第5話「スクランブル! 妖精猫緊急出動!②」

 白鳥亭の美人女将アマンダさんが旅立つ為の荷造りは、閉ざされた彼女の私室において、クッカとリゼットが手伝った。


 え?

 お前はそうやって偉そうにして、ふんぞりかえっている?

 何故、一緒に手伝わないのかって?

 

 いやいや!

 アマンダさんの服はともかく……

 荷造りの為とはいえ、下着とか、肌着とか、見たり触るわけにいかないでしょ?

  

 と、いうわけで……

 3人は俺の指示通り、迅速且つ静かに、雑談もせず無言で粛々と……

 なので、白鳥亭の従業員には怪しまれずに済んだ。


 そうこうしているうちに……

 従士のひとり、ジャンが召喚魔法で白鳥亭へやって来た。

 

 俺が散々見慣れた黒白のぶち猫が現れ、「にゃあ」と鳴く。

 そう、ジャンは妖精猫ケット・シー

 特技は素早さ&身軽さ、そして卓越した変身能力。

 

 呼び出してから、もう約30分が経過している。

 5分で支度をし、王都へ来て欲しいと伝えたのに、だいぶ遅刻なのだが……

 事前に俺に遅れると断っており、ちゃんとした理由もあった。


 実は……

 俺が手短かに事情を告げると……

 奴は超が付く1分で準備を整えた。

 凄い!

 いつもの寝坊助ジャンとは比べものにならない。

 

 俺の転移魔法で2分後には王都へ来て、先に配下達へ、緊急出動の指示を入れていたのである。

 

 ジャンは普段から女性に尽くす。

 人間でもアールヴでも猫でも種族を問わず……

 

 女性なら年齢容姿を問わず、誰にでもまめまめしく仕え、優しい。

 主である俺の指示と比べ、著しく素直で従順。

  

 男なんてどうでも良い。

 反面、女性の為には絶対というくらい、労を惜しまない性格。


 召喚以来7年余り経つが……

 相変わらず、ずっとぶれない奴だなぁと思う。


 ジャンは現在、ボヌール村では自分の一族を含め総勢50匹余りの猫を従え、自由気ままに暮らしている。


 一方、王都で暮らす猫は、家と野良含め約3千匹……

 こちらも殆どがジャンの配下となっていた。

 王都の人口は約5万あまりだから、3千匹は結構な数といえる。

 

 それに普通の猫だけではない。

 こちらも村から出て行ったジャンの子達を始めとして、彼と同族の妖精猫も30匹ほど居て、100匹のいち連隊を各自束ねる隊長達という立ち位置だ。


 「え? たかが猫でしょ」だって?

 「気ままで自由な猫が人間の命令に従って働くの?」だって?


 いやいや、妖精猫の力を馬鹿にしてはいけない。

  

 ジャンの魔力と魔物さえ圧倒する強さ、そして真っすぐな漢気。

 更に王都の野良達の生活もケアする面倒見の良さ。

 今や配下の猫達は、全員がジャンをリスペクトし、結束は鋼鉄の如く固い。

 結果、俺が得る王都の情報の殆どは、約3千匹の猫が目となり、耳となって提供してくれるのだ。


 俺によりこの世界へ召喚、7年あまりの月日が流れ、ボヌール村と王都に一大勢力を築き上げたジャン。

 片や、ライバル?のケルベロスは妻のヴェガと彼女との間に生まれた子供達という家族のみ……

 村で地味に暮らすという対照的な生き方だ。


 もうひとつ、余談だが……

 俺が生きていた世界。

 前世の猫、特に都会に住む猫は殆どが癒し系に徹している。

 今や、猫カフェなんて場所があるくらいだもの。

 

 しかし、本来猫は犬と並び、人間の暮らしにおいて大いに貢献して来た。

 鼠を捕る狩猟動物というのは、誰にでも知られた既成事実であるが……

 そもそも猫は人間が農作を始め、穀物を貯蔵するようになって、鼠から守護する役割を負っていた。

 

 鼠の捕獲は農作物の被害は勿論、ペストなど怖ろしい病原菌の蔓延も防ぎ、猫はとても貴重な存在であったといえる。

 つまりボヌール村でのジャンの担う役割は、俺達の暮らしの安全と健康に直結しているのだ。

 

 閑話休題。


 ジャンは部下達と共に、早速、白鳥亭の周囲をチェックして来たらしい。

 

『ケン様、白鳥亭の周囲を部下と共に調べましたが……』


『おお、どうだった?』


『何というか……人相が超悪い、怪しい奴が10人ほどおりやす』


 猫顔をしかめ、いまいましそうに告げて来た。


『人相が超悪い、怪しい奴が10人……やっぱりそうか……』


 そいつらが……白鳥亭の営業妨害をしていた実行部隊だろう。

 酷い風評をまき散らし、お客の来訪を阻んでいたのだ。


『はい、ケン様! 奴ら、露骨にこの宿をうかがっていますぜ』


『むう……ヤバイな』


『ですがね、不思議な事に街を警備する衛兵は見て見ぬふりでさぁ……』


『そうなんだよ……アマンダさんが衛兵に伝えても対応してくれないと嘆いていた』


『ええ、分かります。衛兵の様子がおかしいです。ありゃ、間違いなく、裏金を掴まされてますね』


『むうう……』


 衛兵が裏金……予想はしていたが、改めてジャンに言われ、俺は憤る。

 とんでもない事だし、それじゃあ、王都の犯罪が野放しになってしまう。


『それに……見張っている奴らの気配が尋常じゃあありません。ケン様も感じるでしょう?』


『ああ、確かに感じる……やはり機会を見て、アマンダさんをさらうつもりだな』


『にゃう! そんなの絶対、許せないっす。徹底的にやりましょう』


『ああ、ジャン、頼むぞ!』


『了解! ケン様、懐かしいですよねぇ……昔、ソフィ様をお助けした時の事を思い出します※』


 ※本編ど新人女神編第92話~101話参照


 ジャンの目が少し遠くなる。

 思い起こせば、7年間で、お互い成長したなぁって思う。

 ケルベロス、ベイヤールと共に俺達4人は戦友という名称がぴったりだ。


『おお! あの時お前、凄くカッコ良かったぞ』


『いえいえ! 今はもっといけてる男でしょ? ケン様』


『ああ、お前は最高のヒーローだ』


『うっす!』


 俺が一番の賛辞を送ると……

 ジャンは二本足で立ち上がり、得意げに胸を張ったのである。

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