第23話「ため息」

 俺の話に首を振ったアンリは、逆に尋ねて来た。

 

「ケン様は何故、王都に行かれないのですか? ケン様の力なら、今よりももっと豊かな生活が出来ますよ」


 アンリから核心を衝かれ、思わず俺は苦笑する。


「おいおい、質問に質問で返すなよ」


「す、済みません。では質問にお答えします……ケン様に以前お伝えした通り、私は騎士に執着していません」


「そうか……」


「はい! ……でも確かにケン様の仰る通りですね。まだ1週間やそこらで村の生活が分かったなんて大きな事は言えません。とても気を遣って頂いていますし」


 うん、お客さん扱いだからって事か。

 でも、アンリとエマさんは良く働いている。

 村の人とも仲良くなって、完全に溶け込んでいる。


「アンリ、お前は謙虚だな」


「いえ、謙虚だなんて、本当にまだまだです。但しこのボヌール村で、私は必要とされています。いろいろな方から」


「成る程」


「はい! 実のお爺さんみたいな年配の方が、お前が居てくれて良かったよと、仰って頂いた時は嬉しかったです。ケン様の子供達は私を慕ってくれますし、まるで年の離れた弟や妹みたいで可愛いです」


 目を輝かせて、村でのやりとりを語るアンリ。

 何か、俺が村へ来た時を思い出す……

 でも弟だったら、他にも居るぜ。


「年の離れた弟って、それはフィリップだって、一緒だろう?」


 俺が笑って突っ込むと、アンリも満面の笑みを浮かべる。

 先日の事を思い出したのか、少しだけ目が遠い。


「はい! あの時は……本当に嬉しかった。私には弟なんて居ませんでしたから……ケン様の優しさ、そして思い遣りを感じました」


 ええっと……照れるな……そう言われると。

 アンリの奴、素直に答えてくれたから。

 今度は俺の番だ。


「そ、そうか……じゃあ、俺の質問に答えてくれたから、さっきのお前の質問にも答えよう」


「ありがとうございます」


「なら、言うぞ。ぶっちゃけ俺は王都が苦手なんだ、性に合わないっていうか。自分でも我が儘だと思うが、遊びに行くくらいなら楽しい。だが住むのは無理だ」


「遊びに行くくらいなら楽しいって、じゃあケン様は今迄王都には行かれた事、ありますよね?」


「ああ、あるよ」


「どう思います、ケン様から見た王都って」


「う~ん、どう思うって……表現が難しい。多分俺が行っても、単に大勢の中へ組み込まれるって感じだな。感覚的なものかもしれないが……」


「それって……自分が自分らしく、いられなくなるって感じですか?」


「ちょっと違うかな、俺自身は変わらない。けれど、王都では敢えて俺じゃなくても良い、他にいくらでも代わりがいるっていう気分になる。まあ王都だって自分の役割を持って、しっかり生きている人は大勢居ると思う。だから所詮錯覚かもしれないけど」


「分かります、ケン様の仰る、その感じ」


「そうか……まあ、王都が好きだって人を、俺は否定しない。王都には王都の良さがあるだろうし、人生はいろいろだもの」


「ですね」


「はっきりしているのは、俺はボヌール村で生きる方が性に合っている、そういう事」


「それ、私も一緒です。短い期間ですが、過ごしてみて分かりました。王都よりボヌール村で生きる方がずっと性に合っています。……そして、クロードおじさん、いえ、オベール様には申し訳ありませんが……多分、エモシオンよりも、合っています」


 アンリの奴、ずばり言い切った。

 でもお前、エモシオンには、ほんの数日しか居なかったじゃないか。

 だから、言ってやった。 


「アンリ、お前、それってファーストインプレッションっていうか、直感だな。でも分かるよ」


「はい、仰る通り、直感です!」


 アンリは笑うと、一転、真面目な表情になる。


「ケン様、この前は話しませんでしたが……私には兄がふたり居ます。だけど私だけ、母が違います……実は、私はめかけの子なのです」


 そう言うと、アンリは大きくため息をついたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 こんな時は……聞き役に徹した方が良い。

 それも、アンリが話したい事だけ、聞けば良い。

 俺の経験が告げて来る。


「俺はな、アンリ。これから一緒に仕事をし、暮らして行くお前の事が知りたい。さしつかえないレベルで良い。言いたくない事は言わなくて構わない。話せるだけ話してくれないか?」


「は、はい! あ、ありがとうございます!」


 アンリは嬉しそうに言うと、ゆっくりと……

 だが、俺の目を真っすぐに見て話し始める。


「私の母は平民で使用人でした。……バルテ騎士爵家に仕えるメイドだったのです」


 成る程……

 良くある話だ。

 あるじが、可愛い使用人に手をつけるって。


「しかし残念ながら、父にはケン様のような器の大きさがありませんでしたから」


「器の大きさ?」


「はい、オベール様の手紙には書いてありました。ケン様には甲斐性があって、妻が大勢いらっしゃると。実は、それがケン様に興味を持ったきっかけです」


「嫁をたくさん持つ、凄くふしだらな男だってか」


「はい、最初は! いくら王国が一夫多妻制を認めていても、8人の妻は多すぎると思いましたから」


「だな、自分でもそう思う」


 俺とアンリは、顔を見合わせて笑った。

 アンリって、出来る奴だ。

 一歩間違えば、相手がムッとする事も上手く言葉を言い換えている。

 話し方ひとつとっても、バランスが取れている。


「でも……エモシオンで奥様達にお会いして、考えが変わりました。そして村に来て確信しました。奥様達は……全員朗らかで仲が良い、いつも笑顔で幸せだからです」


「そうか? ……俺はまだ、もの足りない。もっともっと家族全員を幸せにしてやりたいよ」


 俺が首を横に振ると、アンリは羨ましそうに俺を見て、またもため息。


「ああ、我が父は本当に……情けない。私はケン様の子なら良かったのになぁ……」


「おいおい、アンリ。この前といい、言い方がきついぞ。仮にも実の父親だろう? あまり悪く言うものじゃないぜ」


「…………」


 つい、俺がなだめると、アンリは無言で寂しそうに笑ったのであった。

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