人生の分岐点編

第1話「カミングアウト①」

 俺と嫁ズは、ある決定をした。

 エモシオンで開催した祭りの、大成功を受けて……


 我がボヌール村でも、祭りをやる事を決めたのだ。


 但し、祭りとは言っても大々的なものではない。

 エモシオンのように大々的に告知して? 王都やジェトレ村から多くの見物人を呼ぼうとは思わない。


 まず、趣旨が違う。


 エモシオンの祭りが、アンテナショップとオベール家への新たな人材登用をメインに……

 町全体の人手不足の解消と、及び経済発展の為のにぎやかしだったのに対して、ボヌール村で行う祭りは、村民同士の親睦を深める懇親会なのだ。

 そしてアンリとエマという、これから新たに村へ移住する者への歓迎も兼ねている。


 また、今回エモシオンの祭りに行けなかった我が嫁グレースとお子様軍団に楽しんで貰う。

 アンテナショップの仕事が思ったより忙しくて、全く遊べなかった我が嫁ズにも羽を伸ばして貰う。

 ついでに、俺も遊ぶと……


 祭りの内容は、俺の提案で日本の縁日風で行う事にした。

 

 あの昔懐かしい、郷愁をそそるものにするのだ。

 話を聞いた嫁ズは、期待で目をキラキラさせていた。

 俺とクーガーが中心になって啓蒙した、昔遊びのパワーアップバージョンをイメージしているみたいだ。


 嫁ズの期待通り、『縁日』が少しでも再現出来たらどんなに楽しいだろう。

 俺とクーガー、そしてサキ以外は全員が未体験なのだから。


 但し、そっくりの再現を望んでも、不可能なものもある。

 この異世界の文化に、そぐわないものもある。


 だから俺、クーガー、サキで取りまとめをし、アレンジをしたのである。

 そして俺はこの祭りを行う事を良い機会として、以前から考えていた事を実行する事とした。


 そしてその月、定例ともいえる宰相として奉公の為、エモシオンのオベール様の城館へ赴いた際……

 いつものように仕事をした俺は、夜アンリを呼び出し、ふたりきりで酒を飲む事にしたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 ここは、城館にある俺の書斎。 

 隣室は寝室。

 いつも泊まる、スイートルームクラスの高級な部屋とは別に、オベール様が俺の為に用意してくれた部屋だ。

 公私ともに所蔵している本の置き場は勿論、個人的な来客の為の応接室にも使っている。

 

 用意したのは、冷えたエールとワイン。

 そしてエモシオン名物、鱒の燻製等のつまみ。


 何となく、オベロン様とふたりで飲んだ事を思い出す……

 また必ず会いに来ると言っていたっけ……

 オベロン様、テレーズことティターニア様、どうしているだろうか?

 ふたりとも、元気だろうか?


 そんな事をつらつら考えていたら、アンリが声を掛けて来る。


「ケン様と、お酒を飲むのも久しぶりですね」


「おお、そうだな」


 アンリは、本当に出来た奴だ。

 こんな時に、空気詠み人知らずは「何の用ですか?」とか聞いて来たり、

「内緒話ですか?」とか変に気を回し過ぎたりする。


 しかしアンリは、敢えて何も聞いて来ない。

 ただ、「にこにこ」と笑っているだけだ。


 でも……今夜は話す事がいっぱいある。

 俺から、どんどん切り出す事に決めた。


 ちなみに防音の魔法を掛けてあるから、俺達の話声は漏れたりしない。

 うん!

 ここまで言えば、ピンと来る方が居るかもしれない。

 そう、俺は今夜アンリへカミングアウトするのだ。


 まずは前振り。


「アンリ、俺が魔法使いなのは知っているな?」


「はい!」


 元気良く返事をするアンリ。

 俺って表向き、一応中の下くらいな魔法使いって事にしてある。

 つまり、そこそこの力を持つ、どこにでも居る魔法使いって事だ。


 ここで俺は、魔法使いの鉄則って奴を告げる。


「魔法使いは他者へ、自分が行使出来る魔法を、全部は明かさないんだ」


 俺がそう言うと、アンリは同意し、大きく頷く。


「分かりますよ。騎士や戦士だって、とっておきの技は隠しておきますから」


 よし!

 掴みはOKだから、第一段階だ。


「アンリ、驚いて大声を出すなよ」


「え? 何でしょう?」


『これだ』


「えええっ! はぐ!」


 自分の心の中へ、俺の心の声が響いたアンリ。

 小さな悲鳴をあげ、すぐ手で口をふさいだ。


『落ち着け、俺の声が聞こえるだろう? これは魂と魂で話す会話、念話だ』


『あ、あうううっ』


 最近は、少しの事では驚かないアンリも、さすがに吃驚。


『ははは、アンリ、少し深呼吸しろよ』


『はは、はい!』


 俺を慕うアンリは、いつも元気に返事をする。

 こんな状況でも変わらない。

 少し噛んでいるけれど……


『念話なら、俺達の会話は聞かれないんだ、少し内緒話をするぞ』


『は、はい!』


 再び返事をしたアンリへ、俺は言う。


『単刀直入に言う、まずはステファニー様の事だ』


『え? ステファニー様って? で、でも……』


 アンリが口籠るのも無理はない。

 ステファニーが行方不明である事は、城館では禁句。

 オベール様の心の中、深い悲しみと癒えない傷を察して、誰もが口に出さない話題なのだから。


 でも俺は、ここで真実を告げる。

 今後の為に。

 当然ソフィ本人と、我が嫁ズの了解は取ってある。

 オベール様夫婦の許可もね。


『もう一回深呼吸しろ』


『はい! しました』


『じゃあ言うぞ、ステファニー様は生きている』


『え?』


 ぽかんとするアンリ。

 想定外という表情だ。


 俺は更に言ってやる。


『既にお前も会っているぞ』


『は?』


『ソフィ・ユウキ……俺の嫁が、ステファニー様なんだ』


『えええええっ!!!』


 必死に声が漏れるのを押さえながら、アンリは心から驚きの声を発していたのであった。

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