第15話 「怒れるソウェル①」

 俺が気を抜いたわけではない。

 油断していたわけでもない。


 だが、何も出来なかった。

 メフィストフェレスはあっという間に去ったのだ。

 派手な音を出す悪魔独特の転移魔法を使い、そのくせ煙のように消えてしまった。

 

 ぽつねんとひとり残された俺。

 ソウェルは叫ぶ。

 呆然と立つ俺へ向かい、激しい怒りと憎悪ををこめて。


『おい! そこを動くな、この外道悪魔めっ! 外道が不満なら鬼畜めっ!』


 「こんなに興奮していては多分無理かなぁ」と思いつつ……

 俺は一応説得を試みる。


『いいえ、逃げたあいつの言う通り、それって完全に誤解です。外道じゃないし、鬼畜でもありません。俺は悪魔じゃなく人間なんです。』


 しかし、案の定というか、

 怒り心頭のソウェルは聞く耳を持たない。


『嘘をつけ! 貴様、少しでもおかしな真似をしてみろ。私の爆炎をたっぷり喰らわせてやるっ』


 興奮度MAXで大噴火のソウェルに怒鳴られながら……

 俺は冷静に考えている。


 悪魔メフィストフェレスは、俺が出張った事でエリクサー他もろもろからの件から手を引くと言った。

 欺瞞ぎまんに満ちた悪魔だから素直に頭から信じるのは、極めて危険ではあるが……

 

 奴が俺の勇者たる力を認めていれば……

 もしも嘘をついてさえいなければ……

 約束は守られるだろう。


 ならば、当面の危機は去った。

 隣国ロドニアの転覆云々がどうなるか?

 という大きな問題はあるが、それは今、何ともいえない。

 この問題が片付いた後、追っかけ調査はすべきだろうが。

 

 しかし……

 アールヴの秘宝エリクサーが密売される当面の問題はとりあえずなくなったのだ。

 となれば、これはあくまでも密輸の『未遂』にすぎない。

 所詮、未遂ならば、実行したよりも犯した罪はぐんと軽くなる……筈。

 

 今後、問題の完全解決には、いろいろ手を尽くす必要はある。

 だが、アマンダの兄アウグストが、死刑になる可能性はずっと低くなったと思う。

 身内に対しての連座制も、多分適用されないだろう。

 と、俺は楽観的に考えた。

 

 一旦安堵した俺は、軽く息を吐く。

 でもまだまだ懸案事項は残っていると。

 

 エリクサー売買の顛末てんまつは、まあ後で確認すれば良いとして……

 問題は、新たに直面したこの現状をどうするかだ。

 

 まったく……

 そつがないというか、要領が良すぎるというか、『当事者』のメフィストフェレスは言いたい事だけ告げ、さっさと姿を消した。

 

 片やエリクサー売買に直接関係ない残った俺は、『とばっちり』ともいえる貧乏くじを引いた。

 

 転生の際、女神様ふたりの誤解を受けた事といい……

 俺は不幸の星の下に生まれた、間が悪いアンラッキーな子なのだと痛感する。

 でもここまで来たら、無い知恵を絞り、何とか打開するしかない。


 いやいや!

 こうやって、ずっと考えている場合じゃないぞ。

 

 ソウェルは、この俺を完全に悪魔扱いしている。

 凄まじい恫喝。

 超が付く『口撃』の集中砲火がドゴンドゴンと続いている。

 それも、ソウェルというやんごとなきお方とは到底思えない口の汚さなのだ。

 

 再度、今の状況を説明すれば……

 ヤバイ殺気の波動を発した俺とメフィストフェレスの戦う気配を察して……

 「すわ緊急事態だ!」とばかりに護衛もつけず転移魔法で駆けつけたこのお方。

 

 メフィストフェレスが、彼に対し「馬鹿だ」「愚かだ」と燃え盛る炎にガソリンを注いだ。

 なので、怒りに燃える直情型のソウェルは大炎上している。

 

 この様子では、完全に正気を失っている……

 すんでのところで悪魔の陰謀と戦いを、俺が阻止したという事実も見えず……

 この方、全然恩に感じていない。

 

 もしくは、「一族の危機を助けて貰った恩人と悪魔を一緒くたにするとはね。貴方にはソウェルを務める資格などありません」

 そんなメフィストフェレスの完全に人を喰ったコメントが……

 悪魔特有の真っ赤な嘘にまみれた単なる挑発だと思っているのか。

 

 ああ、まただ。

 つい考えにふけってしまった。

 俺の悪い癖だよ。

 本当にヤバイ状況になって来た!

 

 ソウェルの奴、もう興奮の極致に達している。

 いわゆる沸騰状態。

 

 敢えて柔らかく言えば……

 まるで湯沸かしのやかんが「ぴーぴー」やかましく鳴り続けているようなもの。

 容赦なく「悪即斬」「問答無用」という感じで、拳を握って怒りに身体をぶるぶる震わせているのだ。

 

 下手をしたら、彼が先ほど宣言した『爆炎の魔法』あたりを本当にぶっぱなしかねない。

 もしもこの狭い部屋で、広範囲破壊の爆炎魔法なんかを発動したら、自分だって巻き添えとなるのに……

 どこかの『猪武者』というか、怒りで熱くなると後先を考えない御仁のようだ。


 う~ん、困った、困ったぞ!

 事態を打開、収拾しようにも、この状況ではいろいろ説明する事が多すぎるから。

 

 ソウェルの部下達の謀反未遂に始まり、それに伴う国宝エリクサーの密輸未遂、そして真の黒幕がロドニア商人ザハール・ヴァロフ。

 ……ではなく、メフィストフェレスを含めた怖ろしい上級悪魔どもだという事。

 エリクサー密売以上に、メフィストフェレスの背後に居る大いなる主とやらが、地上の征服という遥かに大きな陰謀を企んでいる等々……


 まずい事に、このソウェル。

 どうやら俺を、悪魔メフィストフェレスの『仲間』もしくは『手下』と完全に誤解しているようだから。

 

 最初から説明して納得させる自信が全く無い。

 そもそもこのソウェルが、今回の事件においてどこまで事実を知っているのか?

 この様子なら、ほぼ知らないだろうしなぁ。

 

 もし説明出来たとしても、ソウェルはどのような見解&判断となるのか? 

 全て先行き不明だし……

 俺からの言い方も見当がつかない。

 

 奇跡的に悪魔という誤解を解いても。初対面の俺自身に全く信用がない。

 多分、人間を完全に見下しているだろうから。

 

 ああ、念の為。

 あの禁呪を使い、ソウェルにいう事を聞かせるのは論外。

 もしも魔法が効かなければ、それこそ俺は完全に信用を失う。


 悩み、ここまでいろいろ考えても、中々結論が出なかったが……

 突如「ピコン!」と来た。

 頭上に煌々こうこうと、救いのLED電灯が明るく点いたのだ。

 そう、『結構な名案』を思い付いたのである。


 よくよく考えれば、この難問解決にピッタリの適任者が居た!

 これまでの経緯いきさつと事実を全て知っていて、俺よりもソウェルにずっと信用のある人物が居たんだって。


 皆さんも、もう分かっただろう。

 適任者とはフレッカこと俺の嫁アマンダだ。

 

 根拠の第一、アマンダがソウェルと同族のアールヴである事。

 次に身元の確かさ。

 フレッカが転生した現在のアマンダはこの世界のアールヴ貴族エルヴァスティ家の令嬢であり、一族の長ソウェルにも面識くらいはある筈。


 最後にエルヴァスティ家でアマンダが見せた雄弁さ。

 弁の立つ彼女がしっかり説明すれば一発で終わると確信する。

 ソウェルに信用され、説得出来る可能性は俺と比べれば、段違いに高い。

  

 うん!

 決めた!

 

 まずアマンダに説明して貰う。

 だけど丸投げにせず、俺からも再度ソウェルへ説明する。

 何とか説得する。

 事態を収束させる。

 それしか方法はない!

 

 ソウェルに警戒させない為。

 俺は無詠唱&ノーアクションの魔法で部屋に満ちていたおぞましい瘴気を、一瞬にして消し去る。


 次に俺は、瘴気を受けないよう、一旦異界へ避難させていたアマンダを呼び戻した。

 アマンダには手早く念話で事情を伝え、ソウェルへの事情説明を任せる事にしたのである。

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