第13話「夢の結末」

「お兄ちゃわ~ん! 身体が光ってるぅ? どうしたのぉ? お兄ちゃわ~ん!」


 悲しそうに絶叫するフレデリカ。

 ああ、俺の身を案じてあんなに!


 ……俺は決心した。

 可愛いフレデリカへ、しっかり別れを告げると同時に……

 彼女に心残りがないように……カミングアウトするのだ。


 この前の会話で、シュルヴェステルも俺の正体に薄々感づいているようだし、言っても構わないだろう。

 まあ声を大にして言うつもりはないので、当然ながら念話だ。


『フレッカ、急で悪いが……ここでお別れだ』


「え!? ええええっ!?」


『念話で話すから……よく聞いてくれ。俺はこの世界での役目を果たした。お前にいろいろ教える事が出来て、ケルトゥリ様の神剣も渡せたから』


『ど、どうしてぇ!? だ、だったらフレッカはこんな剣要らないっ! 大好きなお兄ちゃわんに居て貰った方が良いのぉ!』


 大好きなお兄ちゃわん、だって?

 ああ、俺だってそうさ!

 俺だってお前の事が大好きだ。

 出来ればボヌール村へ『嫁』として連れ帰りたい。

 だが……そんな事は出来ない。


『前にも言っただろう? 俺には残して来た家族が居る。元の世界で待っているんだ』


『うううう……』


 フレデリカの深い菫色の美しい目には、大粒の涙が光っていた。

 ああ……

 辛いが真実を告げるしかない。

 この子が、俺の事をすっぱり思い切れるように。


『それに……伝えておく事がある。今迄隠していて悪かったが……俺、実は人間なんだ』


『え!? えええええ!? う、嘘ぉ!!!』


 驚き、絶叫するフレデリカ。

 涙で一杯の目が真ん丸になっている。


 まあ、当然だろう。

 今の俺の外見は、完全なイケメンアールヴなのだから。


『本当なんだ。だから俺の事は忘れてくれ……所詮人間とアールヴは結ばれないだろう。しかしお前は最高に可愛い子さ。すぐにお前の事を真剣に優しく愛してくれる、同族のイケメンが現れるよ』


『そ、そんなぁ!』


 大泣き顔のフレデリカ。

 そんな悲しい事を言わないでと、一生懸命目で訴えている。

 俺はとっても辛くて首を振った。


 でも最後に、これだけは言おう。


『フレッカ、俺もお前が大好きだ。幸せになるんだぞ!』


 ああ、分かる。

 もう俺は消える……この世界から居なくなる。

 どんどん意識が遠くなって行く……


「いやぁあああ!!! お兄ちゃわ~ん!!!!!」


 声が張り裂けんばかりのフレデリカの絶叫を耳に残しながら、俺は意識を手放したのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 手放した意識が戻って来る……


 ここは……どこだろう?

 見れば、俺の身体はない。

 意識のみ……

 ケルトゥリ様が与えてくれた、仮初かりそめのアールヴの身体はもう無いって事か……


 そして、周りが真っ白という事は……ここは異界=亜空間?

 と思ったら、俺の心へ声が聞こえて来た。


『そう、当たりだ、ケン。ここはお前がフレデリカに召喚される前に来た、あの異界さ』


『……ケルトゥリ様?』


『そう、私だ』


 と、いう事は俺はここから現世へ帰る。

 嫁クッカと娘タバサが寝ているボヌール村自宅の寝室へ帰る。

 だけど、その前にここへ来たのは……ケルトゥリ様は、俺に『何か』を伝えたいのだ。


『お前は、立派に私への借りを返してくれた。あの後、アールヴ達は私への信仰心を大幅に上げた。私は従来の知恵と魔法に加えて、戦いと愛の称号も得る事が出来たのだ』


『お~、凄いですね、それは良かったです。これで俺もクッカ達の下へ帰る事が出来ます……でも少し寂しいな……』


『……だろうな。お前はあの子フレデリカを、心の底から愛していたのだから』


 何となく、ケルトゥリ様の声も寂しげだ。

 俺はふと周囲を見渡した。

 

 もう真っ白な地面のどこも光っては、いない。

 俺はもう二度と、あの世界へ召喚される事はない……のだ。


 感慨にふける俺へ、ケルトゥリ様が言う。


『ふむ……これから言う事は……どこかの女神の単なる独り言だ。忘れてくれても良い』


『え? 独り言?』


『……お前は魔王クーガーの告白により真実を知った』


 え?

 いきなり?

 そんな事言って良いのか?

 天界の厳秘じゃないの?

 ……そうか、今から言うのはケルトゥリ様の勝手な独り言=本音って事だ。


『あの時……最初からお前の運命は決まっていた。宿命ともいえるくらいに……私達はいわゆるクッカの当て馬だった。当時はヴァルヴァラと共にとっても腹が立ったものだ』


『…………』


『その後、お前は紆余曲折あったが……頑張ってクッカと共に幸せになった。管理神様の望んだ通りにな……』


『…………』


『だが……私とヴァルヴァラは考えた。……あの時もしもお前がアールヴの魔法剣士、もしくは誉れ高き王都の勇者となる事を望んだら……お前の人生はどうなっていたのかと』


 そうか!

 それで……俺は借りを返すという形で……IFの体験をさせて貰った。

 管理神様が「楽しめ」と言ったのはこの事だったんだ。


『お前の事を少々いじったが……この際だ、はっきり言おう』


『…………』


『ヴァルヴァラはどう思っているか知らぬが……私は、お前を結構気に入っている。お前は家族思いで、常に一生懸命生きているからだ。そして今回、私の気持ちに対して、素晴らしい結果で応えてくれた』


 そう……なんだ。

 でもケルトゥリ様の言う通り、素晴らしい体験だった。

 妹が居なかった俺に……

 あんなに可愛い、甘えん坊の『妹』を授けてくれたのだから。


『ケンよ、ありがとう……』


 え?

 ケルトゥリ様が俺に礼を?

 思わず声が出る。


『そんな! 俺の方こそ、ありがとうですよっ』


『馬鹿! 単なる独り言だと言っただろう? 聞き流せ!』


『は、はいっ』


『ふふふ、仕方がない奴だ……』


 苦笑するケルトゥリ様。

 そして、衝撃の事実を明かしてくれた。


『……最後に伝言だ。あの子は……フレデリカはお前を決して諦めないと言っていた』


『え?』


『たとえ人間でも愛している! 決して諦めない! 必ずソウェルとなり、立派に務めを果たし終えたら……遥かなる次元と時間の隔たりを超えても……絶対、お前に会いに行く! ……とな』


『…………』 


『もしも運命が再びお前達を引き合わせたら……その時は……しっかりと、あの子を受け止めてやれ……』


 フレデリカ……あいつ!

 そんなに……俺の事を!

 分かりました。

 あの子と巡り合えたら……絶対、嫁にします!

 約束します!

 種族なんか、関係なしに結婚するって!


 俺が返事をせず、そう考えたらケルトゥリ様の満足そうな波動が伝わって来た。


『次は……ヴァルヴァラへの借りを返済だな。ふふふ、しっかり働いて返すんだぞ……さらばだ、我が使徒よ』


 ケルトゥリ様の別れの言葉と共に、俺はまた意識を手放したのであった。

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