第2話「夢の中で」
俺は、夢を見ている。
懐かしい故郷の夢だ。
今はどこにも存在しない幻の故郷。
開発で変わってしまった……
真っ蒼な広い空。
流れる、白い千切れ雲。
大きく、ゆっくり流れる川。
土で出来た、高い土手。
狭い河川敷。
整地されていない、石がいくつも転がった野球場。
イカの燻製でザリガニを釣った用水路。
カエルがうるさく鳴き、トンボが飛ぶ小さな池。
大きなカブトムシが、たくさん居る雑木林。
春になると、ピンクのレンゲソウが咲く田んぼ。
白い蝶が、飛び遊ぶ畑。
舗装されていない乾いた土の道。
風雨にさらされ古びた家が、並ぶ町並み。
その中にある、自分の家。
夢の中の俺は……やはり……
いや!
今の、大人の俺だ。
夕焼けに染まった、桜並木のある舗装されていない土手の道。
俺は、のんびり歩いている。
良い気分になった、俺の傍らに誰か居る?
誰だろう?
いや、誰なのか今の俺なら知っている。
幼き日の約束……とってもとっても!
凄く大事な、決して忘れてはいけない『結婚』の約束をした相手を思い出したから。
ずばり、俺の幼馴染みクミカ・サオトメだ。
しかし、手を繋いでいる女の子の顔は……違った。
俺と、故郷のいろいろな場所を歩いているのは……夢魔のリリアンだ。
夢の中はふわふわして、本当に不思議な感覚。
心地良くて身体も疲れない。
夢魔リリアンのお陰で、俺はこの世界で自由自在に素晴らしい力を使える。
レベル99をも凌駕する力を。
そう、時間を超えた、転移魔法を使ったのだ。
大きな土手に居るかと思えば一転、用水路でザリガニ釣り。
かと思えば、雑木林でカブト虫を掴んでいた。
畑で、白い蝶を追いかけもする。
クミカは笑顔で、そんな男の子の遊びにも良く付き合ってくれたっけ。
そして、パッとシーンが切り替わる。
レンゲソウが咲き乱れる、田んぼの傍でおままごとをしていた。
おままごとは、クミカからのリクエスト。
だけどママ役はクミカではなく、リリアン。
変だけど、全然違和感を覚えない大人同士のおままごと。
そして気が付けば、俺とリリアンは桜が満開の土手の道を歩いている。
歩く俺とリリアンに、たくさんの桜の花びらが降って来る。
風が「ぴゅう」と吹いて、花びらが美しく舞う。
綺麗だ!
まるで、映画のワンシーンだ。
リリアンが嬉しそうに言う。
「ケン、楽しいね、デート!」
「ああ、すっごく楽しい」
俺も文句なく同意。
故郷で可愛い女の子と遊ぶなんて、長年の夢が叶ったような気分だから。
「ありがとう、リリアン」
自然にお礼の言葉が出た。
すると、リリアンは……泣いていた。
綺麗な瞳に、涙がいっぱい溜っている。
うっわ!
俺、何か酷い事言った?
「ごめん……」
謝ろう、とりあえず。
俺がリリアンを見つめると、泣き顔のリリアンはゆっくりと首を振った。
「違うの、これは嬉し涙なの……私の夢が叶ったから」
「え? 夢が叶った?」
「こっちこそ、御免。混乱させちゃって……種明かしするね」
種明かし?
いきなりのリリアンの言葉に俺は吃驚。
思わず、呆然としてしまったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
俺とリリアンは並んで土手にあるベンチに座っていた。
相変わらず、桜の花びらがたくさん舞っている。
リリアンはもう泣いてはいない。
笑顔である。
「ケン、単刀直入に言うね……」
「単刀直入?」
「うん! 私、夢魔リリアンはクミカなの」
「え?」
混乱させない為の単刀直入な告白なのに、俺は益々混乱してしまった。
だってクミカの魂はクッカとクーガー、女神と女魔王のふたつに分かれた筈だから。
「うふふ、分かりにくくて御免ね。正確に言えば、私は魔王クーガーの一部なのよ、魂のね」
「た、魂の一部?」
「そう! 魔王クーガーに僅かに残っていた人間の良心。女神クッカに殆ど渡してしまった人を慈しむ心。それが分離した存在が私リリアン」
「あ!」
だんだん……話が見えて来た。
クーガーは魔王として誕生した時に、既にリリアンが居たと言った。
そしてリリアンを、特別な存在だとも言い切った。
それはそうかも。
全てを知っていたのか知らなかったのか分からないが……リリアンに何かを感じてはいたのだろう。
夢魔リリアンは、クーガー自身なのだから。
「貴方との決戦前に私は身を隠した。何故なのかはクッカとクーガーの合体を考えてくれれば分かるわ。クーガーには私を吸収する兆候が徐々に見えていたから……」
そうか、そうなんだ。
リリアンがクーガーに合体。
いや、吸収されたらどうなる?
もしや!
「ケンが考えている通りよ。私は彼女の良心。クーガーの傍で暴走する彼女の歯止めをしていた。あまり役には立たなかったけど……」
「…………」
「もしも吸収されたら、私は取り込まれる。魔王クーガーは完全に人の心を失くす。強大で冷酷無比な悪魔となって、この世界をずたずたに蹂躙しようとする」
「…………」
「だけど……私には分かっていた。いくら強大な魔王でも、所詮神には敵わないの……クーガーは神に捕らえられ、貴方の記憶を持たない女神クッカと合体させられる。そうなれば……クーガーの貴方への思いは完全に消えてしまうわ」
そうだよ、そうなんだ。
完全体ではないけれど、クーガーとリリアンが合体しても新たな別人格になるだけ。
俺への思いは歪んだ愛と言う憎しみに変わって行き、悪の女魔王クーガーになるだけ。
そして最後には管理神様に裁かれ、クッカと合体させられる。
結果、S級女神のクッカは誕生するけれど、それも全くの別人格。
オリジナルである人間のクミカは……俺を愛するクミカは完全に消えてしまうのだ。
だからリリアンは……俺への思いを、クミカの純な思いを守る為……頑張っていた。
リリアンはクミカは……俺への思いを絶対に消したくなくて……ひとり隠れていた。
たったひとりで、孤独で……寂しかっただろう。
どんなに……辛かっただろう。
俺の心に熱いものが溢れて来る。
瞼の裏も熱くて……痛い。
そんな俺を見ながら、リリアンは話を続ける。
「私は異界へ身を隠して……何とかしようとしたけれど……クーガーを止める事は出来なかった。でもケン、貴方は頑張って道を切り開き、ふたりのクミカを救ってくれたのよ」
「ああ、クミカ~っ!!!」
我慢出来ず『恋人』の名を叫んだ俺は……思い切り泣いていた。
いろいろな気持ちが、思いが、湧き上がって感極まり……涙が止まらなかったのだ。
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