第24話「奇跡の再会、奇跡の邂逅③」

 クラリスは頷き、微笑むと、パッと白布を取り去った。


「えええええええっ!!!」


 全貌が明らかになった絵を見た俺は、とんでもない大声で叫んだ。

 そして、先ほどのリゼット同様、固まってしまった。

 大いに驚愕してしまった。


 どうして! どうして! どうして!

 クラリスに、こんな絵が描けるのだと!


 このような言い方をするのは……

 けして、クラリスをおとしめようとしているのではない。

 

 むしろ……逆だ。

 なんて!

 なんて、素晴らしい絵を描いたんだって。


 この絵の光景は……

 一度、俺の記憶から失われはしたが、改めてしっかりと刻まれた。

 一生、忘れる事は出来ない。


 目の前に、大きく迫って来るのは!

 そう!

 今はもう、永遠に失われてしまった……俺の前世の故郷だ。


 舞台は、大きな土手の上に造られた道……

 道の両脇には、長く連なる桜の並木道……

 季節は、春だ……

 木に咲く花が満開になって、風に吹かれる度、ふわっと舞い落ちる。 

 

 淡いピンク色の花びらが、いっぱい、いっぱい舞う、その道を……

 

 幼い黒髪の男の子がひとりと、同じく幼い黒髪の女の子ひとり……

 手を「きゅっ」と繋ぎ、仲睦まじく寄り添って歩いていた……

 

 絵の中のふたりは、笑顔で……とても幸せそうだ。


 俺の心が……震えて来る。

 絵を見る目が、涙でにじんで行く……

 鮮やかに……旧い記憶が甦る……

 

 幼い俺と幼いクミカ……

 懐かしさで満ちる、俺の心の中に、子供らしい可愛い声が聞こえて来る……


「ケン……」


「なあに」


「ケンはクミカのこと、すき?」


「ああ、すきだよ。いっしょにいるとたのしいから」


「たのしい? ううん、ちがう。すきなのきらいなの」


「え? すき、きらい? って、なんだろ?」


「えっとね。すきだったらけっこんできるんだって」


「けっこん!? けっこんってパパやママになることかな」


「そうそう! クミカはママ。ケンはパパになるの」

 

「いいよ! ボクはパパ、クミカはママ。けっこんしよう」


「うん! うんっ! かならずけっこんするんだよっ! ゆびきりげんまん!」


 この絵に、描かれているのは、昔の俺とクミカだ。

 結婚の約束をした時の……間違いない。

 

 でも不思議だ。

 何故、桜を……

 満開に咲く桜の花を、このように緻密に描く事が出来たのだろう?

 改めて見ても、とてもリアルに描けている。

 クラリスは『桜』を、俺の話でしか知らない筈なのに……

 

 と、その瞬間。

 俺はハッと思い当たった。


 そうだ!

 あの王都の書店で、一緒に買い物をした時だ。

 俺に聞かれても、クラリスは買った本が何なのか、『内緒』だと言った。


 商会や旅の商人からだが、俺は桜の話を聞いた事がある。

 俺とクミカの、『思い出の木』ともいえる桜が、この異世界にはあるって。 

 ……そしてクラリスにも、クミカとの思い出話の際に話した事がある。


 でも、この異世界で桜があるのは東方の謎めいた国『ヤマト』だけだと言う。

 俺が初めてボヌール村へ来た時、リゼットの父ジョエルさんが「出身なのか?」と聞いた国だ。

 

 そうか……俺から聞いて……

 あの時クラリスは、ヤマトに関する本を……

 『桜』が載っている本を、一生懸命、探していたのだ。


 クラリスは……既に決めていた。

 『この絵』を描くと!

 桜を描く資料として使う為に、本を絶対に探し出すと……


 そこまで考えて、俺はクラリスを見た。

 

 クラリスは俺を見て、優しく微笑んでいた。

 彼女の、小さな可愛い唇が開かれる。


「この絵は……幼い子供だった旦那様とクミカさんが……将来を誓い合った、結婚の約束を交わした時の絵です……」


「…………」


 俺がクミカとの辛い別離を経験し……大事な約束の記憶は……

 徐々に失われて行った……

 

 転生したクミカ……

 女神クッカと異世界へ来ても……

 この大事な約束は、記憶の底、奥深く沈んでいた。

 

 しかし、魔王となったクーガーが現れ、再び、心の中へ呼び覚ましてくれた。

 はっきりと!


「旦那様とクミカさんは、まさに運命の出会いをしたのです。だから最初、この絵には『運命の出会い』というタイトルを付けようと、私は考えていました」


「…………」


「でも……ふたりには……辛い運命も待っていました。遠く離れ離れになり、約束は、長い間……果たされなかった」


 部屋は、静まり返っていた。

 家族全員誰もが、この絵の持つ意味を、充分過ぎるほど分かっていたから。

 

 絵を説明する、クラリスの声だけが響き、話は続けられて行ったのである。

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