第2話 「秘密の連絡」

 翌日俺は……

 いろいろと、考えに考え抜いた。

 

 だが……

 タバサから相談された件は、納得出来る結論が出せなかった。

 彼女の素敵な未来を見い出す答えが……


 じっくり考え事をしている俺へ、

 リゼットを始め、嫁ズからは散々「何事か?」と突っ込まれた。

 

 しかしタバサとの約束がある。

 俺は一切何も言わなかった。


 夜、ベッドへ入ってからも……

 ず~っと考え続けた。

 

 そしていつの間にか……

 深い眠りへと入って行った。


 ……眠っている俺の心へ、どこからともなく呼ぶ声がする。


『お~い、ケンく~~ん!』


 ああ、この声は……

 即座に分かる。

 この異世界へ転生してから、ありとあらゆる時、散々聞いた声だ。


『お久しぶりです、管理神様。ぜひお会いしたいと思っていました』


『ごめん、ごめん。いろいろあってさ、ちょっち、忙しかったんだよ~ん』


『あの……』


 と俺が言いかければ……


『ああ、ケン君が聞きたい事はよ~く分かってるよ~ん。悪魔共が攻めて来る事だよね?』


『そうです。アールヴの国イエーラで起こった事件も含めてです』


『うん、事情は大体理解しているよ~ん。それにお礼を言っておくよ~ん。この世界のアールヴ達を救ってくれてほんとにありがとうだよ~ん』


『いえ、アマンダ……もとい、転生したフレデリカと俺を、管理神様が再び巡り会わせてくれましたから。あれくらいの事をやるのは当然ですよ』


『ほ~う。相変わらず、奥ゆかしいねぇ。で、ね。悪魔の話に戻るけど、既にケルトゥリが動き出しているよ~ん』


 何?

 ケルトゥリ様が動き出しているって?


『え? あのケルトゥリ様が?』


『うん、あのケルトゥリだよ~ん。彼女はさぁ、ケン君のお陰で信仰心がぐ~んと上がったよ~ん。結果めでたく昇格して遂にS級女神となったんだよ~ん』


『そ、それは! おめでとうございます!』


『ははは、凄くクールに見えてさぁ、あの子は意外に人情に厚く義理堅いよ~ん。今やアールヴ達の強き守護神でもあるよ~ん』


『な。成る程!』


『だから、ケン君の住まう世界のアールヴ達が破滅の危機に瀕していると見て、悪魔共と戦う用意をしているよ~ん』


『それはありがたい事です! ケルトゥリ様ならば頼もしい味方です!』


 思わず、俺の口から本音が出た。

 あれから……

 悪魔共に対抗するすべを俺はいろいろと考えている。


 近いうちにアールヴのソウェル、イルマリ様を始め……

 ヴァレンタイン王国宰相レイモン様とを引き会わせ、種族間を超えた形で対抗策を練ろうと考えている。

 

 否、イルマリ様、レイモン様だけではない。

 この世界に生きとし生ける者全てが、日ごろのしがらみを捨て、協力し合わねばならない。

 心をひとつにして戦わなければ、悪魔共には勝ち抜く事など出来ない。


 と、俺がつらつら考えていたら、


『という事で、ケルトゥリは本格的に戦う用意を始めた。という事は、ライバルのヴァルヴァラだって黙っちゃいない』


 いつの間にか……

 管理神様の口調が変わっていた。

 フレンドリーさが全く消え、厳かで重みのある口調へ変わっている。


『え? ヴァルヴァラ様も?』


『ああ! ケン君には既に分かっているはずだ。あの子は一途に君を深く深く愛していると』


『そ、それは……』


 俺は思わず口ごもった。

 ヴァルヴァラ様の熱い告白は、管理神様の耳にも入っていたんだ……


 俺の心に複雑な想いが浮かんで来る。

 それを知ってか知らずか、管理神様はきっぱりと言い放つ。


『しかし、女神と人間の恋は本来許されざるモノなんだ』


『は、はい……それも充分に分かっています。俺とクッカのケースは本当に特別扱いだっていう事も』


『そうだね。だからこそだ』


『だからこそ?』


 何だろう?

 管理神様は一体何を言おうとしているのだろう?


『ちなみに、ヴァルヴァラもケルトゥリに続き、S級女神へ昇格した』


『そうなんですか! 良かったです! おめでとうと伝えてください』


『了解! それでね、ヴァルヴァラはアールヴの守護神になったケルトゥリに対抗するように、人間の守護神になる事を志願したんだ』


『え? 人間の守護神に志願?』


『ああ、ケン君。君との愛に応える為にね』


『俺との愛に応える為に……』


『そうだよ。ヴァルヴァラは女神と人間の許されざる禁断の恋を、人の子の守護神になる形で何とか成就させようとしている』


『そ、それは!』


『すなわち! ケン君を含む人の子全てを身体を張って守り切るつもりなのさ』


『う、嬉しいです!』


 またまた本音が出た。

 何故ならば、素直に、とても嬉しいから。


 俺は過去の記憶を手繰る……


 あの時……ヴァルヴァラ様は熱く熱く語っていた。

 俺への純粋な愛を。

 許されざる禁断の恋だという事も……

 絶対にお前と結ばれる事はない!

 涙を流し、哀しそうに告げていた……


 しかし、ヴァルヴァラ様は凄い女性だ。

 絶望を希望へと変えてしまった。

 

 果てしない奈落の底へ沈んだ気持ちを一転、大きな愛の力に変えてしまった。

 漆黒の闇を打ち払い、輝く光を呼び込んだ。

  

 そんな猛き天界の戦女神様へ……

 たかが人間如きの俺が言うセリフではないが……


 貴女は何と強い!

 そして何と健気なんだ!

 そう称えたい。

 

 気高く美しい!

 とても素敵な女性だ!

 そう賛辞を送りたい。


 俺は誇らしく思う。

 そんな素晴らしい女を愛し、愛されている事実を。


『ヴァルヴァラはケルトゥリに先んじようと、既に悪魔共へ宣戦布告した。君が知る通り、とっても熱く真摯な子なんだよ』


 ああ、話が見えて来た。

 悪魔共がすぐに直接的な行動へ出ないのは、何か理由があるとは思っていたが……

 

 人間の守護者たるヴァルヴァラ様のお力だったんだ。

 そしてアールヴの守護者として、ケルトゥリ様も俺達へ加護を与えてくれている。

 

 更に、メフィストフェレスの不可解な言動の意味も見えて来た。

 

 あの時……

 もしも俺と奴がまともに戦っていたら、

 凄まじい怒りに燃えた女神ふたりが、けして黙ってはいない事を、あいつはよ~く分かっていたんだ。


 メフィストフェレスが仕える『大いなる主』、すなわち魔王が俺を気に入ったという意味もようやく分かった。

 管理神様は勿論の事……

 ふたりの女神さまがそこまで肩入れする俺という人間の存在に……

 とても興味を持ったからなんだ。


 もしかしたら……

 創世神様までがサキとの再会の件で、俺に力を貸した事実を……

 大いなる主とやらは掴んでいるのかもしれない。


 だから……

 まともに戦うという正攻法だけではなく、邪道というか、あわよくば俺を仲間に引き入れるという奇策をとった。


 俺が理解した事を……

 当然、管理神様も見抜いているようだ。


『まあ、そんなわけで……悪魔共の襲来はしばらく大丈夫。ただその間に君が行おうとした心の絆づくりはやって欲しいんだ』


『心の絆づくりですか……成る程』


 俺には管理神様の『意図』も見えて来る。

 管理神としての仕事……

 すなわち、この世界の調和、バランスを保つ事が平和につながる。

 その為に、種族間の心の絆をつくる手助けを、使徒である俺にさせようとする……


 でも!

 それはかえって大歓迎。


 平和が続く事は勿論、

 いがみあう種族が同じ目的の為、力を合わせ、一致団結する事も……

 とても素晴らしいと思う。

 それに管理神様の手助けが出来るなんて最高だもの。

 

 そしてやはり……

 「悪魔より、神様の方が一枚も二枚も上手なんだな」という事も確信した。


 だから返事は決まっている。


『分かりました! ご依頼は喜んで引き受けさせて頂きます』


『おお、ありがたい。だったらケン君のお言葉に甘えて、ついでに他の仕事も頼もうかな?』


『ついでに他の仕事?』


『うん、いずれね、お願いする事になるよ』


 ……何だろう?

 管理神様が俺に頼む他の仕事って。

 

 気にはなるけど……

 まあ、言葉通り、いずれ分かる事だろう。


『というわけで、とりあえずケン君には、ちょっとしたお礼をさせて貰うね』


『俺へ? ちょっとしたお礼ですか?』


『うん! 今、ケン君が思い悩む愛娘タバサちゃんの事さ』


『タバサの?』


 意外だった。

 凄く重要な深い話を……

 世界の危機に関して話をしている時に、タバサの話が出るとは……


『ほら、タバサちゃんの悩みをお嫁さん達へ絶対に言わないよう、固く口止めされているだろう?』


『え? そんな些細ささいな事がですか?』


『ははは、これから素敵な大人になろうと望むタバサちゃんの悩みは、けして些細じゃないよ。それにこういうきめ細かい気配りが僕の持ち味だからね』


『……あ、ありがとうございます』


『ケン君、聞いてくれ。確かにタバサちゃんとの約束は大事さ。でもね、君がお嫁さん達に伏せたまま事を運べば、きっと角が立つ』


『それは……管理神様の仰る通りだと思います』


『だから、こういう時にこそ、僕のフォローが必要だって事』


『こういう時こそ管理神様のフォローがって? いえいえ、常にフォローして頂いているとしっかり自覚してはいますけど』


『おっとぉ、嬉しい事を言ってくれるねぇ。女神達だけではなく、僕の信仰心まで上げてくれるのかい?』


『御意!』


『あはは、そのお礼にタバサちゃんの件は神託という形でお嫁さん達には伝えておく』


『た、助かります』


『ケン君が今回の事を為すまで、固く口止めもしておくね。その方が君にとってはやりやすいだろう?』


 相変わらず素敵な管理神様の深謀遠慮。

 俺は感動し、大きな声でお礼を言う。


『本当に! 本当にありがとうございますっ!!』


 その瞬間。

 「ぱっ」と目が明いた。

 見やれば外はもう明るかった。

 窓からさんさんと日差しが射し込んでいる。


 俺は……

 管理神様が見せてくれた『神託の夢』から目覚めたのである。

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