第5話「お前と同じ」

「うわう、うわう、うわう~」


 俺が見守る中、サキは大声で、泣きじゃくっていた。

 念話で、心の叫びを発しながら。


『元の世界へ帰りたぁい~、こんな世界なんてぇ、もう嫌だぁ~、嫌だよぉ~、パパぁ~、ママぁ~』


『サキ、今更泣いても元の世界には戻れない。前を向くしかないぞ』


 ストレートに、慰めると、サキは「キッ」と俺を睨んで来た。

 どうやら、「デリカシーがない男だ」と、『むかっ腹』が立ったみたい。


『あ、貴方なんかにぃ、私の何が分かるのぉ!』


『…………』


『事故で死んだら、自分の意思なんて全く関係なく、こんな世界へ無理やり連れて来られたのよ! 怪しい管理神様って、名乗る人にね!』


『…………』


『ま、まるで私、おもちゃみたいにされたのよぉぉ!』


『…………』


『私みたいなぁ、人間の苦しみがぁ、えっらそうな神様の貴方なんかにぃ、分かるわけなんか、ないじゃなぁぃっ!』


 おいおい、俺は偉そうにはしていないが……

 サキには、そう見えてしまうみたいだ。


 俺が冷たく突き放したから……

 もう頼る者が居ない……と、ショックだったのだろう。

 

 結果、それまで強がっていた気持ちが脆くも崩れ、激しい孤独の感情に襲われたサキ。

 彼女は半狂乱に陥り、完全に平静さを失っていた。

 真っ赤に泣き腫らしたサキの目から、流した大粒の涙が……

 同じく出た大量の鼻水と混ざり合い……

 「ぐじゃぐじゃ」にまみれた小さな顔を、思いっきり引きつらせている。


 成る程……

 やっぱり、管理神様は深謀遠慮。

 こうなる事も見越して、ヴァルヴァラ様を送る前に、俺を代理担当に立てたのだ。

 もろ、遥か先の相手の『手』まで見通す、将棋の有段棋士である。

 

 それに、ある程度なら『真実』を伝えても構わないぞ、という意味と見た……

 だから管理神様は、「転生者同士なら気が合うよ」という言葉も、告げてくれたのだろう。


 こうなればもう、俺の答えも決まっている。


『サキ、俺にも良~く分かるさ、お前の気持ちが』


『ふ、ふざけないでぇ! 分かるわけないでしょっ!』


『俺には分かる! ふざけてなどいない』


『嘘つき! 最低男!』


 まだまだサキは、大が付く興奮状態である。

 ならば変に慰めず、逆手で「ずばん!」と直球を投げ込んでやる。


『黙って、よ~く聞け。サキ、俺も人間の転生者だ』


 泣き叫んでいたサキは、さすがに反応、「ハッ」とする。


『え? 何? ケン、今、何て言ったの?』


『もう一度言うぞ、俺はお前と同じ、人間の転生者なんだ』


『う、嘘!』 


 驚きで、目が真ん丸になったサキ。

 口に、手を当てる仕草が結構可愛い。


 でも……やっと、普通に話せそうだ。


『嘘じゃない、以前の俺も、今のお前と全く同じだった。たった身ひとつで、こういう原野に放り出されたよ』


『う、嘘よ! ……ケン、あ、貴方が? だって、貴方、神様……じゃない』


 ここで、本当の事を言おう。

 管理神様、構わないですよね?


『ああ、今は一応、神様だ。しかし普段は人間だ』


『今は一応? 普段は人間!? って! えええっ!』

 

 以前、クッカがリゼットと話した時に、『ピー音』が鳴った事がある。

 いわゆる、テレビなどで良く耳にする、『自主規制音』って奴だ。

 ピー音を鳴らすのは、天界にとって流出絶対不可の情報を、一般の人間へ伝えない為だ。

 でも鳴らなかったところを見れば……

 やはりサキに、本当の事を教えるのはOK……なのだろう。


 だから、俺は『告白』を続ける。


『ああ、今は神様としてバイト中だ』


『へ? バイトって、人間が神様のアルバイト?』


 俺の『おどけた物言い』にも反応、サキは大きな興味を示していた。


『あ、いや、良く考えたら違うな。バイトじゃねぇ。貰える給料がゼロだから、奉仕活動だ』


『え? 給料ゼロって? 貴方、無給?』


『おお、無給だ。金とかの為じゃない、管理神様にお世話になってるから引き受けたんだ』


『じゃあ……もしかして?』


 さすがのサキも、『現在の状況』が飲み込めたようだ。

 いろいろ彼女の話を聞いていると、この異世界へ来る前に、管理神様とは話したみたいだから。

 但し、女神3人から、クッカという担当を選んだ俺の状況とは違うみたいだけど。


 一応、俺は派遣された趣旨を伝えてやる。


『うん、タダでお前の面倒を見るように、管理神様から頼まれたんだよ』


『あ、は、は……タダって……何か、可笑しい……でも転生した人が、他にも居たなんて……私、この世界でひとりぼっちじゃないんだね』


 やっと、笑顔を見せたサキ。

 自分だけではなく、転生者である人間――俺が居ると分かり、『ぼっち』じゃないと実感して安堵したみたい。


 でも……俺は期間限定な臨時のサポート神。

 いずれは、サキの下を去る身だ。

 サキが、再び悲しむかもしれない、厳しい現実を……

 慎重に言葉を選びながらも、間違いなく伝えないといけない。

 だから、


『そうさ、とりあえずな』


『とりあえず? って何?』


 サキは首を傾げていた。

 口元が緩み、微笑みが見える。


 俺は敢えて、サキの問いにすぐ答えない。

 頭上には、燦々と輝く太陽がある。

 神となった俺は、その太陽を見て何となく分かる。

 今、この世界で時間は午前10時過ぎだって。

 

 ならば、夜になるまで時間は少しある。

 サキには、じっくりと話し、状況を理解させないと。

 そして適切な行動をさせないといけない。

 

 サキがこの異世界で、無事に生き残る為に……

 心身とも、強くなる為に……

 それが、サポート神たる俺の役目だから。


『ようやく落ち着いたか? じゃあ、お前のこれからの事、改めて話すぞ』


『は、はいっ!』


 真っすぐ見つめる、俺の眼差しを受け止め、初めてサキは『真剣な表情』になったのであった。

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