第2話「俺が召喚される時」

 意識が戻り、気がついた俺はまた何もない真っ白な空間に立っていた。

 でもさっきの寝巻ではなく緑色の革鎧を身に纏い、腰から金色の剣を提げている。

 

 ああ、この剣は見覚えがある。

 俺が死んだ直後、ケルトゥリ様が捧げていた『金の剣』だ。

 結局、俺はクッカを選び同じ型をした『銅の剣』を得た。

 勿体ないから最近は普段使いせず、自宅の物入れの中、大事に仕舞ってあるけれど。

 

 そして、ここは……どこだろう?

 と、思ったら、


『ケン、お前が居るここは、さっきとはまた違う異界さ』


 先程俺を責め立てた女神の片割れ——ケルトゥリ様の声が響く。


『前方を見てくれ』


 言われた通りに少し前方を見ると、地面が円形に眩く光っていた。

 光の輪?

 これってもしや……


 俺は見覚えのある魔法の発動シーンを見てピンと来た。


 そうだ!

 あれは……召喚魔法の魔法陣だ。

 召喚対象が居る異界と自分の居る世界の門となるのだ。

 であれば、ここは現世とあちらの世界を繋ぐ通路となる異界——亜空間なのだろう。


『そう! お前の思った通り、あの光の輪は召喚魔法の魔法陣さ。魔法陣の先の世界には、私の啓示を受けた召喚士サマナーが待っている』


 ふうん……

 俺の従士は全員、異界から召喚した者達だ。

 しかし俺自身が逆に、召喚対象として呼ばれる事になるとは思わなかった。

 人間が異世界へ転生ではなく召喚されるなんて、まるであの某名作ラノベである。


 ……もう少し聞いておこう。


『ところで……俺、あっちで何て名乗れば良いんですか? こっちで何かやる時は素顔と年齢、そして名前は完全に変えていましたけど』


『名はケンのままでよい。普通アールヴにはない名前だが、同じ次元に同時に存在しないお前だから何の問題もない』


『そんなモノですか』


『うむ、役目が済んだら、お前は元の世界へ戻る。逆に目立つ名前だけ残れば、後々伝説となり私の使徒として信仰心を上げる良いキーワードとなる』


『…………』


『ふむ、まだ説明が必要のようだな……少しだけレクチャーしておいてやろう』


『レクチャー?』


『ああ、レクチャーだ。まずお前の行き先だがアールヴの国イエーラ、その中のと、ある里だ』


『イエーラ、知っていますよ。俺の住む世界にもあるアールヴの国でしょう?』


 アールヴの国イエーラ……

 名前だけは聞いた事がある。

 俺が転生した世界にもあるから。


『ふむ、その通りだ……しかし、さっきも言ったがお前がこれから行くのは違う時間軸の中に存在するイエーラだ。国名は一緒でも積み重ねて来た歴史や暮らしているアールヴは殆ど違う』


 ふうん、そうか。

 俺の世界にあるイエーラと名前は一緒だが、中身が違うって事だ。


『成る程……やっぱり一種のパラレルワールドみたいなものですね』


『その言葉が妥当かどうか、私には分からないが……多分お前の認識で間違いない』


『それで、俺は何をすれば良いのですか?』


『詳しい事は内緒だ。お前を呼んだ召喚士サマナーの指示に従え』


『え? 内緒?』


『ふふふ、そうだよ。ちなみにお前の容姿は変えてある。耳を触ってみろ』


 俺はケルトゥリ様に言われてそっと耳を触った。

 すると!

 小さくなっていたよ、耳が…… 

 それだけじゃない……尖っていた、耳が。

 これって?

 アールヴの……独特なあの耳だ。


『革鎧から見えている肌も色白だろう? 私好みのイケメンアールヴの魔法剣士に変えておいた』


 言われた通りに腕を見れば、白い。

 ケルトゥリ様と同じ抜けるような肌だ。

 ちなみに産毛も金髪。

 う~、俺がイケメンアールヴ?

 ……ちょっと微妙。


『容姿共々、あくまでも品の良いアールヴの紳士として振る舞うのだぞ、分かったな』


『…………』


『普段のスケベで適当なお前とは、完全に真逆なキャラだから、難しいかもしれないが』


『ふん! どうせ俺はお下品な馬鹿キャラですよ、ほっといて下さい』


『ふふふ、そう拗ねるな。一応お前の持つレベル99の能力及びスキルはこれから行く世界でも今迄通り発揮&使用出来る。お前が借りを返せるよう、せいぜい活躍して私の信仰心を上げてくれよ』


 そう言われて、何故か急に気持ちがしぼんだ。

 

 どうして俺がケルトゥリ様の為に働くの?

 セクハラ魔人になったのは管理神様だ。

 何も悪い事をしていないのに、タダ働きなんて理不尽じゃないか?

 

『…………』


『どうした?』


『何か……急にやる気がなくなりました』


『まあ、そう言うな。これは管理神様からの伝言だが、思い切り楽しめ……だそうだ』


『え? 思い切り楽しめって? 管理神様が……』


『確かに、そう仰った』


 管理神様がねぇ……そう言ったんだ。

 今なら分かる。

 超が付くくらい適当で軽いノリだけど、実は深謀遠慮な性格だから……

 多分、今回の件も何か意味があるのだろう。

 情けは人の為ならずって言うし……


『ふふ、どうやら、やる気になったようだな。では魔法陣へ飛び込め』


『了解っす』


 俺は、軽く答えて手を挙げた。

 そして「ずいっ」と足を踏み出すと、輝く光源の中へ入って行く。

 瞬間、俺の身体が持ち上がるようになり視界がさっと遮られたのである。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 さっき意識を手放したのと近い感覚が俺を襲う。

 しかし目はすぐ開き、視界が広がる。


 俺はどこか広い部屋の中心に立っていた……


 ここは……どこだろう?

 真っ白な床に書かれているのは?

 人間の文字ではない、特異な文字。

 いにしえにバイキングが使ったと言う、あのルーン文字に似ている。

 その文字と変わった形の絵を組み合わせ、直径5mはありそうな何か巨大な魔法陣が描かれていたのだ。

 

 ここは、普通の部屋という感じではない。

 窓が全くない。

 明かりは魔法を使っているらしい淡いランプのような灯りだ。

 改めて見渡すと、儀式を行う祭儀の間という感じ。


 目の前に誰かひとり居る?

 小柄な人影……ぱっと膝を突き跪いた。


「勇者様、ようこそいらっしゃいました。私が貴方様を召喚魔法でお呼びしたのです」


 跪いているのは女の子。

 年齢は人間で言えば15、6歳?

 身長は150㎝半ばくらい。

 金髪で長髪。

 綺麗な緑色の革鎧を纏って、腰にはショートソードを提げていた。


 ああ、顔を上げた。

 やっぱりアールヴだ。

 さらさら金髪から覗く、尖った可愛い耳で一目瞭然だよ。


 深みのある菫色の瞳を持つ憂い顔……

 おお、やっぱりアールヴってすっげぇ美人揃い。

 ケルトゥリ様みたいなクールビューティー。

 この子も同じようなタイプの美少女だが、少しだけ温かみがある。


 とりあえず会話しよう。

 そうしないと話が進まない。


「君は? 俺はケン」


「ケン様! ……と仰るのですね」


「そうさ」


「私は貴方様を召喚したイエーラの長ソウェルの孫娘、魔法剣士のフレデリカ・エイルトヴァーラです」


「フレデリカ……そうか……分かった。ケルトゥリ様からは召喚士サマナーである君の指示を聞くように言われているよ」


「はい! 勇者ケン様が遣わされる事は女神様の啓示で知りましたので……どうか私の願いを聞き届けて頂けますか?」


 願いを聞き届ける?

 ははぁ……その願いって奴が今回のミッションだ。

 クリアすれば、ケルトゥリ様の信仰心が上がる……そういう事だろう。

 それがこの世界へ、俺が来た理由。


 だけど、ここで「はい」と即答するほど、バカじゃない。


「内容次第」


「え? な、内容次第って?」


「そう、内容次第だ…………」


「はいって、ご返事を頂けない……ケン様は素直にOKと仰っては頂けないのですね?」


「俺が簡単にそんな事、言うわけないじゃん。だって何やるか、分からないのに安請け合いは嫌だ」


「…………」


「君の出す指示が理にかなって、まともならOKだけど……忠実な下僕になって、私の靴にキスしろとかはパスだから」


 フレデリカは俺の言葉を聞いて、大きく目を見開いた。

 俺がそんな事を言うのが意外らしい。

 吃驚している。


 そして……


「ぷっ!」


 吹き出すと、フレデリカはもうこれ以上我慢出来ないというように……

 クールビューティーが一転、小さな口を開けてゲラゲラ笑っていたのであった。

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