第5話「未完の決着①」

 オベール様は、懺悔をしてから、暫し放心したようになっていた。

 長椅子にもたれるようにして座っていた。

 目の焦点が合わず「ぼうっ」として……でも、自分の中で気持ちの整理をしようと努力して……

 

 だが、興奮も少しは収まったようだ。

 ならば、また話を再開しよう。


「じゃあ話を戻しますね……そんな経緯いきさつで一緒に暮らすうちに、ステファニーとヴァネッサさん、ふたりは同じ境遇同士だと打ち解け……実の姉妹のようになったんです」


「おおお! き、き、奇跡だ!」


 オベール様は思わず叫んだ。

 昔、この城館で繰り広げられた愛憎の日々を思い出したのだろう。

 俺は直接知らないけど、ステファニーの話を聞いていたから容易に想像出来る。


 オベール様と離婚したヴァネッサが、王都で悪事を画策していると発覚した時……

 ボヌール村のソフィとなっていた、ステファニーの怒りは凄まじいものであった。

 

 いつもの、可憐で優しいステファニーはどこへやら……

 口汚くヴァネッサを罵り、自ら鉄槌を下すと息巻いていた。

 俺が落ち着かせて諭した。

 

「ええ、俺も凄い奇跡だと思いますよ。画策していた悪事が潰え、いろいろあって神様に助けられ、運命の悪戯か、ボヌール村へヴァネッサさんは来ました。……そして、月日が経ち、世間知らずな貴族令嬢だったヴァネッサさんは……家事に村での仕事、農作業など様々な経験を積み、ひとりでも生きていけるスキルを身につけたのです」


「むう…………」


 唸るオベール様。

 ヴァネッサが家事に農作業をする姿など思い描けないからだろう。


 俺は、話を続ける。


「実は俺、ヴァネッサさんが名前を変えて、故郷である王都で暮らせるように手配していました。だから、頃合いの良い所で提案してみましたが……あっさり断られました」


「…………」


「ヴァネッサさんは自分の気持ちに従い、固く決意していました。俺達家族が好き、ボヌール村が好きだと……だから、ボヌール村の俺の家で、これからも使用人として生きて行く事を望んだのです」


「そ、そうだったのか…………」


「はい! そして神に誓って言います……俺は結婚するまで、ヴァネッサさんと『男女の関係』は一切ありませんでした。その理由はステファニーの気持ちがまず優先なのがひとつ、そして親父さん、貴方の奥様だったからでもあります」


 そう、俺は当初グレースことヴァネッサと結婚する気はなかった。

 一緒に暮らしてみて、素敵な女性だなとは思ったけど。

 ソフィことステファニーの気持ちを優先しようと決めていたもの。

 

 もしステファニーが昔のままの気持ちであれば、ヴァネッサと家族になるなんて無理だから。

 境遇への同情から、我が家に引き取って、ひとりで生きていけるようになったら『解放』する。

 それが俺とステファニーの当初の取り決めだった。


 確かにヴァネッサは気の毒だ。

 しかし新たな家族を迎え入れる為に、ステファニーの心へ犠牲を強いるなんて事、俺は絶対にしない。

 加えて、倫理的な縛りもあった。

 元夫オベール様へ、同じ男として筋を通したかったのだ。


「…………」


 身の潔白を主張する、俺の気持ちを分かったかのように、オベール様は黙って頷いた。

 ここで、俺は自身とヴァネッサの気持ちの変化を伝えねばならない。

 俺なんかはまだしも、ヴァネッサの純な気持ちが発覚した理由を特に。


「日々一緒に暮らすうち、ステファニーを含めた嫁ズと俺の子供達に囲まれて暮らすうち、ヴァネッサさんはいつのまにか俺を愛していました。一方の俺も彼女に惹かれ心憎からず思ってはいました。そんなある日の事、ヴァネッサさんは自分の気持ちを抑えきれずステファニーへ打ち明けたんです」


「な、何!」


 驚くオベール様。

 当然だろう……自分が愛する人が居て、秘めているその存在を話すのだ。

 生半可な信頼では、到底無理だろう。

 ステファニーとヴァネッサがこの城で暮らした頃の犬猿の状態なら、天と地がひっくり返っても起こるわけがないのだから。


 しかし奇跡は、現実に何度も起こったのだ。


「自分の心に秘めた気持ちを……そこまでステファニーを信頼して……分かるでしょう? 今やふたりがどんなに深く心を通わせているのか」


「婿殿! ほ、ほ、本当に信じられないぞ! この城に居た時は…………あんなに……殺し合いしかねないほど、憎み合っていたのに……」


「ええ、親父さん、俺もそう思います。ステファニーはヴァネッサさんを本当に憎んでいましたから」


「…………」


「だけどヴァネッサさんを姉と呼び、大切な家族だと断言。村に残すよう必死に頼んだのはステファニーです。そしてヴァネッサさんの気持ちもステファニーから告げられました」


「おおお……」


「更にぐいっと背中も押されました。ヴァネッサさんを嫁にしろと。それで俺は自分の『本当の気持ち』にも気付き、ヴァネッサさんへプロポーズしました」


 あの夜の事は、今でも鮮明に覚えている。

 グレースことヴァネッサの、秘めた気持ちを告げられた夜の事を。

 ソフィことステファニーの顔は、いつになく真剣だった。

 「もしプロポーズしてグレース姉にふられても、必ず結婚するように説得、否、懇願しろ」と厳しく責められたっけ。


 運命なんて、本当に分からない。

 今更ながら、自分でも不思議に思う。

 目の前のこの義父オベール様の、前の奥さんと愛し合って結婚するなんて……


 俺はつい、複雑な難しい表情をしてしまったのである。

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