第14話「レベッカと王都で⑧」

 オディルさんが、作業中に……

 俺とレベッカは、並べられている『作品達』を、改めて良く見た。

 うん、見れば見るほど素晴らしい。


 レベッカは狩人という仕事柄、ナイフは必須のアイテムである。

 しかし狩人だけが、ナイフを使うわけじゃない。

 そもそも、この異世界において、ナイフは身近なアイテムなのだ。

 俺の前世とは比較にならないくらい、使用頻度が高い。

 日用品として、広く一般的に使われている。


 なので、俺は決めた。

 何を? って、お子様軍団は別として、今回の嫁ズへのみやげだ。

 前回、グレースと来た時のみやげは宝石……嫁ズの誕生石だった。

 今回は丈夫で長持ちする、このナイフにしようと思う。


 うん、俺の分を含め、9つ買おう。

 そうこうしているうち、レベッカのナイフのメンテは終わった。

 俺がすかさず、オディルさんへ購入を伝えると、彼女はとても喜んでくれた。

 ちなみに、値段はナイフひとつで、金貨3枚。


 値段を聞いたレベッカは吃驚。

 何故なら、金貨3枚は、ボヌール村で1か月余り暮らせる金額だから。


 でも、ナイフを作る手間とクオリティを考えたら、納得出来る金額だと俺は思う。

 「お前が使った年数を考えてご覧」と俺が言ったら、レベッカも納得。

 笑顔でポンと手を叩いていた。


 まあナイフ9つで、金貨27枚は大金。

 オディルさんとは折角良い雰囲気なのに、せこい値段交渉もしたくはない。

 なので、支払金額はこれで確定。

 当然、レベッカは俺達の『懐具合』を心配する。


 でも安心。

 俺のへそくりがあるのだ。

 ここ最近、またオーガを狩って、取れた部位をあのドワーフ村で換金。

 内緒で溜めておいたから、今回の旅行費用&みやげ代くらいは楽勝なのである。

 

 「大丈夫! 俺の小遣いがある」そう言ったら、レベッカもホッとひと安心。

 新しいナイフが手に入ると実感して、満面の笑みを浮かべていた。


 と、その時。

 俺はハッと思い出した。

 肝心な事を忘れていた。

 それは、「柄製作の『職人体験』をさせて貰えないか?」というお願いである。


 恐る恐る頼んでみたら……

 オディルさんは、俺の願いを快くOKしてくれた。

 そして俺とレベッカへ、柄の作り方の基本を丁寧に教えてくれたのである。


 もう気心が知れているので、教えを受けながら、内輪話も混じる。

 聞けば、オディルさんご夫婦に子供は居らず、弟子も取らなかった。

 なので、『後継ぎ』が居ないらしい。

 そして、やはりというか……

 オディルさんの旦那さんは、5年前に亡くなられていた……


 少し悲しい話をしながらも、ナイフの柄製作体験自体は凄く面白かった。


 時間も含めた制約があるので、他の職人体験同様、柄を最初から作るのは無理。

 基本的には、オディルさんがある程度作り込んだ柄を少しだけ削り、旦那さんの鍛えた刀身に取り付ける。

 最後の仕上げともいえる作業である。


 幸い、俺とレベッカは結構な『適性』があった。

 思ったより上手く、ナイフを作る事が出来たのだ。


 オディルさんも、『思わぬ誤算』に、とっても喜んでいた。


 ここで、管理神様に誓って言う。

 今回、ナイフ作りにおいて、俺は最初からスキルを使っていない。

 素の才能でナイフを作ったと。


 だが、チートなオールスキルの俺は……

 ナイフ作りを経験したので、一気に神スキルも得たと思う……

 我ながら、ズルいとは思う。

 当然、レベッカとオディルさんには内緒である。


 でも、こうなれば3人で話は更に弾む。

 『作品』繋がりだから、話題は自然とレベッカとオディルさんの事が中心となった。


 レベッカのナイフは、今は亡き彼女の母がプレゼントしてくれた事。

 小さい頃から、狩人として育った事。

 俺達が暮らすボヌール村周辺では、柄の素材となる角を持つ鹿が多数生息している事。


 片やオディルさんは、まだ少女であった青春時代に、愛する夫と出会った事から、結婚して幸せな日々、そして5年前に訪れた夫の悲しい死までを語ってくれた。

 再び、遠い目をして……

 対して、俺達はずっと黙って聞いていたのだ。


「私は本当に夫が大好きだった……まるでナイフの刃と柄……作品同様、一心同体だった……だから夫が亡くなった時、ショックで……自分も後を追ってしまおうかとも考えた」


「………」

「………」


「でもね、家には夫の作ったナイフの刀身と、私がこれから仕上げようとしていた未完成の柄がたくさんあった……だから、この子達を完成させてからと……思いとどまった……」


「………」

「………」


「それから『作品』を通じ、いろいろな人と出会い支えて貰った。夫が傍に居ないのは、とても悲しいけれど……新たな絆と思い出を作る事が出来た」


「………」

「………」


「今日も改めて思った、生きていて良かったって……私達みたいな夫婦である貴方達と出会い、そして20年前に送り出した『我が子』にも再会出来たんだもの」


「………」

「………」


「私達夫婦の作品が……我が子が、とても大事にされていて、凄く嬉しい」


 オディルさんはそう言うと、また優しく微笑んだ。


「……私、今は死にたいと思わない……夫と暮らした思い出のあるこの王都で、生きるだけ生きて、最後は眠るように死にたいわ」


「………」

「………」


「夫と作ったふるき良き思い出と、夫が死んでから作った新しい素敵な思い出……両方、たくさんの思い出を持って……天国に居る夫の下へ行くの」


「………」

「………」


「……夫と再会したらいっぱい話して……生まれ変わったら、また夫婦になる、絶対に!」


「………」

「………」


「ケンさん、レベッカさん、今日、貴方達と、一緒に作品を作った事も、素敵な思い出になった。一生忘れない……ありがとう」


 オディルさんは俺達へ礼を言い、深々と頭を下げた。


 ああ、とんでもない。

 こちらこそだ。


「いえ、オディルさん、こちらこそ、ありがとうございます。いつまでもお元気で良い作品を作って下さい」


「ダーリンと私も、素晴らしい思い出を頂きましたっ、ありがとうございますっ! 私達も、一生忘れません!」


 恐縮した俺とレベッカも、オディルさん以上に頭を下げた。


 俺は……強く思う。

 レベッカ、そして他の嫁ズとも……オディルさん夫婦みたいになりたいと。


 更に、信じられない事が!


 オディルさんは旦那さんの作った刀身、彼女が手を加えた未完成の柄を見本としてひとつずつ、そして紙に絵入りで詳しく書かれた、柄の作り方も……

 すなわち、柄製作のマニュアル一式を無償でくれたのだ。

 

 もしかしてオディルさんは……後継者を探していたのかもしれない。

「この人へ!」と見込んだ誰かに、自分達夫婦が培った技を伝えたくて、この『マニュアル』を用意していたのだろう。


 そして、初対面のこの俺達へ、その大切なマニュアルと共に、素晴らしい『夢』も託してくれたのである。


「本当は……おふたりに、じっくりと私の技を教えたいけど……そうもいかないから……頑張って作ってね」


「オディルさん! 凄く嬉しいです! ありがとうございます!」


「ダーリンと協力して、夫婦で作りあげますっ! 一生懸命頑張って覚えて、上手くなって、子供にも作ってあげますっ」


 俺達はとんでもないサプライズプレゼントに感動して、またも深く頭を下げたのであった。

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