第11話「受け継ぐべき意思①」

 愛娘からの『謎』めいた呼び掛けに対し、オベール様は笑顔で納得していた。

 

 何だろう、このふたりの不可思議な会話は?

 まあ良い。

 とりあえず、3人で話そう。


 俺は改めてふたりへ笑顔を向ける。

 すると、ソフィとオベール様は俺を真ん中にして挟むように、両脇にそっと座った。


 まずは、ソフィから話があるみたい。

 相変わらず、にこにこしている。


『旦那様、聞いて下さい。お父様には、私の気持ちを理解して頂けました。そしてイザベルお母様の気持ちも考えて、グレース姉にはもう絶対に会わないと約束もして頂けました』


 ああ、オベール様。

 それって、ベストな大人の対応だ。

 俺と約束したから、絶対大丈夫とは思っていたけど。

 目の中に入れても痛くない愛娘と、きっちり約束したのなら、超が付く鉄板だ。

 良かった!

 無事に決着して。


 安堵且つ感動した俺は、反対側に座ったオベール様の手を、がっつり握ってしまう。

 

 オベール様の心を、読んだ俺には分かる。

 彼は離婚しても、グレースことヴァネッサを忘れてはいなかった。

 身の上を聞いて同情し、深く愛していたから。

 安否をずっと心配していたから……

 

 「男って、思い出を美化し、ずっと忘れずに生きて行く」って、俺は先輩に言われた事がある。

 今回は、まさにそのもの。

 反面「女は愛が深いが、すぱっと切り替えて新たな人生へ踏み出せる」とも先輩は言っていた。

 その時、先輩は大が付く失恋をしたばかりだから、単なる男の愚痴だと思っていたけれど……

 結構、『真理』だったのかもしれない。


 だって、行方不明で死んだかもしれないと思っていた相手が、無事で生きていたのだ。

 思い出の焼け木杭に、ぽっと火がついても、けして不思議ではない。


 当然俺だって、この話をする際に、そのリスクは分かっていた。

 もしも止められないほど、オベール様がヴァネッサへ『未練』を残していたら……

 現在の奥様、イザベルさんが不幸になる。

 息子フィリップが不幸になる。

 俺とグレースだって、不幸になる。

 一夫多妻制が認められていても、今更決着をつけるのは難しい。

 身分からヴァネッサとイザベルさん、どっちを正妻にするとかも含めて……

 オベール様の心の傷をケアしよう、良かれと思ってやった事が、逆に墓穴を掘ってしまった事になる。

 

 いざとなれば、俺が忘却の魔法あたりを使えば良いかもしれない。

 だけど……出来れば、そんな事はしたくない。

 俺は、オベール様の心の傷を治したかったのは勿論だが……

 オベール様が最も大事にする現在の家庭への愛、そして物事に筋を通せる男としての度量に賭けたのだ。


『親父さん! 辛いかもしれませんが、良く決意して頂きました。本当にありがとうございます!』


 感謝した俺が、オベール様へ礼を言うのを見て、ソフィったら目配せする。

 目配せの相手は、真ん中の俺を飛び越して父オベール様だ。


『うふ、ね? そうでしょ? 旦那様を見ていると気持ちが良いわ』


『あ、ああ……本当だな。心が軽くなる……』


 大きく頷くオベール様。

 何、これ?

 さっきから、全然分からない!

 魔法で心を読めば真意は分かるが、今回の件みたいに必要に迫られない限り、俺はやらない。

 だから、普通に尋ねる。


『ふたりとも、さっきからどうしたんですか?』


 俺の質問に、すぐ答えてくれたのはオベール様。


『ああ、婿殿が似ているのだ』


 俺が似ているって?

 まだ、わけが分からないっす。


『俺が? 一体、誰にですか?』


 次に答えてくれたのは、ソフィ。


『旦那様が、私のお母様に……』


『ソフィのお母様? それってどんな意味なのかな?』


 俺が重ねて聞くと、ソフィが更に詳しく説明してくれる。


『ええ、いつも誠実であれ。普段から朗らかで感謝の気持ちを忘れず、良くしてくれた相手に、ありがとうと心の底から素直に言える人になれ……そんなお母様に旦那様は似ているのです』


『俺が、そんなに似てるの?』


『ええ! お母様が生きていた頃は、家の中が明るくて皆気持ち良く暮らしていたわ。うふふ、今のユウキ家は昔のオベール家と全く同じだもの』


 ここでオベール様も追随。


『うむ、ステファニーに言われて改めてそう思う。婿殿の笑顔は、今は亡き私の最初の妻、つまりステファニーの母に似ているのだ』


『うん! 旦那様は本当にそっくりよ!』


『ああ、婿殿の笑顔は相手を楽しくさせる』


 ああ、褒められて分かったけど、俺の全くの勘違い。

 オベール様は、もうヴァネッサの事は完全に割り切っていた。

 これまでの、父娘がしていた不可思議な会話は、全然違う内容の話だったのだ。


 ちらっと見やれば、まだまだ父娘ふたりで凄く盛り上がってる。

 

 暫し盛り上がった後で……

 俺の顔をじっと見つめ、オベール様が言う。

 何かしみじみしている。


『愛する我が妻が死に、その日からオベール家は灯りが消えたように暗くなった……』


『…………』


 オベール様の辛そうな言葉を聞いた俺は、返す言葉が見つからなかった。

 哀しい思い出を和らげる、ぴったりの言葉が考えられなかったから。


 黙り込んだ俺を見て、オベール様は話を続ける。


『そして、婿殿と巡り合うまで、私とステファニーはすっかり忘れていたのだ。……人間とは笑顔を絶やさず、常に他者への感謝と思い遣る気持ちを持つ。そして真面目に生きるべきだという事を……』


 笑顔と感謝、思い遣る気持ちを忘れず、真面目に生きるか……

 確かにその通りだ。


 そしてステファニーも、


『ええ、でもね。お母様はそうすべきだと、言ったり強制はしなかった。元々、そういう性格だった。ごく普通に、自然に振舞って、私達に教えてくれたわ』


 真面目なのは勿論、自然な笑顔と感謝、思い遣りに溢れたステファニーのお母さんか……

 きっと、素晴らしい女性だったんだ。


『ああ、亡き妻は私とステファニーに教えてくれた……そして婿殿は改めて思い出させてくれた』


 オベール様は深呼吸した。

 そして一気に言う。


『今はっきりと感じる。亡き妻の意思は確実に我が娘ステファニーへ受け継がれていると』


『私もお父様と同じ、感じるわ。母として家族への思いが、妹として……グレース姉への思いが……私はお母様の優しい気持ちをしっかり受け継いでいるんだって。そして妻として……大好きな旦那様が、その思いを……より強くしてくれるの』


 オベール様とステファニー、凄く晴れやかな表情。

 ふたりの笑顔、すっごく素敵ですよ。

 俺にも分かる、感じる。

 これがソフィのお母さんの笑顔だって。

 だから、俺も同じくらい負けない笑顔で応える。


『ソフィ、そうなのか!』


『はい、旦那様! だからこれからも、お母様の意思を大事にして、しっかり繋いで行こうって……私達から子供達へ託す……とても大事な宝物だから』


 母の意思か……

 意志や遺志とも少し違うと思う……

 絶対に貫き通す固い決意とか、叶わず果たせなかったこころざしではない。

 もっと温かい、人の気持ちの持ち方という意味なのだろう。

 

 だが、けして忘れてはいけない大切なもの。

 しっかり受け継ぎ、次世代へ渡して行く宝物だ……

 俺だって、改めて教えて貰った。

 ソフィ、オベール様、ふたりとも……ありがとう。


 そうだ!

 良い事を思いついた。


 俺はまた、ふたりへ新たなプレゼントをしようと決めたのであった。

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