第3話「また会う日まで」

 予想だにしない……

 そんな事があっても良いのか?

 でも、リリアンが……目の前のこの子もクミカだった。

 俺の愛する、『3人目』のクミカだったんだ。


「ケ~ン!」


 切なく見つめ叫ぶリリアン……いや、クミカは俺と固く抱き合った。

 夢なのに、華奢なクミカの身体をしっかり感じる。

 これはもう、現実だ。


 俺にしっかりと抱かれながら、クミカは言う。


「貴方のお陰でクッカとクーガーが人間になれて……神様から言われたの……魂の欠片かけらに過ぎない、異界の私は完全に消滅するって」


「え? それって!?」


 リリアン、すなわちクミカが消滅する……

 この世界から……消える。

 俺にはショックだった。

 頭を、ハンマーで思い切り殴られたくらいにショックだった。

 クッカとクーガーが、消える危機に陥った時と同じくらい辛かった。


「管理神様! お願いです! 俺、どうしても頼みたい事があるのです!」


 俺は、思わず管理神様へ呼びかけた。

 何度も何度も叫んでいた。


 何とかリリアン=クミカを助けたい。

 ボヌール村へ連れて帰りたい。

 一緒に暮らしたいと切に願ったのだ。


 しかし……


 いつもは俺の呼び掛けに、軽いノリで現れる管理神様であったが……返事がない。

 何度呼んでも……とうとう現れてくれなかった。

 畜生!

 他に方法は無いのか?

 俺はもう、クミカと別れるという悲しい思いをしたくないんだ。


「な、何とか、ならないのか?」


 俺はクミカに尋ねるが、彼女は達観しているようだ。


「ありがとう、貴方のその気持ちだけで嬉しいわ」


 穏やかな笑顔を浮かべたクミカへ、俺は必死に食い下がる。


「だってさ! お前は何も悪い事なんてしてないじゃないか! しょ、消滅なんて酷過ぎるよ」


「ううん、仕方がないの……これが運命……この世界のことわりだって神様が言ったわ。私はクッカとクーガーふたり以上にイレギュラーな存在だから、このままではさすがにいけないって……」


 イレギュラー……そんな……

 だから消えるしかないのか?

 この子はとっても優しいし、思い遣りだって感じる。

 絶対に、生きる権利がある筈だ。


「…………」


 黙り込んだ俺に、クミカは言う。

 落ち込む俺を逆に慰めようとしてくれるのが分かる。


「でもね……神様にお願いしたら……私の最後の望みを叶えてくれたの。消える前に……大好きなケンと、夢の中の幻の故郷でデート出来るようにして下さいって」


 ああ、何て!

 クミカ!

 お前、何ていじらしいんだ!


 何も出来ない……無力な俺は……クミカに心からの礼を言うしかない。

 ひたすら、ひたすらに。


「そ、そうか、ありがとうっ! ありがとうなっ! クミカ! 一生の思い出が出来た! すっげぇ楽しかったよ!」


「うふふ、私もとっても楽しかった。短かったけど懐かしい故郷で貴方と過ごす夢が叶ったのよ……私も……忘れない、絶対に!」


「本当にありがとう! お前のお陰で故郷へ帰る事が出来たんだ。感激だよっ!」


 ああ、クミカが一旦離れて、居住まいを正した。

 ……多分、別れの時が迫っている。


「こちらこそ、ありがとう……ケン、クッカとクーガーをずっと大事にしてあげて、いっぱい可愛がってあげてね」


「分かってる! ふたりはお前と同じクミカだ、約束するよ! 一生、愛して愛して愛しまくるさ」


「うふふ、約束よ! これで安心したわ。そして……私の事もたまには思い出して……じゃあ、さようなら」


「何言ってる、お前の事を、大好きなお前の事を一生絶対に忘れるものかっ!」


 俺とクミカは再び抱き合った。


 桜の花びらが、また「ふわっ」と舞う。

 抱き合う俺達を、優しくそっと包み込む。


 俺は全く躊躇う事なく、リリアン……いや、クミカの唇へキスをしていたのだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 クミカへキスをした瞬間、俺は目が覚めた。

 やはり、今迄の事は夢……横たわっていたのは自宅のベッドだった。

 時間は……まだ真夜中である。


 傍らには、クッカとクーガーが軽い寝息を立てていた。

 ふたりの寝顔は安らかで、凄く楽しそうだ。

 まるで、さっき一緒にデートをしていたクミカのように……


 ……夢って、起きたと同時に記憶が曖昧になる。

 全て忘れてしまう事も多いけど。


 俺は、リリアンのクミカと夢の中で過ごした光景は全て覚えていた。

 とっても鮮明に記憶として残っている。

 夢魔となった、クミカの冷たく柔らかい唇の感触も。

 

 俺は……故郷で亡くなった幼馴染みのクミカを忘れない。

 

 そして……

 夢魔リリアンであったクミカも忘れない。

 俺が諦めていた、幻の故郷へ帰る希望を叶えてくれた……

 夢の中の……クミカの笑顔を、絶対に絶対に忘れない。

 

 誓うよ、クミカ。

 お前に約束したように。

 遥か彼方、遠い場所へ旅立ったふたりのクミカの思い出を胸に……

 この異世界でクッカ、クーガーを必ず幸せにする。


「生まれ変わっても……絶対にめぐり会おうな、その時こそ一緒に暮らそう……クミカ」


 俺は、暗闇へ向かって呼びかけた。

 小さな声だが、今は亡きふたりのクミカへ届くように……

 そしてぐっすり眠るクッカとクーガーの傍らへ、そっと潜り込んだのであった。

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