第25話「カルメンの事情」

「ケン、いやこの町の領主に仕える宰相様なら……ケン様だな。本当に失礼した、今迄の非礼を許して欲しい」


 カルメンはようやく落ち着き、『いつもの自分』を取り戻したらしい。

 深々と頭を下げた。


 さすがランクA冒険者。

 今迄の物言いが『ざっくばらん』というか、『バンカラ』というか……

 すなわち『フレンドリー』過ぎたのだ。

 

 でも王都の、プライドてっぺんの貴族と違い、俺はとがめたりしない。


「いや、良いさ、そんなの」


 俺が笑顔で返すと、カルメンも微笑む。

 そして、不思議そうな顔をした。


「でも……何故、あたしへ、ありがとうなんて、礼をおっしゃるのです?」


「いや、貴女が理由もなく、この町へ来てくれたからな」


「理由もなく……ですか?」


「だって、そうだろう? 宰相の俺が言うのもなんだが、ここは貴女が住む王都から見れば、遥か遠くの田舎だから」


 そう、ここは王都からず~っと南の、辺境の地。

 平凡な田舎の町。

 

 いくら楽しそうなイベントをやるといっても、王都にないものでもない。

 イベントの、内容自体はありふれている。

 

 ないのは『すもう』くらいだろう。

 普通は何か、特別な理由がなければここまでは来ない。

 

 でも、さっきカルメンは、中央広場で特に何をするのでもなく、暇そうにしていた。

 だから、俺は王都暮らしの彼女に特別な理由がないのなら、単に気まぐれで来たと思っている。


 ちなみに、今回はたくさん人が来てくれたが……

 一番多いのは、最寄りのジェトレ村の人達だと俺は見ていた。

 

 ジェトレ村というのは、ボヌール村の少し北にある旧い村。

 名前こそ村だが、人口は5千人以上も居る。

 このエモシオンの、3倍以上の規模がある立派な『都市』なのだ。


 そんな事を「つらつら」と考えていたら、カルメンがまたも尋ねて来る。


「質問してばっかりで申し訳ないのですが……何故、このような事を……エモシオンにこんな祭りはなかった筈、母から全く聞いた事がないのですが」


 確かに、カルメンの言う通り。

 この『祭り』は俺とオベール家共同で考えた。

 昔から、エモシオンにあったモノではない。


「ああ、これは町おこしと新たな人材募集の為なんだ」


「町おこし? 人材募集?」


「うん! この町をもっと活性化させる為、そしてオベール家へ有望な人を入れる為に、宰相はいろいろとな、考えないといけないんだ」


「成る程……ふふふ……」


 カルメンは上級冒険者として、いろいろな身分の人間と会い、いろいろな事情を知り、いろいろな経験をしているのだろう。

 すぐに、俺の言葉のウラを察したに違いない。


「という事で、こちらとしては、少しでもにぎやかになればありがたい。貴女みたいな一流冒険者が来れば、見たいって奴がわんさか来るだろう? さっきみたいにさ」


 先程、すもう大会の際、カルメンへ声援を送る大勢の男達が居た。

 数多の冒険者の中でも、ランクAはさすがに凄い。

 まあ、英雄に近い存在だから。

 カルメンのように、美人なら尚更だろう。


 しかしカルメンは首を振る。

 苦笑していた。


「あはは、あんなのは所詮、にぎやかしです。あたしを、まともな女として見ていない」


「そんな事はないさ。気持ちが少し強いだけで、貴女は魅力的な女じゃないか」


「気持ちが少し強い? ははは、ケン様。うまいな、貴方は。今の言葉で、妻がたくさん居るのが分かりますよ」


 俺の誉め言葉を聞いたカルメンは、「にやっ」と笑い、更に言葉をつないだ。


「この町へ来た、ちゃんとした理由はあるんです。……あたしは王都の生まれで、父親もそうだけど、実は母親がこのエモシオンの出身なんですよ」


 おお、いきなりのカミングアウト。

 カルメンのお母さんの故郷が……このエモシオンだったんだ。


 俺が思わず、


「お母さんが?」


 と、聞けば、


「ええ、父は冒険者であたしが10歳の時、仲間をかばって死にました……それからは母ひとり、子ひとりで育ったんです」


「…………」


「冒険者になった理由は、強くてそれ以上に優しかった父が好きで、跡を継ごうと思ったから……」


「そうか……」


「母からは、子供の頃より何かあるごとに、エモシオンの話を聞かされていました。ず~っと南の、何にもない町だって。平凡でどこにでもある退屈な町だって……」


 カルメンは苦笑してそう言うと、目を遠くした。

 何か、懐かしいという雰囲気の表情をしている。


 まあ、「平凡でどこにでもある退屈な町だ」ってのは全くの同意なので、

 

「確かにそうだな」


 と言えば、カルメンは言葉を返して来る。

 それも不思議な事に、「やんわり」と否定するようなニュアンスを籠めて。


「でも……」


「でも?」


「ええ、何もない町だけど……母はいつかエモシオンへ、自分の故郷へ帰りたいって……言っていました」


「…………」


「本当に嫌になるほど聞いたんです。母はこのエモシオンで……依頼を受けていた父と出会って、お互い好きになり、王都に出て来て結婚し、あたしが生まれたって……」


「…………」


「父が死に、母は思い出のふるさと、エモシオンへ帰りたくなった……何もない平凡な町だけど……亡き父と出会った……大好きな町だから、たった一度で良いからって……でも叶わなかった。去年、流行はややまいで死んでしまったんです」


「…………」


 カルメンの母の、望郷の念か……

 ああ、それって俺にも良く分かる。

 

 だって、たまに考えるもの。

 

 『クミカとの宿命』が原因で、俺は故郷へ帰ろうとしたけれど……

 もし何もなくても、俺は『心の拠り所』へ帰ろうとしていたかもしれないって……


 ……まあ、今は俺の事なんか、どうでも良い。

 カルメンの話を聞きたいし、聞かなければ。


「母の最後の言葉も……故郷へ帰りたい、ただそのひと言でした」


「…………」


「凄く後悔しました……早くエモシオンへ連れて行けば良かったって。でも母は……体を壊していて、長旅に耐えられる身体じゃなかった……」


「…………」


「……両親が死に、王都でひとり、暮らしていたあたしは……たまたま貼り紙を見たんです。エモシオンでこの催しを行うっていう貼り紙を……」


「…………」


「丁度、依頼もなかったから……よし行こうかと思い立って……旅をしてこの町へ来ました。母が愛した故郷エモシオンを、両親が出会った町を、ひと目だけでも見ようと……」


 成る程……

 カルメンが、この町へ来た理由が分かった。

 亡き母の望みを叶えようとしたんだ……

 

 自分の母親が、ずっと持っていた望郷の念。

 遂に成就しなかった最後の望みを、自分が代わって、叶えてあげたかった。

 そんな思いを胸に秘めて、はるばる王都から旅をして来たんだ。  


 しみじみ語る、目の前の逞しい女冒険者を見て、俺はとても心が温かくなったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る