第11話「悔恨と告白②」

 グレース……いや、ヴァネッサが泣いている。

 目に、大粒の涙を浮かべて……


「…………」


 今度は俺が黙り込む番であった。

 事実をはっきり伝えたいが為に……つい、ストレートな言い方をした。

 俺がやった事は……やはり……ヴァネッサを傷つけてしまったのか?

 

 覚悟していた。

 ヴァネッサが俺と結婚したのは、本来の彼女の意思ではない。

 それは確かだから……


 だが、実際に現実に直面すると辛い。 

 ヴァネッサと、彼女の兄弟へ酷い事をした俺を憎むなら、思い切り憎んで欲しいと覚悟していたのに……


 ヴァネッサは、俺を軽く睨む。

 しかし、決して憎悪の眼差しではない。

 仕方がない人……という感じの哀しい目だ。


 俺へ、そんな眼差しを投げかけながら……

 ヴァネッサは言う。


「……兄や弟が人間として許せない事をした……私のした事も最低です……」


「…………」


「どうしようもない私の過去を知ったのなら、こんなに面倒臭い、手垢てあかの付いた年増女としまおんななんてさっさと放り出せばいいのに……犬猿の仲だったステファニーを説得してまで、助け上げてくれた……」


「…………」


「私の正常な意思を曲げた? 行き場のない弱みにつけこんだ?」


「…………」


「断じて!」


「え?」


「断じて違います。貴方は! あ、貴方は……私をしっかり守って……優しくしてやすらぎをくれた……王都の貴族育ちで何も知らない私へ……働くすべと喜びを教えて……前向きに生きる勇気もくれたわ」


「ヴァネッサ……」


「それだけじゃない! 結婚までしてくれて、かけがえのない家族と温かい生活も与えてくれたのよ」


 ここでヴァネッサは大きく息を吸い込んだ。

 そして大きく吐く。


「いえ、私だけじゃないわ! 貴方の過去だってそう」


「…………」


 私だけじゃない、俺の過去……

 そんな事まで知っていた。

 そうか!

 じゃあ、やはりヴァネッサに全てを教えたのは……


「クッカとクーガーの事もそう!」


「ヴァネッサ……」


「クミカさんが亡くなったのは貴方のせいじゃない、事故です!」


「…………」


「それなのに自分だけを責めて、貴方自身も巻き添えで死んだのに……今迄生きていた世界と全く違う場所へ送られて……恨み言ひとつ言わない……家族の為に真剣に、一生懸命生きている」


「…………」


「旦那様、貴方は素晴らしい人です!」


 俺が?

 この俺が?

 素晴らしい?

 そんな馬鹿な!


 俺が……クミカの事をもっと早く思い出していれば……

 クミカが、故郷で待っている可能性を少しでも考えていれば。


 転生後もダメダメだ。

 レベル99の力を貰ってこのザマなのだ。

 ここまでの超勇者級の力であれば、もっと上手く使いこなして、今よりもずっと幸せに……

 皆を超が付く幸せに出来ている筈だ。


 俺は自嘲気味に呟く。


「……そうかな、俺は精一杯やったって、いつも全然足りないんだ。上手く出来ないんだよ。もっともっと皆を幸せに出来たのに……」


「駄目です! そんな事を言っては! いけません! 絶対にいけませんっ!」


 ヴァネッサの声が数オクターブ上がった。

 彼女の普段のおとなしい物言いからしたら、今迄にない激しさである。


「ヴァネッサ……」


 俺は思わず息を呑む。

 しかしヴァネッサは鞭打つように、俺へ言葉を叩きつける。


「何を仰るの! 苦しまないで! 自信を持ってください! 貴方は私をこんなに幸せにしてくれた。いいえ、私だけじゃない! 家族を皆、とっても幸せにしています! 私達妻も子供達も皆、貴方が大好きなんですよ!」


「あ、あ、あ……あ、ありがとう!」


 盛大に噛んだ。

 礼を言う言葉が震えた。

 

 ……俺が、この俺が……

 愛する人に一生懸命、励まされる。

 心の底から感謝される。


 これがどんなに……

 どんなに力になるか……改めて実感した。


 ヴァネッサは、納得したように大きく頷く。


「……振り返れば私の辛かった過去も、全て貴方に会う為には必要なものだった。そう考えると本当に良かったと思います」


「ヴァネッサ……」


「私は貴方に巡り会う為に生まれ、そして生きて来た。お礼を言うのはこちらですよ……ありがとうって、お礼を言うのは! わ、私なのにぃ! 大好きです、旦那様ぁ!」


 ヴァネッサはそう言うと立ち上がって、俺の胸へ思い切り飛び込んで来た。

 俺はしっかり受け止めた。


「ヴァネッサ!」


 名を呼ぶと、ヴァネッサはふるふると首を横に振る。


「い、いいえ! 私はもうヴァネッサではありません! わ、私はグレース……貴方の、貴方だけのグレースです。グレースって呼んで下さい」


 そう!

 お前はグレース!

 俺と出会う前のヴァネッサじゃない。

 お前は!

 俺の愛するグレースなんだ。


 もう遠慮は要らない。

 お前が俺の胸に飛び込んで来たように、思い切り言ってやる!


「グレース! 俺もお前が大好きだ! 絶対に! 絶対に離さないぞっ!」


 改めてのプロポーズと言っても良い。

 俺とグレースの真の絆は今、がっちりと繋がったのだ。


 ああ、グレース。

 お前ったら、大泣きしてる。

 でも……お、俺も……俺だって涙が止まらない。


 わんわん泣きながらグレースは甘える、甘えまくる。

 そして俺を真っすぐ見て、言い放つ。


「ああ、私も大好き! さっき、私の……私の意思に任せると仰いましたね、旦那様。じゃあ申し上げます! 貴方のグレースは一生添い遂げますのでずっとお傍に置いて下さいっ」


「ああ、何度でも言うぞ! 絶対に絶対に離さない、約束だ!」


「ああっ! 私も何度でも約束します、一生離れないっ! 絶対にっ!」


 おお、可愛い!

 愛してるぞ!

 グレース!


 しかし……


「お、俺……」


 突如口篭った俺に、胸の中のグレースは驚いたようである。


「ど、どうしたのですか?」


 どうしたのって?

 ああ、ええと……こんな時に、ムード台無しなんだよな、これ。


「えっと、その……お前を見てて、ついムラムラって来た」


「え? ついムラムラ?」


 一瞬きょとんとしたグレースは、俺の身体の変化に気付いた。

 すぐに悪戯っぽく笑う。


「うふふ、嬉しいっ! さあ、ベッドへ連れて行って! グレースをい~っぱい愛して下さぁい!」


 こうして……


 俺とグレースの王都の夜は……

 熱く激しくふけていったのであった。

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