第12話「亡き妻との思い出①」

「私が、王国のどこにでもある田舎の村を、何故楽園と言うのか、不可解だろう?」


 宰相レイモン様は、ご自分が何故、そのように発言したのか尋ねて来たが……

 確かに、俺には分からない。

 だからといって、彼の心を魔法で読むつもりなどない。


「…………」

「…………」


 俺とクラリスが黙っていたら、レイモン様はまたも問いかけて来る。


「君達は知っているのだろう? 私の妻は、もうこの世に居ない事を」


 この質問はさすがに分かる。

 王国の民なら、ほぼ全員が知っている。

 それだけ、レイモン様は著名人。

 ……素直に答えておいた方が、絶対に良い。


「はい」

「存じております」


 俺とクラリスがこう返したところ、


「少し長くはなるが、私の話を聞いて欲しい。……昔の話だ」


 と、レイモン様の『告白』が始まった。

 目が、やや遠くなっている。

 多分、ボヌール村を『楽園』と呼ぶ、理由の説明も兼ねているのだろう。

 

 でも不思議だ。

 何故?

 初対面の、それも平民の俺達へ、ここまで本音で話すのか?

 こうしてお会いする理由って、レイモン様が気に入った絵の作者とその夫……

 それだけの関係。

 俺達は、彼の深い話を聞く、謂れが全然といってないもの。


 でもここは、流れに任せた方が良い。

 例の『俺の勘』がそう言っている。

 レイモン様が仰る通り、先ほどから不可解な事ばかりだが、暫し黙って聞く事にする。


 クラリスも大丈夫。

 彼女は、聡明だ。

 俺と同じく、余計な口をはさまないだろう。


「君達は知っているかもしれない……」


「…………」

「…………」


「私の……亡き妻エリーゼの出自だが……彼女は地方管理官の娘だった。私はな、今から17年前、18歳で……16歳の彼女と恋に落ちた」


「…………」

「…………」


「若い私は……当時、まだまだ世間知らずな箱入りの息子だった。先代の王、つまり父と一緒に地方視察に出て、王国内の、とある村へ赴いた。その時、お茶を出してくれたのが我が妻エリーゼだったのだ」


「…………」

「…………」


「こう言うと、単なる惚気のろけになってしまうが……」


 照れたのか、苦笑しつつ、レイモン様は話を続ける。

 じっと話を聞く俺とクラリスへ……


「お茶入りのカップを乗せたトレイを持ち、父と私の前に現れたひとりの少女……出会った時のエリーゼは……本当に可憐だった。まさに天使だった」


「…………」

「…………」


「私はショックを受けた。エリーゼにひとめぼれだった」


「…………」

「…………」


「恋に落ちた私は……用を無理やり作って、何かにつけてはエリーゼへ話し掛けた」


 王族でも……恋の駆け引きは変わらない。

 むしろ、権力にモノを言わせないレイモン様の姿勢に、俺はとても好感を持った。


「…………」

「…………」


「そして……視察にかこつけて、ふたりで会い、彼女の住む村や近辺を歩いた」


「…………」

「…………」


「今でもはっきり覚えている、あの時の事は……」


 そう言うと、レイモン様は懐かしそうに、更に目を遠くした。


「…………」

「…………」


「……緑いっぱいな村の畑の中を、少年の私と少女のエリーゼが笑いながら歩く。広大な草原を……私とエリーゼが馬で思いっきり駆ける。流れの穏やかな、小さい川で、無邪気に遊ぶエリーゼを……私がそっと見守っている……」


「…………」

「…………」


 ああ、レイモン様。

 それって……

 異世界に来た俺と、出会った嫁ズがしたデートとほぼ一緒じゃないか。

 だから、とてもとても……レイモン様に親近感が湧いて来る。


「視察が終わり……王都へ戻った私は、日々政務と騎士の修行に励んだ……遠く離れたエリーゼとは魔法鳩で手紙をやりとりしていた」


「…………」

「…………」


「エリーゼと、手紙でやりとりを始めてから約1年後、私は結婚を決意した」


「…………」

「…………」


「私は最初から、エリーゼとは結婚したいと思っていた。彼女も……私を愛し、結婚を承諾してくれた」


「…………」

「…………」


「だが……周囲はエリーゼを正室とする事に猛反対した。何故ならば、彼女は騎士爵の娘だったから……私のような王族とは身分が違い過ぎる、もしめとるなら側室にという声が大半だった」


 やはりと……思った。

 

 レイモン様の奥様の身分を聞いた時、違和感があった。

 この王国では、身分の差がはっきりしている。

 

 いくら貴族とはいえ……

 下級貴族の騎士爵の娘が、王族それも王の弟であるレイモン様と何故結婚出来たのかと、俺は疑問に思ったのだ。


「…………」

「…………」


「結局、説得にとまどり……プロポーズから約2年もかかって、21歳の私と19歳のエリーゼは結婚した。当然ながら、エリーゼは故郷を出て王都の、この王宮へと移り住んだ」


「…………」

「…………」


「結婚して、ふたりで暮らす生活は毎日が夢のような、幸せの連続だった」


 俺には……

 レイモン様の気持ちが痛いほど分かる。

 いくら深い愛があっても、結ばれない可能性もあった相手だ。

 身分の差という壁をぶち壊し、苦難の末、結婚したのだ。

 夢のような日々と言って、過言ではないだろう。


「…………」

「…………」


「しかし……その幸せは、長く続かなかった。結婚を待ったのと同じ時間、3年目に……エリーゼは22歳で流行り病にかかり……亡くなったのだ」


「…………」

「…………」


 周囲の反対という巨大な壁を乗り越え、遠距離恋愛の末に……

 ようやく叶った結婚生活が、たった3年だけ!?

 それも永遠の別れ?

 

 お気の毒だ!

 ひとり残された、レイモン様がお気の毒過ぎる。


 思わず俺は胸が一杯になり……

 失礼とは思いながらレイモン様を、まじまじと見つめてしまったのであった。

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