第17話「ふざけるな!」

 旅の途中でオークに襲われた商隊&冒険者を救った俺とジュリエット。

 そのまま商隊一行と、王都まで無事に到着した。


 助けた商人達の口添えもあって、俺とジュリエットは王都への入場手続きも無事終了する。

 王都正門を抜けたこじんまりした広場で、ひと息付く。


 善は急げ!

 という事で、早速冒険者ギルドへ向かおうとふたりで話し合う。

 案内は助けてやった冒険者に頼めば早い。

 意見は一致し、話はまとまった。

 冒険者達も喜んで案内してくれるという。


 じゃあ出発と、思ったら……

 助けた商人達が慌てて駆け寄って来た。

 

 何だろう。

 さっき散々お礼は言われたから。

 他に用事でもあるのだろうか?


 リーダー格の人が代表して話すみたい。

 確かマルコさんとか、言ったっけ。


「ジュリエット様、ちょっと、宜しいですか?」


「話があるなら、さっさとしてくれ」


 おいおい、そういう言い方は駄目。

 俺はジュリエットの手を少しつねった。


「いた!」


 悲鳴をあげたジュリエット。

 うん!

 この子は気配りの会話力をあげないと……

 勇者は黙って戦うなんて……今時はない。


 王様とのやりとりの時だって、コミュニケーション能力は必要。

 だからサポート役として、軽く教育的指導をしてやったのだ。


 ジュリエットが小さな悲鳴をあげたので、マルコさん驚いてる。


「え?」


 顔を顰めるジュリエットに代わって俺が対応。


「いえ、何でもありません。それよりどういった御用でしょう?」


「す、済みません。ジュリエット様、ケン様、冒険者ギルドのあとで構いませんから、キングスレー商会へいらっしゃって下さい。ぜひお礼をしたいので」


 マルコさんの話の趣旨を聞いたジュリエット。

 頷くと、俺を「ぐいっ」と前へ押し出した。

 「私の代わりに話せ」という事だろう。

 ならばと、俺は手を横に振った。


「い、いや、マルコさん。わざわざお礼なんか良いですよ。あなた方を助けたのも全てが女神ヴァルヴァラ様の思し召しですから」


 ああ、俺って小賢しい。

 表向きはお礼をきっぱり断っているのに、さりげなく女神様の信仰心を上げようとするなんて。

 でも今回この世界へ来た俺の役目のひとつでもあるから、仕方がない。


「仰る通りですね、全てヴァルヴァラ様のお陰です」


 おお、成功!

 この人の信仰心が上がったみたい。

 やったぁ!


「なので、マルコさん、お礼は不要です」


「いや、それはそれ! ウチの嫁と娘にぜひ会って頂きたい」


「え? 奥さんとお子さんに?」


「ええ、私はずっと長期間出張していまして、暫く家族には会っていなかったのです。それが一歩間違えばオーク共に殺されて永遠に会えなくなっていましたから」


「そうなんですか」


「はいっ、私が無事に戻ってどんなに嫁と娘が喜ぶことか」


 ああ、それは凄く良い話だ。

 嫁と子供が居る俺には、ご主人の帰りをひたすら待つ奥さんとお子さんの気持ちが分かる。

 ぜひ後で、キングスレー商会へ寄ろう。

 家族再会の喜びを分かち合うのだ。


「ジュリエット、構わないよな」


「うむ、特に問題ない」


 ジュリエットも満面の笑みで頷いている。

 商人さん達を助けて良かったと、心の底から実感しているに違いない。

 こうして冒険者ギルドの手続きを終えた後、キングスレー商会にマルコさん達を訪ねる事になった。


 そして……


「そろそろ行こうか、ジュリエット、ケン」


 片や、助けた冒険者達もニコニコしている。

 こっちにも家族か恋人が居るのだろう。

 命が助かって万々歳という感じ。

 待っているのが誰なのか敢えて聞くほど、俺は野暮じゃないけれど。


「では、のちほど……」


「はいっ、お待ちしていますよっ」


 俺とジュリエットは、一旦マルコさん達に別れを告げて冒険者ギルドへ向かったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 冒険者ギルドへ案内された俺とジュリエット、ふたりの前に現れたのは……

 高い塀に囲まれ、広大な敷地の中に建つ5階建ての大きな建物だった。

 

 一行は正面の開け放たれた両開きの巨大な扉から中へ入る。

 建物の1階は広大なフロアとなっていた。

 混雑する時間ではないらしく、人はまばらで閑散としていた。


 俺とジュリエットの正面に長大で重厚な木製カウンターがある。

 カウンターにはたくさんの窓口が設置されており、殆どは閉鎖されていた。

 だが開いているいくつかの窓口では、数人の冒険者がギルドの職員と一対一でやりとりをしている。


 勝手の分からない俺が少しきょろきょろしていたら、助けた冒険者がアドバイスしてくれる。


「冒険者登録もあのカウンターですよ」


「成る程」


 俺とジュリエットは、空いている窓口の席に座った。

 座っている職員は、30歳くらいの人間族男性。

 とりあえず趣旨を話し、職員と相談した。

 しかし俺達の話はすぐ暗礁に乗り上げてしまう。


「職員よ、何故だ?」


 と、ジュリエットが聞くと職員は、


「何故? と言われましても、本日の『講座付きランク判定試験』の受付は時間を過ぎたので締め切りました」


 職員の返事通り、試験を受けて実力を評価して貰い、実力に見合ったランクに認定して貰えるのが『講座付きランク判定試験』

 なのだが……今は午後2時。

 本日はもう、申し込みが出来ないらしかった。


 ジュリエットにとっては青天の霹靂。

 予想外の出来事に唸るしかない。


「むむむ……締め切りだと?」


「はい、本日は申し込み出来ません。もし登録だけご希望ということでしたら、午後5時まで受け付けております」


「と、登録だけ? 出来るのか?」


「はい、登録希望者は洩れなく登録出来ます」

 

 光明がさした、と思った瞬間。

 またも非情な職員の声。


「但し、最下級のランクFになりますけど」


「はぁ? 最下級? ラララ、ランクF?」


 唖然とするジュリエットに、職員は言う。


「そうです、皆さん、こつこつ依頼を受けて地道にランクアップ致しますよ」


 Fから地道にランクアップ。

 無敵に近い実力を自負する(推定だけど)ジュリエットにとっては、大変な屈辱であった。


 「これ以上もう我慢出来ない」という感じで、ジュリエットの怒声が炸裂する。


「ふ、ふ、ふざけるな~っ」


 部屋中に響く怒鳴り声。

 フロアに居た何人もの冒険者と職員が一斉に振り返った。


 しかしこの職員、見た目は大人しそうなのに結構肝が据わっている。


「お客様、大きな声を出して頂いては困ります。それに私はふざけてなどいません。冒険者ギルドの規約に基づき、お話をさせて頂いておりますから」


「規約だとぉ? ならば私が命じる、今すぐに規約を変えよ!」


「そんなの無理に決まっています。さあ……そろそろ宜しいですか、他の方が待っておられますので」


「何を~、たかが人間のぉ……ぬぬぬう」


 ああ、不毛な会話から始まって、不穏な空気まで流れ始めた。

 俺が見るにあたって、ジュリエットは少し常識に疎いようだ。

 まあ常識って奴も、誰が決めたかで変わってくるものだけど。

 

 でもとりあえずここは、ギルドの常識って奴に従った方が良い。


 俺は対応してくれた職員に謝り、連れて来て貰った冒険者にも謝ると……

 ジュリエットの手を引っ張り、急いで冒険者ギルドを出たのであった。

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