第15話「確認します、絆」

 グレースはまだ泣きじゃくっている。

 安心して大泣きしている。

 

 可哀想に……今迄相当なプレッシャーがあったのだろう。

 

 じゃあ、今度はこちらから。

 管理神様から教えて貰った、例の件を話して安心させてやろう。


「グレース、今度は俺からだ。凄く良いニュースがあるぞ」


「す、凄く良いニュース?」


「ああ、そうだ。お前の兄さんや弟の事なんだ」


「うう……ご、御免なさい……」


 罪を犯した兄と弟の件だと聞いて、グレースの表情が暗くなる。

 良いよ、もう!

 管理神様がカタをつけたんだって。


「何、言ってる。もう全部済んだ事さ、それにこちらこそだよ。知っているだろうが、俺が北の砦へ彼等を送ったんだもの」


 グレースは無言で、コクンと頷いた。

 やっぱり全部聞いているんだ。

 今から告げる事以外はね。


 さあ、言うぞ!

 3、2、1……ほいっ!


「ニュースっていうのは、な。グレースの兄弟達は砦では死なないってさ」


「へ?」


 あは!

 やっぱり驚いている。

 そりゃそうだろう。

 辺境の北の砦へ志願兵として送られたんだ。

 彼等を送った後で聞いたところ……

 魔物との激しい戦いや過酷な環境において、半分以上の兵士が命を落とすのは常識なんだそうだ。


 だから俺もここまで悩んだ。

 はっきり言って、やり過ぎたかなとも思った。


 でもよくよく考えてみたら、凶悪な傭兵を使って俺達を含むオベール様の領民を虐殺しようとした兄達に、多くの女を散々食い物にした弟。

 彼等ドラポール兄弟に対する俺の怒りがそれだけ凄まじかったって事だ。


 だけど北の砦の過酷な環境を乗り越え罪を償ったグレースの兄弟は、生き延びる事が出来る。


「志願兵の任期を終えたら、砦から国のどこかへ戻ると思う。どこへ行くのかは教えて貰えなかったけど……兄弟全員が罪をつぐないながら、天寿を全うするって……魔物になんか殺されたりしないんだよ」


「ええっ!? ほ、本当ですか!」


「本当さ! だって、管理神様が保証してくれたんだぞ」


「あ、あああああ!」


 いくら極悪だからって、やはり自分の肉親。

 グレースがとても安堵している。

 自分だけ幸せになる事が、後ろめたい部分もあったに違いない。


「今回、彼等が生きながらえるのはお前と俺が頑張ったからだって! 幸せになった事に対して管理神様のご褒美だって」


「わあああああん、うう、嬉しいです!」


 グレースの奴、今度は純粋に嬉しくて泣いちゃった。

 ああ、でも俺だって貰い泣き。

 涙が出て来た。


「良かったなぁ、グレース。俺もすっごく嬉しいよ」


「は、はいっ!」


 俺とグレースは顔を見合わせて、また「ぎゅっ」と抱き合ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 いろいろな話をしてたら……すっかり目が覚めた!

 

 俺とグレースはすぐに起きて、予定より早くから働いている。

 今朝までは、この白鳥亭でアマンダさんの手伝い役だから。

 既に商業ギルドから新しい手伝いの人も来ていて、朝だけ一緒に仕事をしたら引き継ぎなのだ。


 手伝いの人は、人間族の中年女性。

 

 ちょっと太めの、人が良さそうな雰囲気。

 朗らかで良く働く。

 身体も丈夫そうで、声も大きい。

 さすが商業ギルド、最初に変な奴を寄越よこしたから、挽回の為か数倍良い人材を送ったと見た。


 俺はぼちぼちだが、同性のグレースは気さくだからこの手伝いの人ともすぐ打ち解けて、アマンダさんと3人で楽しそうに働いている。


 お客さんのケアもひと通り終わり、俺達はアマンダさんから「仕事完了」だと言われて、ひと足先に朝食を頂く。

 白鳥亭の一階の奥は食堂と厨房になっていた。

 

 現在、食堂で飯を食っているのは、俺とグレースだけである。

 

 この朝食後、チェックアウトして、俺達はボヌール村へ帰るのだ。

 嫁ズへのお土産はバッチリ買ったから、後はお子様軍団へお土産を買わないとね。

 お金も充分残っているし、お土産代は問題ないだろう。

 男の子にはおもちゃ、女の子にはお人形かな。

 

 まあ、良い。

 

 グレースと一緒に「わいわい」言いながら選ぼう。

 あれが良い、これが良いとか、迷ったり、ふたりで相談して決めたり……

 楽しい!

 きっと楽しいぞ!


 ちなみに今、食べている料理は当然ハーブ料理。

 そして焼きたてのパンも、香りの良いハーブティもある。 

 やっぱり、働いた後の飯は美味い。


 あれ、グレースが何か言いたそうだ。

 左右を「ちらちらっ」と見て誰も居ない事を確認してから、口を開く。

 何故か、声のトーンを落としている。


「だ、旦那様、あ、赤ちゃん、ありがとうございます」


 は?

 何、それ?


「昨夜、頑張ってくれたでしょう? 凄く、何度も」


「そりゃ、確かに凄く、何度も、頑張ったけど……」


「管理神様から啓示を頂いた時に一緒に言われました。今回の旅行でお前はいっぱい愛して貰って赤ちゃんを授かるって……だから、うふふ」


 ああ、そういう事か!

 管理神様、運命は専門外とか言って、しっかり絡んでるじゃないか。


 俺は苦笑したが、すぐ思いなおす。

 やっぱり俺のあの予感は正しかった。

 グレースとの子供がいよいよ授かるんだ。


 これは嬉しい。

 でも!

 子供が居ようと居まいと、はっきり言える事がある。


 グレースは大きく叫ぶ。


「旦那様! 私達、夫婦なんですよね!」


「ああ、そうさ! 俺達は間違いなく夫婦なんだ!」


 ふたりの絆を確かめるように笑顔で呼びかけるグレースへ、俺はもっと大きな声で返事をしたのであった。

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