第8話「レベッカと王都で②」

 以前、グレースと来た時と比べて、王都は殆ど変わっていない。

 見上げるような木製の巨大正門を通過して、中へ入ると途端に街の喧騒が襲って来た。


 到着したばかりの旅人目当てに、様々な物を売る商人のアプローチ、そして宿屋への宿泊呼び込みが響き渡る。

 

 相変わらずだが、もの凄い。

 そんな喧噪の中、俺はレベッカの手を引き、王都の街中を歩き出す。

 踏みしめる石畳が、革の靴底に堅い感触を伝えて来る。


 ゆっくり歩く俺に手を引かれ……

 静かなボヌール村にはない声や音にいちいち驚き、見慣れない街を「きょろきょろ」しながらついてくるレベッカであったが……

 早速、俺達は王都ならではの『洗礼』を受けてしまう。


 歩いて行く前方を、恰幅の良い戦士らしい男が『とおせんぼ』したのだ。

 年齢は30代半ば過ぎの、渋いオヤジ。

 ごつい作りの革鎧を着て、腰から大きな剣を提げていた。


 他人の行く道をふさぐなんて!?

 何か、害意を持った奴?

 いきなり、何かされるのか?


 顔が青ざめ、身体を強張らせ、身構えようとするレベッカであったが……

 対する男からは殺気もなく、表情はにこやか。

 

 うん!

 俺にはもう、奴の目的は分かった。

 大丈夫、危険はない。


 落ち着くようにレベッカへ伝え、次なる男の言葉を待つ。

 すると、やはりというか……


「なあ、あんた達、相当腕が良さそうだ。なぁ、そこの彼女、俺達のクランに入らないか?」


 男はどこかの冒険者クランのリーダー……といったところだろう。

 俺達は、腕を見込まれ、彼のクランの仲間へ入るよう誘われたのだ。

 外見だけで判断して、勧誘するなど並大抵の事ではない。

 俺が、男から放出される波動をチェックした限り、結構な腕前という感じである。


「え? ダーリンと私?」


 想定外の展開に、「きょとん」とするレベッカ。

 男はレベッカを見て与しやすいと思ったのか、どんどん畳みかけて来る。


「そうそう、俺には分かる。君は優秀なシーフか、戦士だろ? 魔法使いの彼氏と一緒にどう? 俺のクランに入れば、腕も磨けるし、凄く稼げるよ」


「い、いえ……私は……あの……」


 上手く切り返せず、口籠るレベッカを見て、俺は「さっ」と男との間に立った。


「ああ、済まない。こんな格好してるけど俺達、夫婦の旅行者で冒険者じゃないんだ。ギルド登録もしていないし、数泊したらすぐに帰るから」


「え? そうなの? ……君の魔力と彼女の身体のこなしは只者じゃないって感じたけど」 


 男は曖昧に笑う。

 こいつ、やはり只者じゃないみたい。

 俺達の実力を、それとなく見抜いているようだ。

 だが、ここで躊躇してはいけない。

 きっぱりと、勧誘をお断りする。


「いやいや、それは買い被り過ぎです。それに貴方の仲間にはなれません、俺達、ただの農民ですから」


「ふ~ん」


「じゃあ、失礼しますよ」


「あ、ああ……そうかい」


 俺に、はっきり言われたからか、男はそれ以上誘って来なかった。

 苦笑する男に一礼すると、俺は再びレベッカの手を引いて歩き出した。


「ダーリン……」


 俺を呼んだレベッカは、今にも泣きそうな顔をしていた。

 声もかすれていて、元気がない。

 毅然とした態度を取れなくて、怒られると思ったのだろうか。


 なので、一旦止まって道の片隅に移動。

 通行人の邪魔にならぬよう、ちょっと話す為である。


 レベッカの顔を見て、俺は優しく微笑む。

 全然、問題なんて無いと。


「大丈夫か? 吃驚しただろう?」


「う、うん……」


「あんなの気にするな。王都では良くある事だ」


「え? そうなの?」


「ああ! それよりさ、もし俺が旅の途中に、王都でレベッカと出会っていたらって、考えてみてくれよ」


「え? いきなり何?」


「ああやって、別々に冒険者にどう? って誘われて、一緒のクランになって出会って、いろいろな冒険して、今頃はふたりともいっぱしの冒険者だったかもな……それって面白いと思わないか?」


「へ?」


 俺の言葉に、まだ反応出来ないレベッカ。

 驚いて、目をまん丸くしているのが可愛い。


「良いから……想像してご覧、レベッカ。……もしも俺とレベッカが冒険者の夫婦だったらってさ」


「わ、分かった……ダーリンと私が冒険者の夫婦かぁ……」


 再び俺に言われて、漸く落ち着いたレベッカは、目をゆっくり閉じる。

 どうやら、俺との冒険者バージョンを想像しているみたい。


 目を閉じたまま、レベッカが叫ぶ。

 声が弾んでいる。


「イメージ浮かんだ! うん! 何だか、ぴったりだね」


「そうさ! ふたりでたくさん、ゴブやっつけてるかもよ」


「うん! 確かに面白いねっ! いつ、どこで、どんな出会いでも、結局ダーリンと私は結婚するんだよね?」


 レベッカは俺に尋ねながら、満面の笑みを浮かべた。

 尋ねると言うか、同意を求めているのが分かる。

 幸せ気分になって、どうやら元気が……戻って来たようだ。

 そうなれば、彼女からの質問も当然、肯定する。


「そんなの、当たり前だろ。俺とレベッカの出会いと結婚は運命なんだから」


「うふふ、嬉しい、運命かぁ」


 俺達は顔を見合わせて頷き、手を繋ぐと、再び歩き出したのである。

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