第13話「レベッカと王都で⑦」

「お忙しいところ、失礼します」

「こ、こんにちわ」


 俺とレベッカはタイミングを見計らって、作業中の女性職人さんへ声を掛けた。

 ベテランの女性職人さんは作業の手を止め、深い皺が刻まれた顔をあげる。

 ……年齢は多分、70歳半ばを楽に超えている。

 綺麗なシルバープラチナの髪は、後ろで束ねられていた。


「はい、いらっしゃい」


 物静かな、落ち着いた声である。

 澄んだダークブルーの瞳が、俺とレベッカを見ていた。

 品の良い老婦人という雰囲気だ。


「あの、俺、ケン・ユウキです。彼女はレベッカ、俺の嫁です」


「レベッカ・ユウキです。宜しくお願いします」


「ケンさんに、レベッカさん、初めまして。私はオディル、オディル・ブラン。見ての通り、ナイフの柄専門の職人よ」


 オディルさんは穏やかに微笑んだ。

 口調も含め、物静かな人らしい。


 忙しいだろうから、あまり無駄話をしてもいけない。

 そう思い、俺は早速、


「ええっと、実は……ウチの嫁が使っているナイフなんですが、オディルさんがお作りになったものらしいので……ほら、レベッカ」


「は、はい」


 俺が促すと、レベッカは持っていた自分のナイフを差し出した。


「ちょっと見せて貰える?」


 オディルさんはレベッカからナイフを受け取ると、暫し見て、


「ああ、間違いないわ。サインもあるし、私と夫が作ったものよ」


 と言い、また返してくれた。

 レベッカはといえば、思わぬ出会いに興味津々って感じ。


「サインって、この丸いマークですか?」


 ナイフに刻まれたマークを、指さしたレベッカが聞くと、オディルさんは頷く。


「ええ、そうよ。柄職人の私と鍛冶師の夫の共同作品だっていうあかしに、必ず刻むの」


「共同?」


 レベッカは、自分の愛用するナイフの出自に、とても興味が湧いているようだ。

 オディルさんも、自分の作ったナイフに、しばらくぶりで再会出来て嬉しいに違いない。


「共同っていうのは刀身は夫、柄が私の作って事……つまり合作ね」


「へぇ、ご夫婦でひとつのものを作られるなんて素敵です。でもナイフを作品って仰るんですね」


「ええ、商いに割り切った人は、所詮単なる商品さって言うけど……私と夫の作ったナイフは、全部私達の子供みたいなものなのよ。だから対価でお金を頂戴しても、作品って言ってるの」


 どうやら、オディルさんには独特の拘りがあるようだ。

 職人であると同時に、アーティストだと言えるのかも。


 ……子供の頃から、とっても大事にしている自分のナイフ。

 そのナイフを作った人を目の前にし、レベッカは胸が一杯になったらしい。

 感動して……目がうるうるしている。


 俺には、愛するレベッカの気持ちが分かる。

 多分、幼き日の懐かしい思い出も、一緒に甦っているのだろう。


「……オディルさん、私、貴女の作品……小さい頃からずっとずっと大事に使わせて貰っています」


「ああ、レベッカさん、ありがとう。そう言って貰えると職人として凄く嬉しいわ」


 レベッカは、自分のナイフを再び「じっ」と見た後で、ブースの棚に並べられたオディルさんの『作品』達に見入っている。

 熱心な様子は、やはり普通じゃない。

 幼い頃から大事に使っているナイフに、何か特別な『思い』があるらしい。


 そのオディルさんの『作品』であるナイフは、素人の俺から見ても、素敵だと思う。

 鍛冶師の旦那さんが作ったと言う、渋く光る刃は、ダマスカス鋼っぽい作り。

 いかにも「すぱっ」と切れそうだ。


 片や、オディルさんの担当である柄の素材は、鹿角が多い。


 俺とレベッカはオディルさんに許可を貰い、ナイフをいくつか手に取ってみた。

 どれも柄がフィットして持ちやすい。

 外観は、一見武骨だけど、何か温かみのある作りだ。


 『作品』達を見て触って、オディルさんご夫婦は一流の職人だと分かる。


 でも……

 オディルさんからは僅かに悲しみの波動を感じた。

 旦那さんの話を、嬉しそうにするけれど……

 今、おひとりで作業しているって事は、もしかして……

 まあ、敢えて聞くまい。


 そんな事を俺が考えていたら、オディルさんも懐かしそうに言う。


「レベッカさんの作品は……20年前くらいに作ったものね」


 そして、何と!

 メンテナンスを申し出てくれたのである。


「良かったら、少し……調整しておいてあげるわ」


「あ、ありがとうございます」


「刃の方は……良く手入れしてくれているみたいね、どうもありがとう」


 作品を見るオディルさんから、我が子に対するような慈愛が伝わって来る。

 礼を言われ、レベッカは感激しているようだ。


「はい……実は私、狩人で……このナイフとはずっと、苦楽を共にして来ました」


「まあ! それは、それは。私の作品が、プロの狩人さんのお役に立てて光栄だわ」


「はい! このナイフは、親友みたいな、子供の頃からの長い長い付き合いなんです。多分……いや、絶対! ダーリンとこのナイフは、死ぬまで私と一緒ですっ!」


「うふふ、ダーリンとナイフは死ぬまで私と一緒か……ケンさんとレベッカさんはまるで、私と夫みたいな夫婦ね。さあ、少し時間を頂戴」 


 少し、遠い目をしたオディルさんは優しく微笑む。

 そして、レベッカのナイフのメンテナンスを始めてくれたのである。

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