第7話 「緊急作戦会議」

 完璧な私?

 ミスなど絶対にしない?


 俺は吃驚した。

 アマンダの兄アウグストのこの物言いには本当に呆れた。

 

 こういう奴は人間でも良く居る。

 たいした実力もない癖に、やたら自分を大きく見せようとする。

 その根拠のない『痛い自信』はどこから来るんだ? と聞きたい。


 アマンダもこのままでは、不毛な会話が終わらないと気付いたらしい。

 さとし、考えを思い直させる話を、質問する事へと切り替える。


「お兄様、念の為ひとつお聞きしますが……そもそも貴方にエリクサーのオファーを出したのは、一体どこの誰ですか?」


 ああ、そうだ。

 さっきも思ったけれど、こんな事はアウグストが単独で仕組めるわけがない。

 仕掛けを考え、手引きした奴が居る筈だ。

 俺もそれが知りたい。


「ははは、安心しろアマンダ。お前の時とは違って悪人は絡んでいない。今回は相手の素性、身元がはっきりしている。私に話をくれたのは怪しい者ではないから心配は全くない」


「え? すると?」


「まあ、待て。今回の取り引きには厳しい守秘義務がある。だから、相手の名前や身分をお前達へはっきり言うわけにはいかない」


 うん!

 ピンと来た。


 安心しきったアウグストの物言いからすると、彼へオファーを出して来たのは『同族』かもしれない。

 しかし本当の黒幕が油断させる為、『隠れみのダミー』に使っている場合もありうる。

 真の悪党は簡単に尻尾を掴ませぬよう、概してずるがしこいのだから。

 

 でもアマンダは諦めず、食い下がる。


「お兄様、宜しければ私もその方に会わせてください。当然ケンにも協力して貰いますから」


「いやいやアマンダ、それは出来ない」


「出来ない? 何故なのですか?」


「忘れたのか? 守秘義務があると言っただろう。肉親の妹とはいえ取り引き内容を明かしたら、折角の話が流れてしまうと念を押されている。それゆえ、厳秘なのだ」


「そんな!」


「ケンと言ったな。こいつも同じだ。お前の夫になる男とはいえ、人間などには尚更明かせない」


 さっきの下等呼ばわりといい、今の人間などにはという他種族を蔑むコメントといい、やはり『窓口』は同族の可能性が高い。

 それもアウグストを安心させる確かな身分と地位を持った者のようだ。

 もしや相手はアールヴの長ソウェル?

 ま、まさか!


「お兄様! やはり心配です。私とケンを信じてその方に引き合わせては頂けませんか?」


 アマンダが再三頼んでもアウグストは頑なに首を横に振る。


「駄目だ駄目だ駄目だっ。それに話はもう終わりだ、私の本当の気持ちとこれからの行動を事前にお前へ伝える目的はしっかり果たせたからな」


 アウグストはそう言うと、俺達を強引に追い出したのである。

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 「用は済んだ、さっさと出ていけ」とばかりに、エルヴァスティ家別宅を追い出された俺とアマンダ。

 顔を見合わせれば、お互いに渋い顔だ。


「う~ん、お前の兄のアウグストさんだが……このままだとヤバイな。凄く危険な香りがするよ」


 俺が思ったままをストレートに口にすれば、アマンダも同意する。


「ですよね? 私は兄が重罪人になり、挙句の果て死刑になるのはごめんです。単に悲しいだけじゃありません。連座制が適用され、私と両親もとばっちりで

断罪されるやもしれませんし」


「おいおい、そんなの冗談じゃない。巻き添えで断罪なんて、そんな事絶対にさせない。でもアマンダを助けた時同様、本腰を入れないと失敗するな」


「はい! 単なる勘ですが私の時同様、兄の背後には今回の絵を描いた黒幕が居ると思います」


「よし、じゃあ早速作戦会議だ。このフェフの街で人間の俺は目立つ。その上、内密でじっくり話す場所がないから、一旦ボヌール村へ戻ろう。転移魔法でさ」


「了解です! 大至急リゼットさん達へも相談しましょう」


 こうして……

 念話でリゼットに連絡した上、俺達は人目につかない場所まで移動し、ボヌール村の近くに戻った。


 村の近くに戻ったのには理由がある。

 一応、俺達はボヌール村の正門から出てアールヴの国イエーラへ旅立った事となっている。

 なので正門経由で自宅へ戻るわけにはいかない。

 門番のレベッカ父ガストンさんあたりに怪しまれてしまう。

 なので、念話を使い、一旦リゼットへ連絡を入れる。

 

 突然の帰還に驚くリゼットへ詳しい事情を話し……

 彼女に人払いを頼んで、自宅の俺の私室へ転移。

 

 打合せは速攻&密かに行われた。

 メンバーは俺、アマンダにリゼット。

 緊急だったし、それ以上の人数だと目立ってお子様軍団が気付き、部屋へ容赦なく踏み込んで来る。


 さてさて……

 まずアマンダの兄アウグストの身辺を探り、状況を把握しなくてはならない。

 悟られぬように慎重な偵察が必要であり、このような役目に適任でとても役立つのが妖精猫ケット・シ-のジャンである。


 奴は見た目、白黒のぶち猫。

 ズバリ野良ネコ風。

 一見、街中に居る猫と見分けがつかない。

 

 俺とアマンダが村へ戻った時、ウチの屋根でぐうぐう寝ていたのに……

 念話で緊急召集をかけたら、あいつ一目散に飛んで来やがった。


『この前と同様に、うるわしきアマンダ様の危機ピンチとなりゃ、このジャン様の出番ですぜ』


 これまた念話で嬉しそうに話しながら、ジャンは「にこにこ」している。

 男の俺の頼みは、かる~く聞き流す癖に。 

 

 アマンダの事件の際は勿論、ソフィの時といい、可愛い女性の為なら300%増くらいの気合で臨む現金な奴だ。

 あまりにも露骨だから……後で、一発拳骨をくれてやる。


 そんなこんなで、作戦もほぼ決まった。

 ジャンに情報を掴んで貰ったら、アウグストに接触している奴を捕え尋問し、正体を探る。

 もしそいつが超の付く悪党だったら、きつ~いお仕置きをしてやろう。


 そして身内としてアウグストをフォロー、彼の夢を叶えてやる。

 具体的には……

 俺が宰相を務めるエモシオンの街で『商人見習い』になり、いちから修業して貰うのだ。

 

 でも、商人ねぇ……

 

 さっきはアウグストを甘いの何だの言ったが……

 そもそも俺だって大空屋の手伝いくらいしか経験はなく、『本物の商人』の苦労は分からない。

 だがこれまで、いろいろな商人に会い、彼等の仕事が凄く厳しい事くらいは感じている。


 まあアウグストはこの世界でのアマンダことフレッカの兄。

 人間の俺を下等扱いする憎たらしい奴だが……

 親に将来を一方的に決められた事情を聞き、少しだけ同情したから。


 魔法や武技が苦手、計算が得意だからという単純な理由で、商人に憧れる彼の為、ひと肌脱ぐ事にしたのだ。

 

 アウグストには、エモシオンで商人の仕事を実際に体験させ、夢想家っぽい彼に厳しい現実を知って貰う。

 

 その上で、もし商人をやりたいのなら、次のステップを考える。

 厳しい現実を知り、もしも挫折するのなら……

 アウグストを元のウルズの泉の管理人に戻す。

 何もなかった事にして。


 そして、俺とアマンダは結婚を許可して貰う。

 俺達は勿論、アウグストからも両親を説得して貰うのだ。


 このまま話が進み、もしも『へま』をしたらアウグストは間違いなく死罪になる。

 それを防ぎ、彼の夢を叶えるのだから、両親への説得くらいはフォローして貰っても良いだろう。


 これで大団円。

 全員が幸せになる筈。

 ノープロブレムである。


 それにぐずぐずしてはいられない。

 アウグストが変に動く前に、こちらから先手を打たなくてはならない。


 俺は他の嫁ズへの伝言と村の留守を改めてリゼットに頼むと……

 アマンダとジャンを連れ、再び転移魔法でフェフへ戻ったのであった。

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