第19話「感謝」

 ボヌール村の用事を済ませ、オベール様の城館に戻って来た俺達は昼食を摂る。

 そして午後はまた、目一杯仕事である。


 とりあえず……

 アンテナショップの案件は夜になってから、城館にて再び会議という事で持ち越し。

 各自がアイディアを考え、出し合う事に。

 

 やがて……

 大空屋の仕入れの為に買った商品が、この城館へ続々と納品されて来る。


 だが、そちらは嫁ズへ任せる。

 力仕事の男手もあると助かるだろうから、アンリを手伝いに付ける。

 エマさんも、イザベルさんの了解を得て、一緒に手伝うと言ってくれた。


 一方……

 俺は、オベール家宰相としての仕事に入る。


 早速、オベール様、イザベルさんとの会議を行う。

 やはり、人と金という話が中心になった。

 領主が領地を維持して行くには、多くの人と莫大な金が必要となるから。


 王国から預かった領地を運営し、魔物や凶賊などの外敵から守る為に忠実で優 秀、且つ強い家臣達は必須である。

 当然、彼等家臣を養う為にも金が要る。

 そして、その金はといえば、主に領地からの税収なのだ。


 この異世界では、やはり地球の中世西洋と同じような税金の設定が為されていた。

 俺も中二病的興味から、持っている知識でしかないが、やたらにというか何にでも税金をかける。


 ボヌール村においては……

 領民の数にかける人頭税、土地にかける地代、領主所有の施設を強制的に使わせる施設使用税、土地所有者変更の際に払わせる相続税、更に実際の労務で支払わせる賦役……数えたらきりがない。


 そしてエモシオンにおいては、更に違う税金が加わる。

 町への入場税、商品の販売税等々、こちらも凄い種類の数になる。

 ちなみに同じ領民という事でボヌール村の村民はエモシオンにおいていくつか税金が免除されている。

 入場税は勿論、販売税も。

 俺が、エモシオンで商売をしようと考えたのは税金の負担が軽い事もあるのだ。


 オベール家宰相といっても、財務大臣は居ないから、俺が当然の如く兼務。

 様々な政策を考えると共に、これらの税金をしっかり徴収し、財政を豊かにしなくてはならない。

 

 しかし……

 ボヌール村村長代理としての俺は、少しでも村民の負担を減らしたい。

 

 つまり板挟み的な立場だ。

 それは今、目の前に居るイザベルさんも同じ。

 彼女はボヌール村出身。

 愛娘のミシェルは村在住で、俺の嫁なのだから。


 俺は宰相になってから、足し算の提案をして来た。

 単純に、ボヌール村の税負担を重くするのではない。

 オベール家の領地全体の、農作物生産量を増やす技術提案をしたのである。

 生産量が増え、そのアップ分より低い税金を納めれば、余剰品が増えて暮らしは良くなる。


 最初に行ったのは、農業改革だ。


 今迄この地方の農業は二圃、または三圃式農業で行われていた。

 ちなみに俺が住むボヌール村は冬穀と夏穀、そして放牧地に区分して耕作する三圃式であった。


 それでどう変えたのか?


 具体的には、輪栽式に変えた。

 冬季の放牧地を廃止し、カブを中心とした根菜類と牧草を栽培する事で、人間と家畜両方の食料確保というメリットが生じたのである。


 さすがにオベール様は、最初懐疑的であった。

 聞けば、輪栽式なんて聞いた事もないという。

 なので、俺が説得し、ボヌール村のみで試験的に行った。

 少々試行錯誤したが、良い結果が出たので、ここエモシオン周辺の農地でも採用する事となったのである。


 農業の次に提案した『氷室』も高評価だった。

 村では先行して使っていたが、肉や魚、野菜の保存に大きな威力を発揮する。

 氷室のお陰で町の食生活が著しく豊かになった。


 更に、肉が多かった料理に新風を吹き込めと、魚の料理も流行らせた。

 エモシオンの近くにもボヌール村同様、大きな湖や大小の池がいくつもあり、鱒を中心に魚影は濃い。

 

 これらの魚を生産品として活用しようと考えたのである。

 

 町の近くの池を使った鱒の養殖も提案、好評だった。

 いちいち遠方の湖や池へ採取に行かなくて済み、安全面の意味も含め、重宝されたのだ。

 噂を聞きつけ、王都から来た料理人による鱒の料理店もオープン。

 更に魚料理の流行に拍車がかかる。

 また普通の料理だけではなく、燻製などの保存食も、新たなエモシオンの名物となりつつあった。


 余談だが、王都に献上品として鱒の燻製を送ったところ……

 王家や上級貴族達の評判も良く、お褒めの言葉と共に、いろいろと『優遇』して貰ったそうだ。

 俺を宰相にしたのは、単に血縁だからでなく、こういった実績があったからなのだ。


 エマさんへの暴行&拉致未遂事件があったから、町の治安等含めて様々な話をした後、『アンテナショップ』の進捗も聞かれた。

 そこで、決めた店舗のレイアウト構想、市場にて調査をした事を含めて報告する。

 アンリとエマさんも尽力してくれた事も合わせて伝えると、オベール様もイザベルさんも上機嫌であった。


 そしてふたりは、俺の前で顔を見合わせると、何故か頷き合う……


「貴方」


 と、イザベルさんが微笑み、オベール様も満足そうな表情をしている。


「うむ、そうだな……ケン、お前の判断次第だが……」


 何?

 俺の判断次第って?


 と、思ったらオベール様がポンと言う。


「アンリとエマだ」


「アンリとエマさん?」


 何だろう?

 あのふたりが一体、何だっていうのだろう?


「ああ……今、お前の報告を聞き、正式に決めた」


「俺のですか?」


「うむ、ふたりをケン、お前の部下として付ける。……もし相手の了解が得られれば、将来は村民にしても構わん」


「え? 村民って? ボヌール村の?」


「当然だ、他にどこの村がある? 一応ふたりはオベール家に雇用されているが、当人達さえ了解ならば、私達は構わない」


「…………」


「ケン、あれから……アンリの事情や考え方は聞いただろう? だがあいつはお前に対し、まだ全てを話してはおらん。あいつの全てを知れば……お前はもっと可愛がってくれると思う」


「…………」


「エマもそうですよ。あの子は愛する人を失い、王都で心に傷を負って、この町へやって来た……そして更に心を、粉みじんに破壊されてしまいそうになったところを、貴方とアンリに救われた。もしあの子が望んだら、村へ連れて行ってあげて」


「…………」


「ボヌール村の将来を憂うお前の悩みは分かる。イザベルとも話したし問題ない。ステファニーとララ、ミシェルとシャルロットの将来もかかっておる。若い新たな人材は村にいくらでも欲しいであろう」


「あ、ありがとうございます!」


 俺は、やっと礼を言う事が出来た。

 想定外だ。

 ……オベール様が、ここまでボヌール村の事を考えてくれていたなんて。


 まだ、オベール様の話は続く。


「念の為だが、アンリ達の了解だけは取ってくれよ。昔の私なら領主として、当人の意思など無視して、お前の部下となり村へ行けと厳命していただろう……だがお前やイザベルが、捨て鉢になりかけた私を支え、変えてくれた。……私は今、とても幸せだ……感謝している」


 そして、イザベルさんも微笑みかける。


「ケン。私からも改めてお礼を言うわ……ありがとう! ミシェルを立ち直らせてくれて……」


 実の母だから当然だが……

 イザベルさんは、ミシェルが心に負った傷を知っていた。

 目の前で、魔物によって父を無残に殺され、心に負った深い傷を……


 そして俺と愛し合い、ミシェルが見事に立ち直った事も知っていた……

 今迄、敢えて言わなかっただけで……


「イザベル母さん……」


 イザベルさんの話を聞き、オベール様がポンと手を叩く。


「おお、私だってそうだ!」


「え?」


 驚く俺に対し、オベール様は申し訳なさそうな顔で、


「ああ……悪いとは思ったが……お前との約束を破ってしまった。イザベルにはステファニー救出の事も、ヴァネッサとの事も全て話した……その方が良いと思った……許せ」


 お詫びするオベール様と共に、またもイザベルさんは微笑む。

 良く見れば、何と!

 イザベルさん、……目に涙を浮かべている。


「ケン! ありがとう! 貴方はボヌール村を守る勇者だけど、我がオベール家の勇者でもあるのよ。本当に感謝しているわ……貴方が来てくれて、巡り合えて本当に良かった」


「…………」


 ……そんな……俺こそですよ。

 俺、おふたりと巡り合えて、本当に良かったと思っているんですよ。


 上手くお礼の言葉が出せない俺は、オベール様とイザベルさんに、ただただ深く頭を下げていたのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る