第16話「素敵な予感」
俺にはひとつだけ、大きな心配事がある。
この異世界へ来る前に、一番心配した事だ。
それは……都会嫌いの俺が、王家専属の『勇者』にさせられる事。
だって、今回……
表向きは王国ナンバースリーで、
(国王がナンバーワン、王位継承権所持者の王子がナンバーツー、その次って意味)……
実質的には、王国を切り盛りする『ナンバーワン』のレイモン様と懇意になってしまったから……
というか、レイモン様は俺の能力がどこまでのレベルかを知った。
この国の開祖バートクリード・ヴァレンタインよりも凄いと絶賛した。
俺は先ほど、レイモン様の『覚悟と決意』を聞いたばかりだ。
この王国の『楽園』……
つまり亡き奥様の生まれ育った村、俺達のボヌール村みたいなふるさとを守り、暮らす国民を幸せにする……そしていつか奥様と再会すると。
国を守るというならば、俺の力は
勇者とは魔王を倒す者という概念があるのなら、もう俺は『完璧すぎる勇者』だから。
王国の宰相たる立場からすれば、俺を「使う」のは自明の理だ。
屈託のない笑顔で、
「
なんて言われたら……
どうしようと思っていたのだ。
確かにレイモン様はとても良い人だし、俺は好きだ。
だけど、王国の為に勇者になるなんて出来ない。
俺が守るべき者は、家族を始めとして、既にたくさん居る。
でも、もしも、そんな事を言おうものなら……
「ならば、家族全員、否! ボヌール村村民とエモシオンの町民全員、王都で面倒みるよ~ん」
なんて返されかねない。
あれ?
最後は、管理神様っぽい口調になっちゃった。
まあ、良いか……
俺はつらつらと考え込み、あらぬ妄想に身を焦がしていた。
そして、クラリスも……同じ心配をしていたみたい。
レイモン様の話が終わって、顔が強張っていたのはそのせいだ。
うん!
決めた。
やっぱり、駄目だ。
『王国の勇者』になって、この王都になんか住めない。
だって、俺は『ボヌール村の勇者』だ。
レイモン様が、奥様の故郷を愛するのと全く同じ……
『心のふるさと』に対して、素敵な思い出と愛情を持っているもの。
まあ、いざとなれば、いくらでもやりようはある。
まずは説得してみよう。
レイモン様だって、俺の気持ちは理解して下さる筈……
それでも、駄目だったら……
魔法とスキルをバリバリ使って、レイモン様から、俺の存在を消すしかない。
簡単に言えば、レイモン様の記憶をいじる。
彼の中で、俺の事は平凡な農民として認識させてしまう。
絵の上手い、王国の民クラリスが居る。
彼女の『単なる夫』という立ち位置を、刷り込みしてしまうのだ。
かつて、あの暴走騎士フェルナン・モラクスへ使った禁呪に近い魔法だ。
正直、使いたくはないけど。
しかし……幸いと言うか、俺とクラリスの心配は杞憂に終わった。
レイモン様は本当に、『俺の全て』を見たのである。
今迄経験した事のみでなく、気持を……心の中までも……
「ケン!」
「はい!」
大きな声で名を呼ばれ、俺も返事をした。
「いよいよ、王国勇者就任の要請が来るのか!」と思ったら……
「ボヌール村へ帰っても、ずっと私の友人になってくれないか?」
と来た。
え?
何、それ、一体?
マジですか?
意外な申し出に吃驚して、俺は思わず変な声を出してしまう。
「あう?」
驚いたのは、俺だけじゃない。
クラリスまで再度、聞き直す始末。
「レイモン様! それ、ほ、本当ですか?」
と、身を乗り出し、迫るクラリスに対して、
「本当さ! 安心して、クラリスさん。ケンはボヌール村のふるさと勇者だからね。そっちは任せたよ」
と、俺達の気持ちまでしっかり読んで答えてくれた。
その上、ウインクまでして、茶目っ気たっぷりである。
うわぁ!
やっぱりレイモン様って、良い人だ。
否、凄~く良い人なんだ。
でもレイモン様ったら、ひとつだけ条件を出して来た。
それはね……
クラリスの描いた絵を、自分へ優先的に売る事だって。
キングスレー商会経由でね。
それだけじゃない。
困った事が何かあれば、気軽に相談してくれって。
緊急なら、キングスレー商会経由じゃなくても良い。
魔法を使って、直接連絡でもOKだってさ。
「ケン! これからも、お互い、頑張ろうよ」
ああ、とてもシンプルな言い方だけど、何となく分かる。
巷に良くある、社交辞令的なモノじゃない。
レイモン様の、誠実な優しい心根が伝わって来る。
超イケメンという容姿だけではなく、性格だって、親友となったオベロン様に似ているのだ。
素敵な予感がする。
この人とも、オベロン様みたいに……親友同士になれるって。
いやいや、俺の方が手を挙げて、お願いしたいくらいだ。
これからも、親しくして下さいって。
そんなこんなで、あっという間に時間が経った。
俺と会った後も、レイモン様は忙しいみたい。
たまりにたまった業務処理や多くの貴族との謁見など、予定がぎっしりのようだ。
この謁見の終了時間は、最初から決まっていたらしく……
やがて、キングスレー商会の会頭とマルコ氏が、護衛の騎士と共に現れ……
俺とクラリスは彼等と共に、宰相執務室を辞去したのである。
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