第18話「憧れの冒険者生活」

 冒険者ギルドを飛び出した俺は、ジュリエットの手をしっかり握って歩いて行く。

 チラ見すると、彼女はいまだに怒りが収まっていない。


「ぷんぷん」という文字が頭から湯気と共に、どんどん飛び出して来る。


「ケン! あのギルド職員は一体何だ、本当に融通がきかない常識知らずな愚か者だ」


 融通がきかない愚か者?

 ……う~ん、融通がきかない常識知らずなのはどっちなんだか。

 ふと、そう思ったら、ジュリエットが俺を睨んでる。


「ケン、お前……今、何か変な事を考えていないか?」


「い、いや、何も考えてない」


「本当か?」


 綺麗なダークブルーの瞳がじいっと俺を見る。

 訝し気に俺を見る。


 ああ、ジュリエットに疑われてる……

 超美少女のジト目はとっても魅力的だが、ここは何とかジュリエットをクールダウンさせなければ。


 なので、俺は言う。


「そんな事より落ち着けよ、どうせ、今日はギルドにあのまま居ても状況は変わらない。イライラするだけ損だぞ」


「むう……まあ、そうだが」


「だったら、明日ギルドで認定試験を受けて、しっかり実力を見て貰った方が良い」


「むむむ、お前の言う事には一理ある、分かった」


 おお、説得に応じてくれた。


「だが、あいつは失礼だ」


 あらら、まだ怒ってる?

 へそを曲げてる?

 俺の説得だけじゃあ、駄目か……

 何か良い手は無いかなぁ……


 俺は暫し考えて……

 ピンと来た。

 そうだ、あそこへ行こう。


 俺は、ジュリエットと繋いでいた手をまた「ぐいっ」と引っ張った。


「おいおい、どこへ行く?」


「良いから!」


 戸惑うジュリエットを引っ張って、俺は商業街区へ向かったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 1時間後……


「おねぇちゃん、パパをたすけてくれたんだぁ、すご~い、つよいんだぁ」


「お、おう! ま、ま~な」


「おねぇちゃんって、すごくきれい~」


「い、いや! 私など大した事はないぞ、お前のママほど美人じゃない」


 栗毛の可愛い幼女に懐かれて、凄く照れる金髪美少女。

 うん、良い絵だ。

 その上、マルコさんの奥さんに気まで使ってる。

 あの上から目線のジュリエットがだ。


 今、俺とジュリエットが居るのはキングスレー商会王都支店の応接室。

 俺が助けたマルコさんは、この商会の支店長だと。

 さっきの話通り、奥様とお子さんが一緒に待っていたのである。


 まずは、奥様キャサリンさんがご挨拶。


「ジュリエット様、ケン様、主人を救って頂きありがとうございます。本当に感謝しております」


 にっこり笑う栗毛の美人奥様。

 そして奥様似の可愛いお子さんが5歳のビアンカちゃんだ。

 何故か、このビアンカちゃん、ジュリエットをすっかり気に入ってしまったのだ。

 実は、それこそが俺の期待した展開だった。


 大好きなパパを助けてくれた、超カッコいい美人のお姉さん。

 ビアンカちゃんには、ジュリエットがそう見えているに違いない。


 そのジュリエット。

 興味津々のビアンカちゃんから、いろいろ根掘り葉掘り聞かれてる。

 答えられない内緒の事も多々あるらしく、しどろもどろで油汗まで流してる。

 それでもジュリエットは……とっても嬉しそうだ。


 こうして……

 ビアンカちゃんの『癒し』により、ジュリエットの機嫌はすっかり直ったのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 さらに1時間後……


 キングスレー商会を出た俺とジュリエットは、『英雄亭』という居酒屋ビストロで祝杯をあげていた。


 マルコさんは義理堅かった。

 吃驚するくらい。

 まあ、俺達に命を救われたから当然かもしれないが。


 もうひとりの商人と連名で多額の礼金をくれ、そして宿泊する高級ホテルを代金負担、更にこの英雄亭で飲み食べ放題も全額持ちという恩返しをしてくれたのだ。


 俺とジュリエットはまだギルド登録をしていない。

 正確にいえば、冒険者ではない。

 だが、『依頼』を完遂して報酬を受け取り、仲間と慰労し合う。

 これって、俺が夢見ていた冒険者生活そのものだ。


 気分が良くなった俺は、大ジョッキを掲げる。


「カンパーイ!」


「…………」


 俺の仕草を不思議そうに見るジュリエット。

 どうやらジュリエットは『乾杯』を知らないらしい。

 中二病知識によれば、乾杯って古代からあったのに……知らないのかなぁ?


「ん? 何だ、それ? 杯を干す前に掲げてそう言うのか?」


 ここで何故知らないの、とか聞くと、多分ジュリエットの機嫌がすっごく悪くなる。

 だから、嫌味にならない教え方で伝えてやる。


「ああ、そうだよ、楽しいぜ。やろうよ、カンパイ」


「よ、よし、良いぞ、カ、カンパーイ」


 俺とジュリエットは「ぐいっ」とエールを飲む。

 この英雄亭のエールは特大ジョッキの上に、水属性魔法でキンキンに冷えている。

 

 ああ、美味い!

 冒険者として依頼を完遂して飲むエールってこんなに美味しいんだ。

 今、体験しているのが夢にまで見た冒険者生活って、でもさ、これって夢の中なんだよなぁ、あはは。

 まあ、良いや、細かい事は……


 しかし不思議だ。

 誰もが羨む超美少女と酒を飲んでいるのに、口説こうとかエッチしたいとか、邪な気持ちが芽生えない。

 そりゃ、ジュリエットの大きなおっぱいへは、つい視線が行ってしまうけど。

 ほんのちょっとくらい触りたいとか思うが……いや、ちょっとだけ、揉んでみたいかな。

 でも、何故かエッチまではしたいと思わないのだ。

 最初に感じたが……

 ジュリエットって、やっぱり気が置けない同性の親友と言う感じだから。


 いや、いかん!

 おっぱい触りたいとか、揉みたいって、俺、さっき飲んだエールがもう回ってる?

 何か酔っぱらって余計な事を喋りそう。

 声も大きくなりそう。


 ここは他にも大勢の客が居る。

 ざっくばらんに話すと内緒話もありそうだから、会話は念話が良いだろう。

 果たして、ジュリエットは念話が使えるかな?


「ジュリエット、お前、念話は使えるのか?」


「ああ、使えるぞ」


 成る程!

 では話が早い。

 この後の会話は全て念話だ。

 心と心の会話なら他人には聞かれない。

 と考えていたら……先手を打たれた。


 ジュリエットが先に質問をして来たのだ。


『ケン、お前に聞きたい事がある』


『俺に? 聞きたい事?』


『ああ、そうだ』


 何だろう?

 ジュリエットが、俺に対して聞きたい事って?


 麗人はひどく真面目な表情で、俺をじっと見つめていたのであった。

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