第11話「永遠の楽園?」

 今迄に俺が、この異世界において出会った男で、一番カッコ良かったのはダントツで妖精王オベロン様。

 これは、間違いない。

 

 しかし、初めて会ってみて思ったが……

 宰相レイモン様って、そのオベロン様に勝るとも劣らない。


 凄い!

 凄いや!

 俺が前世で見たメンズファッション雑誌から、抜け出て来たモデルなんてものじゃない。

 世界を股に掛けそうな、男の超一流『スーパーモデル』そのものである。


 色白の肌に小さな顔、薄い眉、切れ長の目に輝く美しい碧眼。

 細い鼻筋がまっすぐピンと通り、薄く小さい唇の上には、綺麗な髭をたくわえている。

 こざっぱり刈った短い髪は金髪。

 スタイルも抜群で、身長は180㎝を楽に超え、細身。

 つまり長身痩躯で手足が長い。


 その上、服の趣味も素敵だ。

 洒落たデザインの、濃紺の法衣ローブを、粋に着こなしていた。

 今一緒に居るのが、もし面食いのレベッカだったら、絶対に「ぽ~っ」となっていただろう。

 

 しかし……

 傍らのクラリスから出る波動は、全く変わらない。

 つまり……

 いくらレイモン様が超イケメンでも、俺一途のクラリスには関係ないって事。

 

 え?

 こんな場所で、惚気のろけるなって?

 済みません!

 

 という事で……

 ホッとした俺は、反射的に執務室を眺めた。

 まあ執務室とは言っても、10間くらいの部屋があるらしい。

 

 俺達が通されたのは、その中の応接室。

 やはりというか、クラリスが描いたボヌール村の風景画が掲出されていた。


 絵を見て、俺は思わず声が出そうになる。

 それは俺の一番好きな、気に入っている絵であったから。

 カフェに飾っていたこの絵を売ってから……凄く惜しくなって……

 実はクラリスに頼んで、もう一枚同じ絵を描いて貰った。

 ちなみにその絵は今、我がユウキ家大広間に飾ってある。


 その、肝心の絵の内容はといえば……

 村の中から見て、郊外を視点とした絵柄だ。

 

 物見やぐらを備えた村の正門が、大きく大きく開け放たれている。

 門が開いた先は、大パノラマのような草原。

 草原の真ん中を走る村道に、馬車が小さく2台見えている。

 馬車は、遥か地平線の彼方へ、走り去って行くというもの。

 そして快晴の真っ青な大空には、巨大な虹がかかっているのだ。

 

 もうお分かりかもしれない。

 そう……

 オベロン様と、テレーズことティターニア様ふたりとの『お別れ』シーンだ。

 俺が異世界へ来てから、一生忘れられない光景のひとつだろう。


 絵を見る俺へ、何者かの視線を感じる。

 こちらの視線を向けなくても分かる。

 レイモン様が、じっと俺を見ているのだ。


 と思ったら、微笑んだレイモン様が長椅子ソファへ座るように告げて来た。

 本当に、きさくな方である。

 同時に「噂は本当だった」と思った。


 王の弟……

 これほどの身分なら、普通は俺達を遥かに離れた所へ跪かせ、臣下の礼を取らせる筈。

 それがまるで、同じ身分を持つ友人の来訪に、応じるような雰囲気なのだ。


 キングスレー商会の会頭とマルコ氏が、深くお辞儀をして座ったのに倣い……

 俺とクラリスも真似をして、ゆっくりと座ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 この後、意外な事が起こった。

 レイモン様が、キングスレー商会の会頭とひと言、ふた言交わすと……

 控えていた騎士に連れられ、会頭とマルコ氏は執務室を出てしまったのだ。

 俺達の話が終わるまで別室で待機する、後で帰る時にはまた合流すると言われたけど。


 つまり今、部屋の中は護衛も居らず、レイモン様と俺達夫婦の3人だけ。

 でも会頭達も騎士も何も言わないところを見ると、事前に打ち合わせをしていたらしい。

 おいおい、初対面の俺達だけにして、物騒とか思わないのかな?


「改めて名乗ろう、私がレイモン・ヴァレンタインだ」


「ケン・ユウキです」

「クラリス・ユウキです」


 名乗る時に、身分や所属などは不要と、キングスレー商会の会頭から念を押されていた。

 だから俺とクラリスも名前だけを名乗った。


 レイモン様は笑顔を絶やさず言う。

 何故か、何度も頷いている。


「うむ、やはり、君がケンなのだな、神託の通りだ」


「やはり? 神託?」


「いや、何でもない。それより、はるばるこの王都まで良く来てくれた。着いた日に来いなどと無理を言って申し訳ない」


「え?」

「!!!」


 俺とクラリスは、またも吃驚してしまった。

 ざっくばらんなのは噂通りだし、労わってくれるのは嬉しい。

 だが謝罪されたのには吃驚した。

 

 普通貴族は、特に王族は、簡単に謝ったりしないのに。

 その上俺達は、平民なのである。


 しかし、レイモン様はそんな事を、全く気にする様子がない。

 顔を、例の絵に向ける。


「ケン、あの絵は良い絵だな」


「はい、我が妻クラリスの力作です」


「うむ! 私にはあの虹が……楽園へ渡る橋のように見える」


 おお、レイモン様。

 いきなりの意味深な発言。


 確かにあの時……

 俺は虹に『架け橋』をイメージした。

 ボヌール村という『楽園』に再訪するという約束を、虹をかける事で、オベロン様とティターニア様が示したと理解したのだ。


 王族のレイモン様が、とてもフレンドリーに話すので、俺も相手の身分を忘れ、ついいつものように話してしまう。

 

「え? 楽園への橋?」

「な、何故ですか?」


 俺とクラリスが思わず聞けば、質問には答えず、レイモン様は何故か『断り』を入れて来た。


「気を悪くしないで聞いて欲しいのだが……」


 気を悪くする?

 とんでもない!


 俺とクラリスは、首を「ぶんぶん」振った。


「はい! 分かりました、お聞きします」

「かしこまりました、ご存分に仰って下さい」


「うむ! では、敢えて言おう! この絵に描かれている君達のボヌール村は、我が王国ではありふれた村、どこにでもある村だ」


 おお、成る程。

 このような言い方をするから、わざわざ断りを入れたんだ。

 でも次に出たレイモン様の言葉に、俺達はまたも吃驚した。


「だが、このありふれた村こそが楽園だ。私にとっては永遠の楽園なのだ」


 ボヌール村が楽園?

 ありふれた村が楽園?

 どのような意味で、仰っているのだろう?


 俺とクラリスは、レイモン様の次の言葉を、じっと待ったのであった。

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