第2話「お預かり致します!」

 やっぱりだ。

 この子……俺の予感通り、『管理神様案件』だった。

 あまり『うんざり感』を出すとまずいので、努めて冷静に聞く。


『あの~、いきなりこの子、俺の名前を呼んで連れて行けって……一体どういう事なんでしょうか?』


『うん! 今、ケン君が言った通りだよ~ん』


『あの、言った通りって……俺、誘拐犯になるのは嫌ですよ』


『大丈夫、絶対にならないよ~ん』


『いやぁ、ならないって言われても……』


 俺は、改めてテレーズを見た。

 

 多分、俺が快く引き受けないから……

 喜んで! とか言わないから……

 完全に、ご機嫌ななめだ。

 小さな身体を震わせ、腕組みをして、口を尖らせ、加えて両頬を巣ごもり前の栗鼠のように膨らませている。


 何か、性格的に気難しそうな子だ……

 

 俺は、大きくため息をつく。

 もう、分かっている……

 これまで凄~くお世話になった管理神様の頼みを断るなんて……

 到底出来ない。


『ええっと、管理神様、俺が引き受けるにあたって……確認と、いくつかお願いがあるのですが……』


『うん! 聞いて、聞いて』


『……まず確認です。この子の正体……多分、人間じゃあないですよね? 俺のスキルでは正体が分からないのですが』


『うん、僕の力でガードかけてるから魔法やスキルは効かない。うん、この子は、テレーズは妖精。妖精の女の子なんだよ~ん』


『よ、妖精!?』


 そ、そうか……テレーズって、やっぱり人間じゃない。

 ……妖精なんだ。

 ちなみにジャンは猫の妖精ケット・シーだけど、違うタイプの妖精だろうな。

 まあ、見た目人間に擬態しているに違いないけど。


『成る程です……ガードって魔法やスキル防止って事なんですね。それなら俺でも分からないわけだ。じゃあ次の確認です。預かり期間はどれくらいですか?』


『うん、ず~っと、一生頼むよ!』


『えええっ!? いいい、一生? うっわ!』


 まさか!

 それって、テレーズを?

 この妖精の子を俺の嫁にって意味?

 冗談でしょ!


『ははは、な~んて冗談! せいぜい3か月かな、まあ我慢してよ』


 ああ、突っ込みとボケがぴったり。

 俺と管理神様って、漫才コンビ?

 ま、まあ、とりあえずホッとした。


『よ、良かった! で、ここからはお願いです。まずはこの子をいきなり村へ連れて行けば嫁ズを始めとして、いろいろ突っ込まれます。何か巧い理由が欲しいのですが』


『うん、じゃあテレーズは王都から来た旅の商人の子って事にしようか? 南の国へ行く途中、お父さんがケン君へ預けて行くって話にしよう。後で証拠の手紙をあげるよ~ん』


『それ……ウチの嫁ズだけには本当の事を言って良いですか? 特にクッカとクーガーは勘が鋭いので』


『うん、OK!』


 うん、OK! って……管理神様、相変わらず軽い。

 ウルトララ~イト!!!

 でも、助かる……全てが分かっていた方がやりやすいし、ウチの嫁ズは口が堅いから安心。


『管理神様、次です。預かるにあたって……この子の言葉遣いを聞けば絶対王族か、貴族だと思いますが、俺の子供達とは区別せず平等に接します。だから俺と嫁ズの指示には従って貰い、年相応に村の仕事もやって貰います。つまりお客さんにはしません。それでOKですか?』


『OK! ノープロブレム!』


 おお、あっさりOK?

 でもさ、この子の言葉遣いって直るかな?

 わらわとかって、連発したら……どうしよう?

 村では目立つし、突っ込みまくられるし、終いには完全に浮く。


『あの……管理神様、肝心なこの子の言葉遣いですが……』


『うん、大丈夫! 今からテレーズへ直接話すから、ケン君も聞いていてね』


『え? 俺も聞いていてって? もしや管理神様と俺の、今までの会話も?』


『うん、しっかりテレーズへ、聞いて貰ってるよ~ん』


『え?』


 今の会話がテレーズに聞かれてる?

 それって……


 俺は、恐る恐るテレーズを見た……


 うっわ!

 超怖い目で俺を睨んでる。

 何と、金髪が「び~ん」と空へ向かって逆立ってる。

 すっごく怒ってるよ!


 これで全身が金色に光っていたら、まるでどっかの最終形態超人だ。

 うう……大丈夫かな?


 俺が、ある意味びびっていたら……


『おおい、テレーズちゃわ~ん』


 テレーズちゃわん?

 管理神様がまたもウルトラライトなノリで呼びかけた。

 すると!


『はぁ~い、管理神様ぁん』


 テレーズの鬼のような表情が一転。

 首を可愛く傾げて、愛想良くにっこにこ。

 甘くとろける声でぶりぶり返事。 

 すっごいコケティッシュバージョンに、だいへんし~ん。


 は?

 何じゃあ、こりゃ~!

 この変わりようは一体?


 180度違うテレーズの変貌に、俺と従士達は唖然としていたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 管理神様からテレーズに直接指示があり、呆気なく話は決まった


 何と、さっき俺がお願いしたした事はほぼ通ったのである。

 ちなみにテレーズを預かる証拠という『手紙』も貰った。

 達筆な文字で……

 『自分は王都の商人だが南の国で商用を終わらせる間、娘のテレーズを暫く預かってくれ。充分な礼はする』

 読んだら、そんな適当な内容がしたためられていた。

 でもこれで、テレーズがボヌール村へ来る理由は何とかなった。


 そして、


 今迄の態度を改める。

 みやびすぎる言葉遣いを改める。

 俺や嫁ズの指示には従う等々。


 テレーズは俺の目の前でしっかり約束した。

 だから、まあ、ひとまずは安心だけれど……

 果たして、この子、ボヌール村で3か月無事に過ごせるのだろうか?


 まあ良い。

 こうなったら、俺も最善を尽くすだけ。

 精一杯、頑張ろう。


『じゃあ、ケン君、宜しく。もしも万が一……』


『万が一?』


『テレーズがわがまま言ったり、言う事を聞かない場合は』


 管理神様がそう言った瞬間、テレーズがびくっとした。


支配インペリウムと言ってね。唱えれば、テレーズがすご~く良い子になるから』


『は、はぁ……』


 おいおい支配って……もしかして……とんでもない魔法じゃね?

 そりゃ、テレーズも怖がるだろう……

 あの西遊記の孫悟空が『おいた』をした時、師匠の三蔵法師がお仕置きするようなものなのだろう。

 定心真言じょうしんしんごんを唱えて、頭に付けた緊箍児きんこじを締め付けさせるような……


『じゃあ、ケン君、宜しくね~、ばっはは~い』


『わ、分かりましたっ! テレーズをお預かり致します』


 いつものように用事が済むと、管理神様はさっさと帰って行った。

 残されたのは、俺と従士達、そして……


「さ、さあ、ケン、早く行こうか」


 何か拗ねたように、俺から目をそらして言うテレーズ。


 あれ?

 言葉遣いが……さっきと全然変わってる。

 早速、『約束』は守られたみたいだ。


 俺が手を差し出すと、一瞬のためらいがあった。

 しかしテレーズはぎこちない笑顔を返し、おずおずと手を差し出して来たのである。

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