第24話「孤独な魂」

 「何故、実の父をそこまであしざまに言うのか?」俺にそう言われたアンリは……

 重い口を、無理やり開こうとするように、静かにゆっくりと話し始める。


「……母は……私を身ごもると、正妻に厳しく問い詰められ……父との仲を白状させられました」


「それって……」


「はい、私がお腹に宿り、初めて発覚したのです……父と母の秘めたる仲が……王国が定めた一夫多妻制があるというのに……父は母と関係をもったまま内密にしており、当然、妻にもしていませんでした」


 アンリの父バルテ騎士爵は、使用人であるアンリの母に手をつけ、そのまま弄んでいた。

 秘密の愛人にしたまま、ずるずると関係を続けていたのだ。


「…………」


 俺は黙って、アンリの言葉を待った。

 表情を見れば、アンリは淡々としている。

 目だけが、やけに遠い……


「そして更に酷い事に、正妻が母を追い出すと主張した際、父は擁護するどころか反論さえしなかったのです」


「…………」


 酷い話だ……

 正妻は経緯を知らないから、不義を働いた女を責める、言い分はあるかもしれない。

 だが妻に対して誤解を解こうとせず、自分だけ安全な場所に逃げ、手を付けた女を守ろうともしなかったアンリの父は……人間として最低だ。


「母は僅かな金を持たされ、正妻から屋敷を追い出されました。挙句の果てには、母の方から誘惑したとか言われて……実際には父に力づくで無理やり乱暴されたのに……淫乱女いんらんおんなとか、売女ばいたとか、口汚く罵倒されたのです……」


「酷いな……結局、お前のお父上は、お母様を全く守ろうとしなかったのか?」


「はい、全く! 正妻は勿論憎いですが、父も最低なんです……血がつながっているから、仕方ありませんが……本当は、父と呼ぶのもおぞましいくらいです」


 アンリの気持ちは分かる。

 自分では、どうしようも出来ない血の宿命……

 取り消す事が出来るのなら、卑怯な父とのつながりを一切無くしたいだろう。


「それで……どうなったんだ?」


「はい! 母は屋敷を出て、実家に戻り私を産んで育ててくれましたが……やがてやまいに侵され亡くなりました」


「…………」


「さすがに良心が咎めたのか……父は正妻に隠れて金は送ってくれていました。ほんの雀の涙でしたけど……」


「…………」


「ケン様、こんな事を言ったら、また冥界へ堕ちるって話になりますが……幸いというか、鬼の正妻も母と同じ頃、病で亡くなりました。『暴君』が居なくなった父は、仕方なくという感じで幼い私を引き取ってくれました。……私が3歳の時です」


「正妻が死んで、やっと……落ち着いたのか?」


「とんでもない!」


 アンリの口調は強かった。


「…………」


 何だ?

 正妻が死んだら、負のスパイラルから抜け出せたんじゃないのか?

 俺は「じっ」とアンリを見つめた。


 アンリは逆に「ふっ」と笑う。

 まるで、俺の見立てが「甘い」とでも言うように……


「母が憎ければ、その子供までも……先ほど兄がふたり居ると言ったでしょう?」


「それって……まさか、正妻の子供がって事か?」


「ええ、ケン様の考えた通りです。私が屋敷に引き取られたと同時に……兄達から酷い、いじめが始まりました。父は相変わらず見て見ぬふり……誰も味方は居なくて……私はバルテの屋敷で……たったひとりぼっち……でした」


「何だよ、そいつら! 同じ父の血が流れる弟をいじめるのか……でも因果応報だ。お前の兄達で悪いが、そいつらは……どうせ、地獄へ落ちる」


「あ、ありがとうございます。慰めて頂き、少しは気が晴れます。そう仰ってくれたのはクロードおじさんに続いてケン様がふたりめです」


 アンリが言った通り、屋敷で彼は孤独だったに違いない。

 多分、屋敷の使用人達も後難を恐れて関わらず、味方は居なかったのだろうから。


「そうか、良く頑張って耐えたな、偉いぞ。でももう我慢するな。何か悩みがあったら、俺にすぐ言え」


 俺が励ますと、アンリは嬉しそうに元気よく返事をする。


「はいっ! すぐご相談しますっ! ちなみにいじめは、私が騎士になる修行をする為、7歳で家を出るまで続きました。兄達は本来、騎士になる修行が必要なのに、家に籠ったまま、それさえしない最低の奴等でしたから」


 何だよ、いじめは4年も続いたのか……

 もし俺がアンリの立場だったら、絶対に耐えられない。

 というか、アンリの父も兄達も最低の鬼畜野郎だ。


 このような話というのは、一方だけから聞くのは危うい。

 悪いと思ったが、念の為、ここで俺はアンリの心を見た。

 

 結果……

 アンリは正しかった。

 真っすぐで、清廉潔白だった。

 俺は信じていたが……やはり、嘘はついていなかったのだ。


「アンリ、お前は本当に……強いな」


「まあ、あの状況では耐えるしか……母の実家でも……私は忌み子として疎まれていました……」


「…………」


「もし兄達へ反抗したら、一方的に悪者にされて疎まれ、屋敷を出されていたでしょう。まだほんの小さな子供だったので、里子に出して貰うなんて考えも及ばず……屋敷を追い出されたら死んでしまうと思い、とても怖かった……」


「…………」


「そして5歳になった時、エモシオンから屋敷へ遊びに来たクロードおじさんと知り合いました……おじさんは何故か私の境遇を知っていまして、唯一の味方になってくれました」


 オベール様が唯一の味方……か。

 アンリ、お前……生まれて初めて庇って貰えて、優しくされて嬉しかったろうな……

 でもお前の味方は、まだ居るんだぜ。


「アンリ、俺はオベール様と同じ、お前の味方だ、安心しろよ……」


「ありがとうございます! もう安心し過ぎて、凄く頼っていますよ。エモシオンでもボヌール村でも、いっぱい面倒見て頂いて……」


「そうか! もっともっと、どんどん頼れ!」


 アンリ……お前、本当に辛い日々を送って来たんだ。

 

 でも、ちょっとだけ、引っかかる。

 いくら親友とはいえ、何故オベール様がアンリの事情を知ったのだろう。

 まだ、ふたりが同じ王都に住んでいれば分かる。

 貴族間の噂は、すぐ伝わるだろうから。

 でも、遠く離れたエモシオンに住んでいるのに……


 もしくは、他の貴族同士で、横のつながりから知ったとか?

 まあ、可能性はゼロではない。

 アンリの父以外にも、オベール様が情報源を持っていると考えた方が自然だから。


 他にもアンリの父は、オベール様の『親友』だけに、直接悩み相談して告げたとも考えられる。

 

 そこまで考え、俺は首を振った。

 だって、そんなのは、今更どうでも良い事だから。

 オベール様がどう知ったかより、アンリ自身の気持ちを知りたい。

 そして彼が望む部分での、力となってやりたい。


「それから……おじさんとは手紙でやりとりしていました。修行に出てからもずっとです。その後は……先日、ケン様にお話した通りです」


 アンリの口調からすると、これで話はほぼ終わりだろう。

 話し終わったアンリは、憑き物が落ちたようにすっきりとした顔になっている。


 俺は、ゆっくりと、だが強い気持ちを籠めて言う。


「これからも、ずっと……宜しくな、アンリ」


「あ、あ、ありがとうございますっ! こちらこそっ! ケン様、ずっと、ずっと! 宜しくお願いしますっ!」


 最初は少し噛んで……

 その後、はきはきと答えるアンリは、また元の明るい騎士見習いへと戻っていたのであった。

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