第9話「魔法なんか無用」

 家族会議の翌朝……


 俺の『愛』をいっぱい受けたクーガーは、たっぷり溜まっていた『ガス抜き』をしたかのように、すっきり。

 傍らで……まだぐっすり眠っていた。

 

 クールビューティーで元魔王のクーガーも、やはり今は生身の人間。

 本人も知らぬ間に、ストレスが相当溜まっていたみたい。

 これからも注意して、少しでも癒してやりたい。

 

 「そっ」と、起き出した俺は、日課である朝の仕事を遂行。

 水汲み、薪割り等々……

 庭で黙々と作業を行っていたら…… 


「ダーリン……」


 かすれた声が、背後から掛かった。

 レベッカである。

 まだ時間が早いので、周囲には……誰も居ない。

 だから、丁度良い。


 俺は安心させようと、声を返してやる。


「おう! もう大丈夫だよ、クーガーは」


「…………」


 だが、俺がいたわっても、レベッカは無言だ。

 辛そうな、「悲しい……」という波動が伝わって来る。

 料理の件で、あんなに怒るなんて思わなかった。

 クーガーに対して、「申し訳ない事をしてしまった」という、後悔の感情だ。


「ダーリン……」


「おう!」


 呼ばれて、殊更元気に返事をした俺。

 そんな俺に、レベッカは、


「魔法で、私の心って……読んだ?」


「読んでないよ」


 俺は、きっぱり答えた。

 レベッカは知っている。

 というか、嫁ズは全員知っているけど。

 

 確かに俺は、魔法を使って、人の心を読む事が出来る。

 だけど、特別且つ緊急でなければ、いくら愛する嫁とはいえ……

 むやみやたらと他人の心へ、『土足で踏み込む事』はしない。


「…………」


 レベッカは「じっ」と俺を見ていた。

 「そんな反応してるのは、やっぱり私の気持ちを読み取ったの? 魔法で?」って……表情をしている。

 ……でも俺は、彼女の心なんか読まなくても、昨夜起きた事件の理由は分かっていた。


 だから、「さらっ」と言ってやった。


「理解出来るよ、お前の気持ちは……魔法なんか使わなくても」


「え?」


「だってさ、俺とお前は長い付き合いだろう。初めて出会ってから……どれだけ一緒に同じ時間を過ごしてる?」


 俺がそう言ったら、何かレベッカは嬉し恥ずかし、複雑な表情をしている。


「う……」


「レベッカ、お前はクーガーに、特訓した自分の料理を、サプライズで食べて貰いたかった。そして美味しいって喜んで貰いたかった……俺達が白鳥亭でアマンダさんの料理を食べたように、一切の前触りなしで感動して貰いたかったんだ」


「…………」


「それにクーガーには……」


「…………」


「同じ立場でお互いに励まし合う嫁として、命を預けた信頼すべき戦友として、いろいろな事を教わる事が出来る、尊敬すべき師匠として……」


「…………」


「普段とても世話になってるって、感謝の気持ちも、示したかったんだ」


「ダーリン……」


「お前には、全然、悪気なんかない。逆に素晴らしいと思うよ、俺」


「…………」


「レベッカ、お前はさ、とっても優しい素敵な女の子だもの」


「…………」


「何かある度に、凄いな、敵わないな、って思ってた。でも、……たった一個くらいは、勝っても良いかな? って思ったんだろ、クーガーに」


「あう、あうううっ」


 黙って、俺の言葉を聞いていたレベッカは、耐えきれず、泣き出してしまった。

 すかさず俺は駆け寄って、優しく彼女を抱きしめる。


「うう、ダーリン……」


「大丈夫、大丈夫、クーガーだって、きっと分かってくれるさ」


 嗚咽するレベッカの背中を、俺は「そっ」とさすってやった。


 ……俺が魔法を使わずに、レベッカの気持ちを理解出来たのは、長い付き合いは勿論、以前リゼットの話を聞いていたから。

 

 俺、クッカ、クーガーに対する、他の嫁ズの気持ちを聞いたからだ……


 リゼットは、言っていた。

 凄い能力を持つ、俺達3人が、村を守る勇者みたいで羨ましいって……

 中でも、クーガーをライバルと見て、強い女戦士を目指す、レベッカは特にそうだろうって……


 確かに最初は、リゼットの言う通りだったかもしれない。

 だけどレベッカは、もうそんな思いを超越していた。

 今はクーガーに対し、嫉妬とか羨望を通り越して……同じ女として、心底惚れ込んでいるんだ。


 でも……生来の負けず嫌いであるレベッカは、一矢だけ報いたくなった。

 料理だけは、クーガーに勝ちたいって、思っただけなんだ。

 後は全て、元魔王の素晴らしい才能を認めているのだから。


 レベッカだけじゃない。

 クーガーだって、そうなんだ。

 レベッカに対して、「単なる親友を、遥かに通り越した深い間柄なのに!」って感じているから、信じていたから……

 自分が『のけ者』にされたと思い込んで、あんなに怒ったんだ……


 抱きしめたまま、愛する嫁へ、俺は呼び掛ける。


「レベッカ!」


「は、はい!」


「今日俺は、予定を変える。3人で狩りに行こう。思いっきり草原を駆けまわろう! そして今夜は……3人で一緒に寝よう」


 俺の気持ちが、しっかり通じたんだろう。

 レベッカは、涙を一杯に溜めたままの目で俺を見て、大きく頷いてくれたのだった。

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