第14話「励みと希望①」

 レイモン様は、「さっ」と片手を挙げた。

 これは……何か『誓い』をする時に、取るポーズである。

 その眼差しは、やはり真剣だ。


「事前に言っておく。これから話す事はケンとクラリスさん、ふたりだけに告げる……他言は絶対にしない。創世神様に誓って!」


 おお!

 創世神様に誓って……って、凄いな。

 何故ならば、この言葉には、非常に重みがあるから。


 俺の前世とは、比べものにならない、信心深いこの異世界。

 絶対の存在である、創世神様に誓うという事は……

 もしも変な嘘を付いたり、約束をたがえたら、地獄に堕とされても構わない……

 ズバリ、そういう意味なのだ。


 レイモン様は、俺達を真っすぐに見つめながら、話し始めた。


「これからするのは奇妙な話だが……君達なら、信じてくれるだろう」


「…………」

「…………」


 奇妙な話?

 一体何だろう?


「……クラリスさんの絵を数枚購入してから、まもなく……私は夢を見た。リアルだが、とても不思議な夢だった……」


「…………」

「…………」


 レイモン様の話は……彼が見た夢の話だった。


 『夢』と聞き、俺には「ピン!」と来た。

 もしかして……

 『あの方』が、レイモン様の夢の中へ現れたのでは?

 ……と思ったのだ。


 そんな中、レイモン様の話は続いている。


「夢の中の私は、意識だけの存在だった。そして完全な傍観者でもあった」


「…………」

「…………」


「気が付けば……私はいきなり、真っ青な大空を飛んでいた」


「…………」

「…………」


「実は、私には魔法の心得が少々ある。開祖バートクリード様の血筋から頂いた素養だろう。しかし……当然、空など飛べやしない」


「…………」

「…………」


 ああ!

 レイモン様、自ら魔法使いだと告白した。

 さっき波動で、キングスレー商会会頭の存在を察知していたからね。


 でも、これって、公にはされていない筈。

 さりげなく、ご自分の秘密を話して、俺達を信用させるという事か?


「そんな信じられない状況でも、私は全く疑問を持たず、ひたすら楽しかった。風を切り、大空を自由に存分に飛び回る……全てのしがらみから解放されたような、生まれて初めての、爽快な気分だった」


「…………」

「…………」


 うん、分かる。

 宰相の仕事はストレスがたまるのだ。

 小さな騎士爵家でさえそうだから、王国の宰相なんて言ったら……想像に難くない。

 ただでさえ、兄のリシャール王が政務に無頓着だから、レイモン様の負担はとても大きいだろう。


「大空を飛ぶ私が、ふと、眼下を見やれば……大草原をまっすぐに延びる街道を、ひとりの少年が歩いていた。傍らに、たおやかな美しい女神様を引き連れてな」


「え!?」

「そ、それは!」


 ひとりの少年?

 傍らに女神?


 レイモン様の話を聞き、俺とクラリスは思わず声をあげてしまった。


 おいおい!

 そのシチュエーションって……絶対に俺だ。

 そして、女神はクッカだ。


 案の定……

 レイモン様の話は……俺の経験した人生をなぞっていく……


「私は降下し、近付いて、歩く少年をずっと見ていた」


「…………」

「…………」


「街道をゆっくり歩いていた少年は、いきなりとんでもない速度で走り出すと……森から逃げて来たひとりの少女を、襲い掛かるゴブリンの群れから助けた」


「…………」

「…………」


「そして助けた少女と仲良くなり、彼女の住む村へと移り住んだ……妻の故郷に良く似た村にね」


「…………」

「…………」


「夢を見ている間、意識だけの私へ……人ではない謎めいた男性の声が囁いてくれた。少年の名は……ケン・ユウキ、死して……全く違う世界から来た人間だとね。つまり君だった。当然、村は……ボヌール村だ」


「…………」

「…………」


 人ではない、謎めいた男性の声?

 ああ、やはり……

 レイモン様を導いたのは、管理神様だ。

 間違いない。


 ここで、レイモン様は改めて俺を見た。


「私が夢で見たのは、少年の頃の君だったが……間違いない、面影がある。確かにケン、目の前に居る君なのだ」


「…………」

「…………」


「そこからは凄い速度で、時間が進んだ」


「…………」

「…………」


 凄い速度で時間が進む?

 ああ、ビデオで言えば、早送りで見せるって事か。

 さすが管理神様、時間を有効に使ってる。

 俺の人生全てをまともにやれば、ひと晩の夢では済まないだろうからね。


「少年……ケンは、慣れない暮らしに悪戦苦闘しながら、いろいろな敵から必死に村を守り、出会った少女達を労り、愛を育み、成長していった……」


「…………」

「…………」


「うん! 少女の頃のクラリスさんもその中に居た……とても可愛い子だって思ったよ」


「…………」

「…………」


 クラリスも居た、とても可愛いって……レイモン様。

 「貴方、良く顔と名前を覚えていますね」って、正直思った。

 凄い記憶力!

 

 指摘されたクラリスは、恥ずかしがって俯いてしまった。

 可愛いな、はは。


「しかし……遂に運命の日がやって来た」


「…………」

「…………」


「怖ろしい女魔王が、大軍を率いてボヌール村へ侵攻した。考えられないくらいの数の配下を率いて……この世界を簡単に滅ぼすほどの力を振るって……」


「…………」

「…………」


 ああ……

 レイモン様が仰るのは、いよいよ俺の人生、前半のクライマックス。

 クーガー率いる魔王軍が、ボヌール村へ総攻撃をかけて来た話だろう。


 話が佳境に入って来た事を感じ、思わず俺は、軽く息を吐いたのであった。

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