第8話 「背後に潜む敵①」

 ボヌール村での緊急作戦会議を終え、アールヴの国イエーラの都フェフに戻った俺達だが……

 早速行動を開始した。


 魔法で姿を消してエルヴァスティ家別宅に忍び込み、自宅に居たアウグスト本人をジャンに見せ、彼の風体を確認させ憶えさせると……

 徹底的な監視をさせる為、追加説明をしておく。

 

 ジャンを連れて来たのは理由わけがある。

 彼を偵察役で起用するのはいつも同じ理由だ。

 

 このフェフの街にも、人間の街同様に猫がたくさん居る。

 アールヴの日常生活に入り込んでいる猫達は結構な情報通であり、街の事情に詳しい。

 ジャンを使って彼等に聞き取りをすれば、貴重な情報が短時間で容易く手に入る。

 

 また、木を隠すなら森という。

 そこいらに居る普通の猫ならば、魔法で姿を消さずアウグストを監視しても怪しまれない。

 ジャンが上手く彼等を仲間に取り込めば、俺とアマンダの目となり耳となる。


 アウグストを見たジャンは言う。

 

『アマンダ様には申し訳ないが、一見したところお兄様は典型的な御曹司ですね。油断は禁物だが……お兄様は魔法使いでもないし、こちらの監視が悟られる可能性は少ないでしょう』


 余裕綽々よゆうしゃくしゃくのジャンをたしなめ、俺は改めて気合を入れる。


『油断するなよ、ジャン。アウグストさん自身は確かに常人かもしれないが……彼の背後に魔法薬エリクサーのオファーを出した者が居る。まだ正体が掴めていないから用心するんだ』


『うす! 了解っす。ケン様はどうします?』


『まだまだ情報不足だ。俺はアマンダからこの街の情勢について聞き取りをする。何か捜索のヒントが得られる筈だ』


『成る程』


『ジャン、俺の念話の回線を開けておく。何かあったらすぐ連絡してくれ』


『ラジャー! さっき仲間にした猫達からそろそろ報告がありそうだから、早めに第一弾の連絡を入れられると思いますよ』


『ナイス! 上出来だ。頼りにしてるぞ、ジャン』


『へへへ、ケン様に褒められると逆に気持ち悪いっす』


『こら、素直に喜べよ』


 苦笑した俺が拳骨でぶつ真似をすると、ジャンの奴は大袈裟なリアクションで応え、一瞬のうちに逃げ姿を消した。

 ジャンにアウグストを監視させておけば、いきなり「地雷を踏む」確率は減るだろう。

 俺は傍らに居るアマンダへ微笑む。


『よしアマンダ、俺達も作戦開始だ』


『お手数をおかけしますが、宜しくお願い致します、旦那様』


 身内からまだ結婚を許して貰ってはいないが……

 アマンダは俺を『旦那様』と呼ぶ。


 フレッカの転生者であるアマンダを絶対幸せにしたい!

 遥かなる次元と時間の長い長い旅を経て、俺の下へ来てくれたのだから。

 俺は改めて、心の底からそう決意していたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 改めてアマンダからフェフの街の詳しい事情を聞けば……

 更にいろいろな事が分かって来た。

 元々排他的なアールヴ族だが、長であるソウェルの考え方によりその都度国の方針が大幅に変わるらしい。

 

 かつて異世界でソウェルを務めていたレデリカの祖父は異種族の人間に対し比較的寛容であった。

 だが、俺が現在住むこの世界。

 ソウェルはとても保守的であり、特別な理由がなければ他種族をフェフの街へ入れない。

 

 顔を見るのも嫌だという、犬猿の仲的なドヴェルグことドワーフは論外だが……

 人間とは必要最低限の交流だけしていた。

 イエーラでは普段手に入らない必要な生活物資や資源を仕方なく購入しているという。


 でも人間が街へ入れないとなれば、一体どこで商取引をしているのか?

 その疑問もアマンダは答えてくれた。

 彼女いわく国境沿いに特別な町を作ってそこで行っているらしい。

 

 貿易をする為の特別な町?

 これって、まるで日本が鎖国をしていた頃……

 つまり江戸時代の出島のようだと俺は感じた。

 

 だがこれは良い手がかりだ。

 人間族の商人とのアールヴの接点は限られているし、今回の案件は禁製品の密輸だ。

 この『出島』へ赴き、洗ってみる価値は十分にある。


 と、ここで。

 ジャンから報告が入った。

 

 ビンゴ!

 アウグストに手引きをしたのは同族で地位のある者。

 俺の推測は当たっていた。


 フェフ在住の『秘密猫情報』によれば……

 ソウェルに仕える側近のひとりで、経済発展を任されている者が怪しい動きをしている事が分かった。

 こいつが部下と共に、アウグストと頻繁に会っている事も判明したのだ。


 確かにアウグストは商人志望だが……

 国宝であるウルズの泉の管理人を務めている。

 経済担当とは直接のかかわりがない筈だから。

 

 しかし、泉から湧く魔法薬エリクサーを商売に使うのなら……

 ピースははまる。

 とても分かり易い図式となって来る。

 アウグストが管理人の仕事を投げ出し、商人になりたくなったのも、この側近の影響かもしれない。


 このような場合、「将を射んとする者はまず馬を射よ」という事。

 経済担当と取引をする人間の商人を手駒にするのも手だ。

 バスチアンが起こした事件の際、俺が禁断の魔法を使い、奴の忠実な部下を『スパイ』にしたのと同じ作戦である。


 俺はジャンへ改めて指示を出す。


『アウグストに接触するソウェルの経済担当の側近は勿論、その部下も洗え。俺は側近と取引きをする人間の商人を調べる。もしもそいつが一枚噛んでいたら、魔法を使い、上手くこちらの手駒にするつもりだ。そっちも手駒に出来そうな奴が居たら教えてくれ』


『了解っす。何か証拠があればすぐ押さえて、ケン様へ連絡しまっす』


『OK! 頼むぞ』


『任せてください、アマンダ様の為なら頑張りまっす』


 は?

 今、何と言ったコイツ。

 アマンダ様の為なら?

 あるじとして指示をだしているのは俺だぞ?


 ……こいつは相変わらずひと言多い。

 それが本音だから始末に負えない。

 

 でもまあ、結果がすべて。

 アマンダの為でも何でも良い。

 一生懸命働いて、満足の行く結果を出してくれればOK。


 再び苦笑した俺は姿を隠したまま、アマンダと共に『出島』へ向かったのである。

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