第3話 「タバサとの旅立ち①」

 翌日……

 俺は再び『鍛冶場』でタバサと会う約束をしていた。


 何故、鍛冶場などで待ち合わせにしたかといえば……

 狭いボヌール村の中では、タバサとふたりきりで目立たず、ゆっくり話が出来る場所がないからだ。

 特に今回は、タバサの人生を左右する大事な内緒話だから尚更である。


 やがてタバサは鍛冶場へ来た。

 きょろきょろ左右を見回しながら、こっそり入って来て……

 俺を見て、彼女は安堵あんどの表情を見せた。

 ふたりで交わした約束通り、この場に居るのがパパの俺だけだと分かって……

 

 タバサとは同年齢だが……

 誕生月の関係で『弟』となるレオ。

 彼が良く、鍛冶場の片隅に座り、俺の仕事ぶりを見ているから。


 「ほう」と軽く息を吐いたタバサは、小走りに駆けて来て、俺の前に来る。

 そして笑顔で開口一番。


「パパ、どう? 考えはまとまった?」


 と聞いて来たので、俺も微笑み、


「おう、まとまったぞ」


 と一応は答えた。

 

 でも……

 そうは言ったが、実は考えがまとまってはいない。

 

 考えに考えたが迷いに迷う。

 全く方向性が決まらない。

 才あるタバサにとって、どのような選択がベストなのか、未だ答えが出ていないのだ。

 まあ、持てる者の悩みというか、ぜいたくかもしれないけど。


 実は、俺には別で決めている『案件』がある。

 タバサから受けた相談を良い機会にしようと思って。


 昨夜、管理神様は告げてくれた。

 タバサの悩みはけして些細なものではない。

 彼女が素敵な大人になろうとする事に起因するんだって。


 突然だが……

 俺はこの機会に『カミングアウト』しようと決めた。

 この異世界に来た経緯等、ある程度タバサに話そうと考えたのだ。


 タバサを始め、子供達はまだ俺や嫁ズの持つ『秘密』を知らない。

 だけど『いつか』は必ず伝えたいと思っている。


 その『いつか』が遂に来た。

 まずは長女のタバサへ伝えるのだ……

 それから順次、他の子供達へも機を見て伝えて行く。

 今回に関しては、その為に俺は特別なイベントを考えている。


 特別なイベントという響きを聞いたら、皆さんにはもうお分かりかもしれない。

 俺がこれから何をするのかって。


 そう、俺はタバサとふたりきりで『卒業旅行』へ行く。

 我が愛娘が『子供』という名の学生から卒業し、

 『大人』という名の社会人になるステップを踏む為の記念すべき旅に出る……

 

 何故お前は、やたらに旅をするのかって?


 だって!

 答えはシンプル。

 単純に旅が好きなんだもの。

 今の俺ならお手軽に転移魔法が使えるし。


 生まれてから死ぬまで……

 人生自体が長き旅だという個人的な考えもある。

 

 先日の、アマンダとのイエーラ行きもそうだし、何かにつけて旅をしているから……

 このワンパターン男!

 と言われるかもしれない。

 

 だが人生のターニングポイント『プロポーズ』は勿論、スペシャルな事を伝える際は非日常のシチュエーションが絶対に良いと思っている。

 

「実は俺に考えがある。いきなりだけど、タバサ、旅に出よう」


「え? 旅って、本当に急だね……またエモシオンに行くの?」


「いや違う。レベッカママ達の時みたいに、俺とタバサ、ふたりきりで王都へ行くんだ」


「王都!? 凄く遠いね! それもパパとふたりっきり?」


 ズバリ告げると、タバサは吃驚びっくりして、大きく目を見開いた。

 しかし一転、すぐ笑顔となり、


「わぁ、楽しみっ! パパ、ありがとう! 凄く嬉しいっ!」


 先日同様、俺にひしっと抱き着いて来たのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 1週間後…… 

 俺とタバサは、王都セントヘレナの正門前へ来ている。

 相変わらず、入場希望の長い列が出来ていた。


 ……この1週間、旅行実施の為、ユウキ家は内部調整で大変だった。

 まあ、とりあえず嫁ズの方は大丈夫だった。

 約束通り、管理神様はしっかり『仕事』をしてくれていた。

 お互い何も言わず、暗黙の了解だった。

 今回の『事情』は神託により、しっかり嫁ズ全員へと通じていたのであったから。


 実は、大変だったのがお子様軍団の方。

 それも男子陣より、タバサと同性の女子陣の攻撃が激しく厳しかった。

 

 ミシェルとの子シャルロット、リゼットとの子フラヴィ、そしてソフィとの子ララ……全員タバサに勝るとも劣らず 俺にべったりなパパっ子だ。

 それ故、一斉に「タバサちゃんだけ、ずるい!」と、非難ごうごう。


 こんな時、卑怯な男は嫁ズに任せると言い、丸投げする。

 子育ては勿論、こじれた嫁姑問題からも逃げる最低な夫みたいに。

 でもこの『企画』は俺が考案し、提案したもの。

 事態を収拾する責任がある。


「おいおい、ちょっと待った」


 と、俺がタバサとの間に割って入れば、


「だって!」

「タバサちゃん、パパとふたりっきり!」

「王都なんてずるいっ!」


 しかし、こんな時こそ「落ち着いて冷静に」がセオリー。

 俺は、シャルロット達へ笑顔を向ける。


「約束しよう。お前達とはそれぞれ別に旅をするつもりさ」


「本当?」

「絶対に約束だよ」

「指切りげんまん」


 こうなると、傍観していた男子陣も黙ってはいない。

 タバサと同じ扱いを求め、けして破られない『約束』を望んだ。


 結局……

 俺は、お子様軍団全員と個別の旅行をする約束をしたのである。

 大変だが、逆に楽しみでならない。


 閑話休題。


 王都へ行くまでに、まず最初のカミングアウト。

 今回も、いつもの楽ちんパターンで旅行する。

 そう……必殺の転移魔法を披露する。


 そもそもタバサは、パパの俺が一応『魔法使い』だとは認識している。

 昔、リゼットをゴブから助けた話とか、生母のクッカを含め嫁ズからいろいろ聞かされていたから。


 しかし俺は普段、能力を極力押さえている。

 誰もが使えると言ったら、少し語弊ごへいがあるけれど……

 タバサの前では『通常の魔法』しか使ってはいないのだ。


 何事も最初が肝心だとよく言う。

 だから……

 いつもの王都へ出掛けるパターンを見せ、納得して貰うには慎重を期した。


 ちなみに俺に仕える従士達の正体も初めて明かす。

 今回はベイヤールの素の姿をタバサに明かしてやった。

 馬車のハーネスを外し、自由にした上で、光り輝く本来の雄々しい姿を披露して貰ったのだ。


 案の定、タバサはといえば……

 驚きの連続。

 安心するのか、俺の服の端を「ぎゅっ」と握っていた。


「大丈夫か、タバサ」


「う、うん」


「どうだ? 吃驚びっくりしただろう?」


「だ、大丈夫。……パパがそばに居るから」


「おう! パパはずっとタバサと一緒に居るぞ」


「うん! 約束よ、指切りげんまん」


「指切りげんまん」


 さっきもお子様軍団としたけれど……

 『指切りげんまん』は、日本のふるい風習。

 

 起源は江戸時代にあった、遊女との約束絡みの結構怖い話だという。

 だが、今となっては『指切りげんまん』の行為自体はユーモラスでさえある。

 俺やクーガーが家族に教え、村中にも広まった。


 俺と指切りげんまんをし、どうやらタバサは落ち着いて来たらしい。

 笑顔で見上げて来る。

 

 但し、しっかりと手はつないだまま。

 一応、転移魔法の発動時の感覚、効能効果は説明しておいた。


「準備は良いか、タバサ。いよいよ王都へ跳ぶぞ」


「は、はい!」


 周囲に人影はない。

 魔物も、小動物も居ない。

 

転移トランジション!』


 俺の言霊ことだまが大きく響くと、

 寄り添う大きな影と小さな影は、あっという間に消え失せたのであった。

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