はひと言。


「仕事さ」


 ……そう、これが地域限定守護者たる俺。

 ふるさと勇者ケン・ユウキのやるべき仕事のひとつなのである。


 と、その時。


 西の森奥に、新たな敵の気配がする。

 これは……


「ベリザリオ、行くぞ」


 と、声をかけたが、ベリザリオは腑抜け状態だ。

 俺の魔法を目の当たりにしたショックから、未だに抜けられないらしい。


「は?」


 惚けた返事をするベリザリオへ、俺は重ねて伝える。


「新たな敵だ、……そうだな、ざっとオーガ30頭くらいか?」


 ここまで言って、ようやくベリザリオは我に返った。


「オ、オーガ! さ、30頭も!」


「まあ、そんなもんだ。奴らを掃討する、行くぞ!」


「は、はいっ!」


「注意してついて来い」


 戸惑い、緊張するベリザリオを促し、俺達は西の森へ向かったのであった。

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